第3話:領主

 領主となったヴァレーは、早速アルザッツ地方の領地を巡っていた。


「戦場となった割には、思ったほどの荒廃はしていないな」


 ヴァレーが馬車の中から周辺の様子を眺めていると、隣に座っていた部下が首を振る。


「土地はそうかもしれませぬが、民衆は違います。多くの民が戦に駆り出されて死に、また戦に出なかった民もまた戦乱によって殺されております。それと気になる情報がありまして」

「何だ?」

「アルザッツ地方の領主と家臣たちが生き延びているという情報もあります。隙を見て領土を奪おうと画策しているやもしれません」


 なるほどなとヴァレーは頷いた。


「だが、私が着任したからにはもう心配はない。反乱の芽は摘み、領民の生活も無事に立て直せるような施策を行ってみせよう」


 自信満々い頷くヴァレーの馬車が道を行く姿を、現地住民が見つめている。

 その視線にはどのような感情が含まれているのであろうか。




 ヴァレーはまず、人材を広く募集した。

 彼にはいくらかの従者が居たものの、それだけでは全く数が足りなかったのだ。

 没落した貴族の家の者や、在野で燻っていた騎士崩れ、あるいは自ら腕自慢と売り込みを掛けてきた者など、とにかく質よりも数を満たす方を重視した。

 

 その結果、新たな部下は乱暴狼藉を働き、仕事の命令についても勝手な解釈をして杜撰な仕事をすることが多かった。

 ただの役人からいきなり領主となったから、今までとは勝手が違うのはヴァレー自身も認識はしていたが、領主としての指揮経験は全くないのだから彼もまた大勢の部下の指揮、指導、支配に関してまだ慣れていないのは仕方ない。

 たまったものではないのが民衆である。

 元よりアルザッツ地方の民は多くの人々が戦乱で亡くなっており、また戦争時における王国の兵士による様々な仕打ちを受けて恨みを持っている者も少なくない。

 民衆の不満はたまるが、さらにヴァレーはある命令を領民に対して下した。


 それはアルザッツ地方の住民は、全て武器を持たぬよう取り上げるという命令であった。


 反乱の事前防止が主な目的であり、代わりに命令に従えば戦に駆り立てたりせず、生活の保証をするという約束を各地の街に交わしたのだ。

 だが、民衆の反発はさらに高まった。

 未だに各地で小競り合いは絶えぬというのに、身を護る為の武器すら取り上げられたらどうやって自分の身を守れというのか。

 また、領民を守る警察組織があるとしても、果たしてどれ程の働きをしてくれるのか。

 ヴァレーに対する民衆の信用はないに等しかった。

 故に、武器は密かに集積され、隠された。


 極めつけは、租税の徴収である。

 戦争は終わったと言っても、また元の生活に戻るには多くの時を要する。

 働き手を失った家庭も多い。

 決められた税を納められるような働きは望むべくも無かった。

 当然、各地の街では今年は税を幾らか下げてもらえないかという懇願が上がる。

 ここで情に篤い領主ならば、今年の税の減免措置は下すであろう。


 だが、ヴァレーはそういう性格ではなかったのだ。

 

 王国の税の比率は、大まかにいえば6:4の割合で王国と民衆の取り分が定められている。

 税収は国家の財源に直結する。

 ヴァレーとしてはそこを曲げる訳にはいかなかったのだ。

 きっちり税を徴収したいが、領主となった今自ら税の徴収に赴くわけにはいかず、ヴァレーの命を受けた部下達が向かった。

 彼らの聴衆は、一言でいえばガサツで乱暴極まりないものだった。

 民衆の懇願は聞き入れられず、爪に火を灯すようにして貯めたわずかな蓄えさえ無情にも奪っていく。

 元々良くなかった領主ヴァレーに対する感情は、更に悪い方へと傾いていく。


「新たに訪れた領主ヴァレーとその部下達は、慈悲もない悪魔のような人間である!」

「このような者達にアルザッツ地方を支配させて良いものか。否1 我々は立ち上がらなければならない。奪われた領土は再び我らの手に取り戻さねばならない。先祖より受け継いできた土地を、憎き敵のもののままにしてはならぬ!」


 民の声に呼応するかのように、前の領主の家臣であった者達が、アルザッツ各地で民衆を扇動し始めた。

 当然、これは共和国の指金であり、虎視眈々と領地を取り戻す機会を伺っていたのだ。

 やがて扇動者たちは、反感を持つ民衆に更に武器を配り始め、それらを手にした民衆はいよいよ暴徒と化す。

 各地で暴動が発生し、当然ヴァレーは鎮圧を命じた。


「私の支配力が及ばずこのような事態が起こった事は残念だが仕方あるまい。暴動の鎮圧に、兵士を差し向ける」


 ヴァレーとて無能ではなく、暴動の気配がある事自体は察知していた。

 だが暴動があまりにも計画的に、かつ多数の地域で発生した為にヴァレーが持つ兵隊だけでは対処しきれない事に気づいた。

 ヴァレーは王国中央にも支援を要請したが、それにしては反応が鈍い。


 自分が至らぬのは仕方ないが、これはどうした事か。

 何か、自分には思いもよらぬ事情が王国にはあるのか?

 手紙を送ってものらりくらりとした返事が返って来るばかりで、ヴァレーは歯噛みせずにはいられなかった。


 ヴァレーが悩んでいる間にも、暴動は次々と起きている。

 鎮圧するにしても雇った兵士たちの質は低く、状況の変化に応じて自らの判断では細かく対応して動けるような者達ではなかった。

 それに対し、暴動を起こした者たちはやけに組織だった動きが出来ている。

 明らかに先の戦争の経験者が指揮を執っているとしか思えなかった。

 後手に回るヴァレーたちに対し、暴徒は何時しか反乱軍を形成し、次々とアルザッツの街に襲い掛かる。

 何時の間にかヴァレーの軍は、アルザッツ城にまで押し込められてしまった。


「くっ、情けない限り。だがまだ挽回は可能だ。ただちに救援を要請しよう。使者を呼べ!」


 ヴァレーは使者を送り、救援を募った。

 救援が来るまでは籠城して耐えなければならない。

 だが、アルザッツ城は山の上にあり、守りが非常に硬い事で有名であった。

 食料さえ十分に確保していれば二、三年くらいは余裕で籠城が可能である。


 籠城戦に入ったヴァレー軍。

 大砲や銃、ボウガンによる上からの射撃の雨を降らすと、流石に反乱軍は城へは近づかなくなった。

 元より時間はこちらの味方である。

 時を稼げば援軍はやがて訪れる。

 兵の質は悪いにしても、防衛だけに徹していれば少なくとも負ける事はない。

 

 ヴァレーの考え通り、戦況は膠着した。

 籠城戦の最初の戦闘で結構な被害を被った反乱軍は、城を囲って包囲の体勢に入った。

 アルザッツ城の背後は断崖絶壁であり、前方や側面から攻め入るしかないが、勿論おsの方面は防備が万全である。

 無理な力攻めは多大な被害を反乱軍にもたらすだろう。


「しかし、二週間が経っても援軍は来ない。一体何をしているんだ」

「アルザッツ以外でも反乱が起こっているのでしょうか」

「それはないだろう。他の地域は反乱を起こすような要因は少ない。戦争の傷跡が残り、かつての共和国の住民が多く居住するこの地だからこそ反乱が起きたのだ」


 ヴァレーの言葉に、部下は怪訝な目を向ける。

 その目に込められている意図が読めないヴァレーではない。


「それ以上、何も申すな」

「は、はっ」


 その時、ヴァレーの部屋に別の部下が飛び込んでくる。


「ヴァレー様!」

「どうした」

「大変です。城の裏手から反乱軍が侵入しました!」

「何っ」


 城の裏手は断崖で、誰も登れない筈だが何故か。


「どうやら、裏の崖には密かに登れるよう足場を幾つも作っていたようです」


 ヴァレーは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

 やはり、今回の反乱は明らかに前領主とその家臣団が手引きしている。

 城を接収した際、そのような事情は聴かされてはいなかった。


「城の中では既に戦闘が勃発しております。急いで脱出しましょう」

「已むを得んな」


 ヴァレーは直属の部下達と共に、城に密かに用意されている隠し脱出路から逃げる事を決めた。

 既に城に侵入した反乱軍によって正門は開かれてしまい、内と外から敵に攻め込まれてはもはや籠城は意味を成さない。

 反乱軍とてそれほど兵の練度は高いとは言えないが、士気は圧倒的にこちらよりも上だった。

 戦いは士気がものを言い、更に勢いに乗っているともなれば止められはしない。

 総崩れとなったヴァレー軍は、もはや烏合の衆でしかなかった。

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