ナメクジと結婚しろ!!

米占ゆう

ナメクジと結婚しろ!!

「来年のことを言うと鬼が笑う」ということわざが示す通り、市井一般において

未来予知というものは得てして信用されないたぐいのものであるが、しかしながら、古典物理学然り、統計学然り、未来というものは実際のところ、ある程度の水準では予知可能なものであるし、実際に人類は未来を予知してきた。更に言うならば、予知の対象がマクロであればあるほど、予知の内容は正確になるものであり、例えば天文学。未知の惑星・海王星の存在と出現を数学的に予言し、見事的中させたユルバン・ルヴェリエの業績などは人類の歴史に輝かしい金字塔を打ち立てているわけであるが、ハバ大を飛び級で博士になった天才未来学者であるこのあたしも、かような科学のウォーク・オブ・フェーム名前を刻むのが夢であるわけで、ルヴェリエが宇宙を見たのであれば、あたしは地球上。地球上にあって、マクロなもので、未来予知してバえるものと言えば、そりゃ地球文明、ってわけで、あたしは地球文明の未来を予測するべく、サイコヒストリーの考えを応用した地球文明モデルを作成、分散コンピューティングの仕組みを使って、世界50万台のスリープ中のコンピュータを連結し、ゆうに数カ月間に渡って計算サイクルを積み重ねていった結果、果たしてあたしは近い将来、ナメクジが人類の知能を追い越して地球文明のトップに躍り出て、その結果ナメクジと人類との間で最終戦争が勃発し、地球は崩壊する――なんてデータを手にしてしまい、今、すごい勢いでアタマを痛めている。

 とは言え、これも研究結果っちゃ研究結果であるわけで、一応ちゃんと研究費を頂いてやっているもんであるわけだから、この内容はきちんとまとめないとなってことで、軽くプレゼンにまとめて未来学会にて発表したところ、学会はあたしの研究結果を受けて騒然――なんてことにはもちろんならず、むしろ反応は、「きちんとパラメータは精査したんですか?」「モデルの妥当性の裏付けは?」「そもそもナメクジのニューロン数は数十万程度しかないわけですが、これで人類の知能を超えることが本当にできるとお考えでしょうか?」みたいなことを半笑いでパラパラ聞かれるぐらいの超薄味って感じで、あ~~~~~もう、死にて~~~~~~~これだったら家で引きこもってたほうが十倍マシだったってか、もう明日から引きこもりて~~~~~~なんて思ってたわけなんだけれども、そんな感情をぐっとこらえて発表を終え、すごすごと壇上から引っ込んできたところ、「ちょっとちょっと」みたいな感じでおじさんに声をかけられて、なんだ、まだなにかあるのか、あたしのライフはもうゼロだよ! なんて風に若干キレ気味で対応しようとしたら不意に名刺を差し出されたわけで――我馬文部科学省秘書官。さすがにビビる。

「先生の先程の未来予測。もし現実になるのだとしたら、我々は対策会議を立てなければならない。そう思いませんか?」

 そのおじさん――もとい、我馬秘書官はあたしに向かって超真剣な顔でそんなことを言うわけなんだけれども、え、なに、どういう話……? でもまあ、もしあたしの予測が正しくて、近々ナメクジと人間との間で最終戦争が勃発するのであるとすれば、当然今から手を打っておくというのは、まず間違ってないことなので、その意味で、

「ええ、まあ、そうでしょうね」

 とあたしは答えたわけなんだけれども、すると我馬秘書官はなにやら複雑そうな顔をしながら、

「ですよね……いや、先生のお墨付きがもらえてよかったです。大臣に話をしてみます」

 とのことで、いや、お墨付き? そこまでの話はあたし、してないんだけどな~と思いながらも、まあ、でも政治の話でしょ? 一介の研究者たるあたしには、あんまり関係のない話だよねーなんて思ってスルーしていたところ、ある日。郵便ポストを覗いてみたら「人類蛞蝓ダイバーシティ対策会議」なるところからお手紙が入っていて、その構成員の一人としてあたしを任命する、次の会議は明日やります――なんてことが書かれていたもんだから、死ぬほどびっくりした。とは言え、お上からのお達しである。あたしの一介の研究者がその任命を蹴るわけにもいくまい。今後の研究費にも響きそうだ。

なんて計算のもとで、あたしは第一回対策会議に出席。できる限り目立たないように、すみっこぐらしを決め込んでいたわけなんだけれども、しかし、もとはと言えば、あたしの研究がきっかけとなって始まった会議である。発起人の我馬秘書官は当然のようにあたしに発言を求めてくるわけで、

「先生、どうですか。人間とナメクジが共生するための、有効な対策案などはありませんか……?」

 とのことなんだけれども、しかし、そんなもの分かっていたら、既に発言済みである。

「そうですね……まず、今回用いたモデルですが、多数の項が複雑に絡み合ったものであるため、なんらかの対策案をシミュレーションするには、各対策案一つ一つに対して、それぞれ一年間のお時間を頂戴することになることを予めお話させていただきたく。それで、そう前提を置いた上でまず暫定的なアイディアとしてお話するのであれば……うーむ……」

 つってあたしは難しそうな顔をつくるわけなんだけれども、いや、思いつかねぇよ、そんなもん……! 異常に知能の発達した別生命体との共生方法? そんなん、SF作家にでも聞いてくれ……! っていう気持ちになるわけで、とはいえなにか言わないと話も前に進まないだろう、いいや、ここは適当にボツになりそうな案をポイポイしようと思って発言した、

「――じゃあ、誰かをナメクジと結婚させればいいんじゃないですか? ほら、映画の『インターステラー』でも、愛が人類を救ったじゃないですか。愛には力があるんですよ、きっと」

 なんて投げやりなアイディアが、最終的に会議を通ってしまったのは、あたし史上最大の誤算であったと言わざるを得ない。

と言っても、まあ、これはある意味では仕方のないことだったのかもしれない。というのも、議題となっていたのは知能を持ったナメクジと人間との共生方法。そんなもの、誰だって考えたことはないわけで、無論、先例や類似例だってあるわけがない。有効なモデル、思考のフレームワークだって無い。あれもない、これもない、ない、ない、そんなないない尽くしで物事を考えなければならないわけだから、会議の質は当然下がる。不条理、疲労、堂々巡り。しかしながら何らかの結論は出さなければならない。そんな中、会議序盤に上げられた、ポエティックで、ロマンティックで、しかしながら一番イメージの付きやすいこの『結婚作戦』に意識がふらふらと傾いてしまうことを、誰が責められるであろうか。いや、誰も責めることは出来ないだろう。

ってなわけで、このあたしが、平日の真っ昼間、自分の研究を止めてまでして、ポスドクの山鹿賀師君と一緒に駅前に出張り、さながらナンパでもするかのごとく、ナメクジの結婚相手を探す羽目になったことについても、誰も責められない――訳がない。なんであたしがこんなことしなきゃなんないんだ!! あたしは研究者だぞ!! 研究してお金をもらってる身なんだぞ!!! それが、なんで、こんな!! まったく、適材適所という言葉をあの会議のメンバーは知らんのか!!! なんて地団駄を踏んでいると、山鹿賀師君はしらーっとした目でこっちを見てきて曰く、

「先生、なに今更怒ってんすか。元はと言えば、会議中に断らなかった先生が悪いんすよ」

 とのことなのだが、だって、仕方がないじゃないか! ああいう会議に出てる人って、割とみんな偉い人なんだよ? そんな人達に、よってたかって「お願いしますね~」なんて言われたら、断れるもんも断れないよ!! 山鹿賀師君だって今はそんな憎まれ口を叩けるけれども、あたしと同じ立場に立ってみな? さながら蛇に睨まれた蛙みたいにかちんこちんになっちゃって、「ハイ、ヨロコンデ」ロボットになっちゃうに決まってるよ!!! ってあたしは断固抗議するわけなんだけれども、しかしながら山鹿賀師君はそんな青筋まで浮かべるあたしに対して、「先生、そんなんじゃいつか痛い目見ますよ。あ、今見てるか」なんてつれない返事をして軟体動物のために恋人ピックアップ作業を再開するわけで、はぁ。

 ……にしても、諸君。あたしは疑問だよ、本当にこのナンパに意味があるのか。だってさ、そもそも考えても見てよ、ナメクジと結婚したい、なんて手を挙げる人が、一体どんな人間なのかを。いや、もちろんいるよ? ナメクジと結婚したいと立候補する人間。いるけどさ? そいつらはみんな必ず二言目にはこういうわけ。「で、いくらお金貰えるんですか?」ってね。……いいかい、諸君。世の中には結婚してはいけないタイプの人間がいくつかいるけれども、そのうちの一つのパターンとして、「金目当て」というものがあるね? こういう人間は、もちろんただの人間相手に紹介するのだってはばかられるわけで、対して今回は一応人類の未来を担う国家プロジェクト。そのプロジェクトの根幹を担うような重要ポジションに「金目当て」の人間をあてがうなんて、とてもじゃないけどできないわけで、じゃあどうするか? 「金目当て」でなくナメクジと結婚したい人間が見つかるまで気軽に待つのか? しかし、そんな人間、この地球上に存在するのか? そんざいしないんだったら、あたしたちはいつまでこの不毛なナンパ行為を続ければ良いのだろう。はぁ、あたし、研究者なのに――なんて堂々巡りの思考をぐるぐるぐるぐるハンドスピナーがごとく無意味に回転させながら、しかし口だけは絶対に止めることなく、「お兄さん、ナメクジと結婚したくないですか?」「国家主導プロジェクトですよ?」「今ならたくさんのナメクジからお婿さん候補を選び放題ですよ!」「あなたの愛が人類史上に残るチャンスですよ!」みたいな地獄フレーズをうわごとのように繰り返す、ある種の社会的ゾンビと化すこと早二ヶ月。結局何の成果も得られないまま次回の対策会議に出席することになったわけだけれども、でもまあ、はじめから無理な作戦だったんですよ、これは。また一から考え直しましょう? と提案するつもりが、お偉いさん方はあたしの予想以上の意気消沈っぷりで、あたしは困惑してしまう。

「先生、すみませんが、このプロジェクトは大臣案件になっておりまして、何らかの成果は上げないと、大臣に説明がつかないんです」と言うのは我馬秘書官。

「はぁ、そうですか。で、その成果というのは……?」

「ええ、ですから、つまり、その、市民の方からの立候補がない以上、会議メンバーの誰かにナメクジと結婚して頂く必要がある、ということでして……」

 とのことで、そっか~。ま、でもその辺のことは、あたし分かんないな~、一介の学者風情だからなぁ~、じゃ、そういうことで! と白を切るつもりが、我馬秘書官、首を横にふるふると振って言うには、「それで……大変申し上げにくいのですが、実はこの『人類蛞蝓ダイバーシティ対策会議』、先生以外は既に結婚済みでして……重婚は法律上違法になってしまうものですから」ということで、は?

 ……は?????

 なにこれなにこれ、あたし嵌められた??? 飛び級で博士になった、若いあたしを対策会議のメンバーに組み込んだのってこれのため???? マジで???? やめてくれよ!! あ! いや待て、まだうちの研究室の山鹿賀師君がいる! 彼に頼めるかもしれない!! 一旦持ち帰って彼に確認してみて、それでももしダメだったら、そのときはまあ、しょうがないので、検討しますが……! とのことで宿題にし、研究室に戻ってから山鹿賀師君に「君、ナメクジと結婚してよ。私の代わりにさ」とやや圧強めで言ってみたところ、「僕もう結婚してるんで無理ですよ」と軽く返されちゃったわけで、どうしてだよおおおおお!!! お前まだ学生だろおおおおお!?!?!?!? 少子化問題でも解決する気なのかよぉおぉおおおおお!!! 大人しく非理谷充に感情移入しとけよぉぉぉおおおお!!! と最悪逆ギレワードを吐き散らしながらラボの床でバタバタすること丸一日。流石に二の腕とかふくらはぎなんかが痛くなってきた頃合いにかかってきた電話に出ると、我馬秘書官で、しゃーなし、「彼、結婚してました……」と泣きそうな声で報告したところ、我馬秘書官も「そうですか……では、申し訳ないのですが、結婚していただくのは先生ということで……よろしくお願いします」とガチャ切りされちゃったのが運の尽き。人類と蛞蝓の結婚というニュースはその人類史的インパクトと奇天烈さから瞬く間に世界中に一斉に報じられ、マスコミは連日連夜の大騒ぎ。取材申し込みは全部断っていたものの、外堀がどんどん埋められていくのを感じられて、どうしよう、どうしようと思っていたらもう気づいたら結婚式当日の朝にまでなってしまっていて、頭を抱えながら外を見ると参列者には、流石に国家プロジェクトと言うべきか、総理大臣だのその他各種の大臣だのが、そのお供連中とずらり揃い踏みという感じでやばいやばい、あたし、本当にナメクジと結婚しちゃうんだ! どうしよう、っていうかあたし、なんでこんなに押しに弱いんだ、もう二度と押しに負けない! これからの人生は押し強くあろう! なんて謎の反省会を始めちゃったりなんかしちゃったりして、いやいや、そうじゃない、その前にまず、目の前の絶望的な状況をなんとかしないと……と思った矢先、山鹿賀師君がこっちにおいでおいでしているので、なんだろうと思って近づいてみると、誰にも見られないような角度ですっと薬包紙に包まれた何かを渡してくれるわけで、これは……白い粉……? ……まさか! と顔をあげると、山鹿賀師君はグッと親指を立ててサムズアップをするわけで。

 ……そうだ、なにをウジウジと悩んでいたのだろう。簡単なことじゃないか。私はナメクジとは結婚しない、その意思表示をすればいいだけの話じゃないか。あたしだって、自分に素直に生きる権利がある。人類と蛞蝓の未来のためなんかに、自分を犠牲にしなくってもいいんだ。あたしは普通に人間と結婚したい。この気持ちを否定する必要なんてどこにもない……!

 かくしてあたしはすぐさま控室へと直帰、新郎側のナメクジの介添人兼仲人を務めている蝦蟇秘書官に「あたし、ナメクジとは結婚しません!」と宣言し、「そんな、今更そんなこと言われても、こっちも困るよ……!」とおろおろする我馬秘書官を華麗にスルーするとその近くにいたナメクジに向かって思いっきり山鹿賀師君にもらった塩を叩きつける。

「ちょ、ちょっと先生!? いま投げつけたものって一体……!?」

「塩ですよ、もちろん」

「塩だって!? そんなもの投げつけたら、人間とナメクジとの関係が台無しに……!」

「かまいません、あたしは人間とナメクジとの架け橋になんかなりたくありませんので!!」

 と、あたしが叫んだ瞬間であった。

 ゴォォオオオオオオオオオオオ

 おもむろにナメクジの背中からジェットパックがニョキッと生えてきて、そのままエンジンが点火。轟音とともにナメクジは教会の窓を割って外へと飛び出していく。

――なんだ? 私、なんかめちゃくちゃまずいこと、やっちゃった……? と目を白黒させていたら、会場の外から何やらざわめきが聞こえてきて、言ってみるとそこには、街から、森から、林から、いたるところから背中にジェットパックをはやしたナメクジが大空へと飛び立っていく光景が広がっていて、さながら大量発生したイナゴのよう。その数、数兆にも達するかと思しき空飛ぶナメクジたちは、やがて空に散在するいくつもの円柱状の空気清浄機のようなロケットに乗り込んでいき、やがて、一つ、また一つと宇宙の彼方へと飛び立っていく。その光景は現在の人類の英知を合わせたとて、説明がつくような代物ではなくて。

 ――かくて。

 その日を境に、地球上からは、ナメクジという種はいなくなったのであった。




 ※※※※※



 しかし、考えてみれば、当たり前の話であったかもしれない。

 ナメクジが人類の英知を超えているということは、ナメクジだってこのまま人類と一緒にいれば、ナメクジと人類との間で最終戦争に突入することはわかっていたのであろう。その上で、人間が生ぬるくも共生だの政略結婚だの考えている最中に、彼らはより物事をシビアに考え、早くも人類を見限って、地球を脱出する準備を始めていたと、ただそれだけの話なのだ。

 私は後日、研究室のパソコンで、NASAの公開した宇宙空間を移動するナメクジロケットの姿を移した動画をぼんやりと眺めていた。円柱状のロケットの側面に開けられた窓からは、解像度の荒いナメクジの姿が写っており、さながら地球にバイバイをするみたいに、四本の角を左右に振っているのがなんとなく見えるのであった。

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