第4話:援軍
貯蔵庫の箱の一つに隠れているヴァレー。
しかし無情にも、貯蔵庫の扉が開かれる音がする。
足音からして複数人は居る。
「ここはまだ見てないな」
「埃だらけだ。見ろ、埃を踏んだ足跡がある。ちょうど今しがたここに入り込んだ輩が居るって事だ。探してみよう」
まずい、足跡の事までは気が回っていなかった。
徐々に足音が近づいてくる。
ヴァレーは箱の中に隠れながらも、腰に提げている剣の柄を握っていた。
箱の蓋を開けられる一瞬前に虚を突いて飛び出し、近づいた者達を斬り伏せる。
それしか助かる可能性はないだろう。
心臓の拍動がやかましい。
石床を踏む音が近づいてくる。
その足取りは徐々にゆっくりとなり、大きくなってくる。
もう少し近づいてこい。
もう少し。
じゃり、じゃり、じゃり。
あと一歩近づいてきたら、蓋を跳ねのけて剣を抜いて一人斬る。
それ以外にも人数はいるだろうが、あとは死力を振り絞って戦うしかあるまい。
覚悟を決め、息を大きく吸うヴァレー。
瞬間、貯蔵庫の扉が勢いよく開かれた。
「誰だ!」
反乱軍の者達の声には答えず、新たに入って来た者は素早くこちらに駆け寄って来る。
鞘から剣が抜かれた音が聞こえ、何度か剣戟の音が響き渡る。
数度の打ち合いのあと、人の体を斬る音が聞こえ、その後呻き声に続いて床に倒れ伏す音がした。
少しの静寂が流れた後、新たに入って来た者は呼びかけをする。
「どなたか隠れているのなら、出てきていただけますか」
暴徒と戦ったのだから、少なくともこちらの味方ではあるはずだ。
「今出る、斬らないでくれ給えよ」
そっと蓋を開け、恐る恐る立ち上がると、目の前に立っていたのは王国の中央で将軍を務めるヴァルター氏であった。
中央軍が派遣されてきたという事は、反乱の鎮圧にようやく本腰を入れる気になったというわけだ。
ヴァレーは内心遅いと毒づくも、来てくれるだけ有難い。
「貴方が来てくれるとは思わなかった。実に心強い。ヴァルター将軍が率いる軍は精強だと聞いている。遅まきながら、協力して巻き返していこう」
「協力?」
ヴァルター将軍は鼻で笑い、剣の切っ先をヴァレーに向けた。
「な、何のつもりだ、将軍」
「アルザッツ地方領主ヴァレー。君は未熟な領国運営によって民衆の不満を増加させ、あまつさえ反乱を起こさせた。その罪は非常に重い」
「ふがいないとは思っている。だからこそ、今からでも反撃に出ねばならぬのではないか」
「まだわからぬか。何故君がいきなり領主になれたのか、その意図が」
国王は自分の事を評価してくれた。
それ以上の理由などないはずだ、とヴァレーはそれ以上は考えてはこなかった。
あえて。
「王国は今回の戦争でアルザッツ地方を奪い取ったが、王国を興した当時と比較すればいまだ取り戻せてはいない。共和国からはあと二つの地方を奪い取らねばならぬ」
「それが、反乱を起こさせるのとどう繋がる?」
「戦争の口実だよ。あえて領主としての能力に満たぬ者を起用し、民衆に不満を持たせる。そして反乱を起こさせるのだ。既に反乱の首謀者がアルザッツ前領主とその家臣であることは掴んでいる。首謀者が共和国の者である事を口実とし、更に戦争を仕掛け、領土を取り返すのだ」
「だからと言って、私に刃を向ける意味はないだろう」
「領主が反乱によって哀れにも殺されたとなれば、より戦争を仕掛ける理由が強固となるであろう。たとえ悪政を敷く領主であったとしてもな」
故に国王はヴァレーを領主に据えた。
ヴァレーは剣を抜き、将軍と対峙する。
「国の為に身を捨てる覚悟はあるが、このような形で命を捨てるのは我慢ならん!」
「案ずるな。せめて死後は立派な墓を打ち立ててやる」
ヴァルター将軍は踏み込み、剣を袈裟懸けに斬ろうと振り上げる。
その時、将軍の胸からは弓矢の矢じりが貫いていた。
「ぐっ」
それは貯蔵庫の入り口から飛んできたもので、そこには黒ずくめの服に身を包んだ者達が数人、ボウガンを構えていた。
「撃て」
号令と共に、ボウガンの矢が矢継ぎ早に撃ちだされ、ヴァルター将軍とその護衛たちは矢の餌食となって倒れ伏した。
「……遅かったじゃないか」
矢を喰らわないように伏せていたヴァレーは立ち上がり、噴然たる様子で黒ずくめの男たちへと向き直る。
「申し訳ございません。共和国の各部隊の目を盗みながら貴方を探していたもので」
ヴァレーは将軍の死体を一瞥すると、その頭を爪先で思いきり蹴り飛ばす。
「自分が生贄である事すらわからない愚図と中央は見くびっていたか。馬鹿者どもめが」
「急ぎましょう。もう陥落寸前です」
「わかった。これより共和国に亡命する」
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