徴税人、ヴァレーの悲劇

綿貫むじな

第1話:逃亡


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 一人の男が逃げている。

 小太りながら、その肉体に弛みは見当たらない。

 服装は如何にも地位が高そうで、金の首飾りや腕輪を付けている。

 どたどたと走る音と共に、金属が擦れる音がする。

 邪魔ではあるが、いざ逃亡後に路銀となるものがないと困るので捨てるに捨てられないのが困り者であった。

 

 今、この城は戦場となっていた。


 城の各所で戦闘が発生し、殺し合いの最中に彼はわずかな護衛のみ連れて逃げていた。

 しかし、逃げている最中に幾度か追っ手と遭遇し、その度に護衛の兵士たちは彼を逃がす為に立ちはだかり、一人、また一人と数を減らしていった。

 城を脱出すべく隠し通路へ向かっていたが、既に彼は一人となっていた。

 隠し通路にさえ辿り着けば、逃げられる確率が高い。

 そう思っていたのだが、隠し通路まであと一息の十字路にて敵の姿が遠くに確認できてしまった。

 幸いこちらには気づいていないようだが、このまま鉢合わせになったら間違いなく捕まってしまう。

 何処かに身を隠さねばならない。


 ちょうど、この通路の途中には貯蔵庫に通じる扉があった。

 

 急ぎその扉を開けて転がり込む。

 貯蔵庫といっても今はあまり物の出し入れはされていないらしく、埃に塗れていた。

 適当な木箱の中身を取り出し、その中に隠れ潜む。

 外では敵の集団が走る音が聞こえる。


「領主のヴァレーは居たか」

「いや、見ていない」

「探せ! 奴の首を斬り落とし、皆の眼前に掲げて晒しものにしてやらなければ気が済まん! 奴を倒し、この領地を再び取り戻すのだ!」


 冗談ではない。

 折角領主となったというのに、こんな終わり方など認められない。

 救援はまだか。

 内心焦りを募らせているが、今は敵が通りすぎるのを待つしかない。

 

「まだ、私は死ぬべき定めにはないはずだ」


 領主ヴァレーは、自分の運がまだ残っている事を信じるしか無かった。

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