第5話:亡命

 ヴァレーは密かに、共和国にも使者を送っていた。

 助けを募っても王国からの反応が薄く、碌に手助けもしてくれない事に疑念を抱いた彼は、王都へ密かに情報を収集させに人員を送りこんでいた。

 内偵の結果、自分を戦争の切っ掛けとして共和国の領土を奪い取ろうという計画が立てられていたと気づいた。

 王が自分に言った言葉は全て嘘、欺瞞であり、王国にとってはそれだけの価値しかないと言う証拠でもあった。

 ヴァレーは憤慨したが、同時に心の中にあった熱が急速に冷めていくのも感じていた。

 そのような扱いしかしないのであれば、二度と王国の地を踏む事はない。

 共和国への寝返りを決めたのだ。


 黒ずくめの者たちと共に隠し通路に入るヴァレー。

 一人がかろうじて通れるだけの暗く狭い通路。

 左右へ曲がりくねり、あるいは登ったり下ったりする通路は果たしてどこへ通じているのだろうか。

 暗闇の中を松明の灯りだけで進むのは心細かったが、かすかに遠くから光が差し込んでいるのが見えた。


 出口だ。


 ヴァレーの足取りは自然と早くなる。

 ようやく暗闇から逃れたヴァレーの目前に広がったのは、鬱蒼と茂った森であった。


「此処は何処か?」

「アルザッツ城の麓の森林地帯です。ここを抜ければ共和国への国境へ行けます」

「追っ手は?」

「まだ来ていません」


 ヴァレーはホッと一息を吐く。


「しかし、いつ追っ手が追いついてくるかわかりません。急いで森を抜けましょう」


 ヴァレーたちは森の中を歩いていく。

 既に昼から夕方になりはじめており、森の中は日の光が木々の葉によって遮られ、常に薄暗い。

 このような森に入ってしまえば、迷って抜け出せなくなるだろうが、今は身を隠しながら逃げるには都合が良かった。

 薮の中、獣道を歩きながら森の中を進んでいく。

 やがて夕方から夜になり、全く周囲が見えなくなるほどに暗くなってしまった。

 狼の遠吠えが聞こえ、梟の鳴く声がこだまする。


「まだ森を抜けられないのか?」

「もう少しです」


 松明に火を灯した隊列は、夜を徹して進んでいく。

 ヴァレーは疲れてしまい、歩みを止めようとした頃に唐突に声が上がった。


「着きました」


 黒ずくめの男の言葉に、ヴァレーは前を向く。

 森を抜けたかと思ったが、此処は森の中にあって少しだけ開けた場所であった。

 盛り上がった土の上に、やや大きめの石が埋め込まれているのが幾つかある。

 

「……今日はここで野営か?」

「違いますね」


 唐突に、ヴァレーは背中に熱いものを感じた。

 ナイフの冷たい刃が、深々と彼の背中に突き刺さっていた。


「ぐうっ」


 ヴァレーは地面に膝をついて倒れ込む。

 ヴァレーを囲んで見下ろす、黒ずくめの男たち。


「何故だ」


 呻くヴァレーに、黒ずくめの男のひとりが答えた。


「ヴァレー殿には感謝している。我が領土を奪い返す切っ掛けを作ってくれたのだからな」

「であれば、このような仕打ちをするのはどうしてだ」

「国を一度裏切った者は、いずれまた裏切るであろう。蝙蝠のように何度でもな」


 ヴァレーはこの時、自らの運命を悟った。

 王国を見限ったとて、共和国が自分を受け入れるとは限らなかったのだ。

 自分は都合の良い操り人形でしかなかった。

 

 死ぬ運命から逃れる方法はただ一つ、領主となるのを断る事であった。


 しかし、その選択肢を当時であれば選べるはずも無かった。

 

 絶望の淵にいるヴァレーはしかし立ち上がり、腰に帯びた剣を抜いた。


 せめて最後に一太刀くらいは浴びせてやる。

 誰から見ても、それが只の悪あがきと思われても。

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