逆境
――――私たち運営は彼女に指一本触れません。
モールが貸し切り状態だと気が付いた瞬間、沙鳥の脳内にそのルールがフラッシュバックした。
普通に考えれば、まだフラウィウスは地下にいるんだ。このまま走って出口に向かえば難なく出られるだろう。しかしそんな簡単にコトが運ぶわけがない。
考えられる展開は二つ。
モールを出てもまだ危機が去らないか、モールから出られないようになっているかだ。
しかし、これは全会員に配信されている。モールから無事に出たら勝利と言う条件は曲げられないだろう。
では、モールから出られないようになっている?
法に縛られない以上、鍵が締まっていようが壊せばいいので関係がない。
「私たち運営は指一本触れない、というのがルールの罠に聞こえるね」
沙鳥は小さくため息をついた。
このモールのすべての入り口に黒服が隙間なく配置されていたらどうなるだろう。
黒服はただそこにいるだけ。しかし沙鳥は黒服をどけないと脱出ができない。沙鳥から黒服に触れるのは禁止されておらず、あくまで黒服から沙鳥に触れるのが禁止されている。無言で通せんぼをされたら、たとえ黒服側からの干渉がなくても沙鳥の力では彼らをどかすことができないだろう。
「私の勝利条件は単純な脱出じゃなくて、視聴者が納得する形での脱出って感じかな」
口に出してみてみたもののどうすればいいのかは全く想像もつかなかった。
沙鳥は一階の出口へは向かわず、階段を昇り三階へと向かった。
万が一フラウィウスと対峙してしまったときに備えて、準備をする必要があった。幸いここはショッピングモール。ないものを探すほうが難しい。
「私しかいないから変装グッズとか買っても意味ないよねえ」
ふと見上げると監視カメラがあったのでそこに向かって小さくウインクをした。黒服や視聴者たちはそれで見ているのだろう。
そしてきっと、私の居場所は黒服経由でフラウィウスに筒抜けになっている。そうでないとこの広いショッピングモール。鬼ごっこにいならない。
――――そう思った瞬間、吹き抜け越しに、一階にいるフラウィウスと目が合った。
「F*ckin' girl」
かなりの距離があったが、彼の言っている内容はよくわかった。
「怒ってるねえ。なんでかな。ああいや、私が燃やしたからか」
沙鳥は右手の中指を立てた。
そして走り出す。
彼と対峙したときに備えて必要なものがいくつかあった。
まずは防御。
ポーカーテーブルを軽々と叩き割る彼の拳をまともに受けてしまったら体ごと壊れてしまうだろう。しかし生半可なもので受けても意味がない。
ポーカーテーブルを砕く拳なんてどうしようもなくない? 沙鳥はそう思いながら、台所用品グッズである鉄製のスキレットを選ぶ。
そして攻撃。
リーチがあり、持ち運びしやすく攻撃力もあるものが欲しく、本当は野球のバットが最適だと思ったが、目の前にあったのは電気屋。
駆け足でぐるりと回っていくつかの備品と共に、仕方なくカメラの一脚を持って吹き抜けへと出る。
しかし既に一階にフラウィウスの姿はなかった。
「まずった。意外と俊敏だ!」
沙鳥は聞き耳を立てる。
彼ほどの巨体が走れば必ず音が鳴る。まずは相手の位置を確認しないと話にならない。この階、三階にはいない。ならば一階か二階!
そう思い吹き抜けから身を乗り出して――――――――
――――――――足音が、上の階から聞こえた。
「上ッ!?」
このショッピングモールは四階建てである。
沙鳥は完全に虚を突かれ、その一瞬が致命的な隙になる――――!
それは、沙鳥の上から降ってきた。
「
「――――ッッ!」
お前が原因だろ、という言葉を飲み込んで、半ば反射で左に飛んだ。
フラウィウスが真上からグルンとアクロバティックに飛び、吹き抜けを経由して三階に侵入してくる。
フィジカルモンスターすぎるて。
ていうかこの状況は何。なんで私は誰もいないショッピングモールで伝説の剣闘士の子孫と鬼ごっこなんてしているの? 伝説の剣闘士の子孫ってなんだよ。あいつがスパルタクスの子孫である保障なんてあるのかよ。よしんば子孫だったとしてもそいつが強い保障ってあるか? 遺伝子の力は強いけどもう何世代経ってると思ってるんだよ。っていうかあれ? 私色んな事考えすぎじゃない? フラウィウスが飛んできてから何文字分考えている? これって。この思考スピードが限界を超えて早まる現象って――――
走馬灯――――!
その言葉が思い浮かんだ瞬間、沙鳥は反射でスキレットを左腰に構えた。
ベコンッッ! と音がして腹に強い衝撃が来た。
「がっ」
衝撃を感じるより先に沙鳥は一脚をフラウィウスの顔にぶつける。
からん、と音がして、ワイヤレスのイヤホンが転がった。
きっとそれで黒服と私の位置など連絡を取り合っているのだろう。
沙鳥の必死の反撃は、ただそれだけだった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
フラウィウスが飛びながら殴りかかってきた=支えのない状態での攻撃だったこととスキレットのお陰で致命的なダメージとはいかなかったが、沙鳥の脳を痛みが支配した。
でも、ここで足を止めるわけにはいかない。
彼女はよろめきながらも鞄からバルサンをいくつか取り出し、一斉に噴射して煙幕を作った。
これは配信だ。
見えないところで沙鳥にとどめを刺すなんてマネ、しないだろう。
そう踏んだのが正解だったのか、追撃は来なかった。
――――ひとまずは脱出成功。
ただし大塚沙鳥は満身創痍。フラウィウスはほとんどノーダメージである。
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