第2話:抜擢

 ヴァレー=エルマーは領主となる前、只の役人であった。

 イシュラート王国の徴税人であり、税の取り立てにおいては「非常に真面目」であると言われていた。

 

 ヴァレーはしかし、徴税人として人生を終えようとは思っていなかった。


「いずれ、私は領主となる」


 酒に酔うと必ず口から出る言葉であったが、周囲の人間はそれを聞く度に苦笑いを帰すばかりであった。

 王国においては、領主は貴族の血筋でなければ就けない。

 如何に仕事をこなし、有能である事を示したとしてもなれるようなものではないのだ。

 ヴァレーはそのような事情がわからぬ程の愚かな男ではない。

 それでもヴァレーは、領主、更になれるのであれば一国の王にまで昇り詰めたいという欲望を滾らせずには居られなかった。


 しかし、時代は移り変わる。


 王国周辺の至る所で戦争が勃発し、戦国時代さながらの様相を呈し始めたのだ。

 各地の領主たる貴族は自らの領土を守るために戦に赴かねばならない。

 戦乱が巻き起こった結果、民衆は勿論だが貴族もまた戦争の犠牲となり、その数を減らしていった。

 もはや血筋や地位にこだわっている場合ではない。

 優秀な者であれば誰でも構わないと様々な者が領主やその他の高い地位に抜擢されていった。

 その中でヴァレーは戦争に兵士として度々参加し、武功を上げて褒美は幾らか得られたものの、彼が満足するような地位には就けなかった。

 

 ヴァレーは歯噛みする日々を送っていた。


 そして最近、イシュラート王国と隣国ランスフーレ共和国との戦争が終結した。

 王国は共和国からアルザッツ地方という領地を奪取したものの、そこを誰が治めるかという問題があった。

 戦争で奪った土地を治めるのは実に難しい。

 元は敵国であった民衆が数多く住んでいる。

 元々反感が強い民たちが住む土地をどうやって治めるか、人材をよく吟味して配置しなければならなかった。


 そんな折りの事であった。


 ある時、ヴァレーは国王に呼ばれた。

 

「はて、国王に呼ばれるような用事などあったであろうか」


 首をかしげるヴァレーであったが、ともかく呼び掛けに応じ馳せ参じる。

 徴税人であるからにはそれなりに資金はあり、ある程度の貴族たちとも面通しが叶うヴァレーではあるが、流石に地位はそこまで高くない。

 ヴァレーは王と初めて対面する。


 王はまだ二十代半ばの若者であった。


 しかし、王としての威厳や貫禄は既に十分に備えており、十歳以上は上であるはずのヴァレーですらもその迫力に気圧される。


 噂によると、敵対する兄弟全てを斬り倒して血みどろの権力闘争を勝ち抜いて王となったとの事だ。

 国王となった後は次々と周辺の国へ戦争を仕掛け、その度に勝利をもぎ取ってきた。

 王国はかつては今よりも領土が広かったが、今や建国時の三分の一程度しか領土を持ってはいない。

 若き国王は、かつての領地を取り戻す事を自らの目標として掲げていた。


 二人が相対した後、沈黙が場を支配し、しばらく時が過ぎる。

 初めに王が切り出した。

 

「ヴァレー=エルマー。本日はまことに大儀である」

「は、はっ」

「そなたに来てもらったのは他でもない。共和国との戦争で奪取した領地があるだろう」

「アルザッツ地方ですな。あそこがどうかなさいましたか」

「そなたにアルザッツの領主となってもらいたいのだ」

「……」


 ヴァレーは自らの耳を疑った。


「驚いているか。余はそなたの仕事ぶりや戦における貢献は評価しておる。心中に抱く野望がある事もな」

「知っておられるのですか」

「余は血筋で人材を採用する事はない。全て能力によって決める」

「私が領主として相応しいと、そう言ってくださるのですか」

「でなければ、わざわざこの場に呼んだりはせぬよ」


 その時、ヴァレーの目からは一筋の涙が流れた。

 自分の事をここまで評価してくれる人がいるとは。

 しかもそれが、才気あふれる若き国王であればなお。

 期待に応えねば男ではない。

 涙をぬぐい、胸を張ってヴァレーは答える。


「承知いたしました。ヴァレー=エルマー。これよりアルザッツ地方の領主となる事を此処に誓います」

「うむ。しかと頼んだぞ」


 王の言葉を胸に、ヴァレーは王の間を後にした。

 領主。

 ついに自分は成ったのだ。

 だが此処で終わりではない。

 講和を結び、共和国との戦争は終えたとはいえ、未だ王国の周辺に火種は絶えない。

 次の戦争が起きる可能性も高いだろう。

 また武功を上げればいずれはアルザッツ地方のみならずそれ以上の領土を獲得できるかもしれない。

 そして力を貯え、いつしか王と比肩するほどの勢力まで拡大できればその時こそ、自分が王国を簒奪するのだ。

 

 ヴァレーはこれからの未来の事を考え、心を躍らせていた。

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