デス・鬼ごっこ
姫路 りしゅう
選手紹介
「お嬢さん、あんた、やりすぎたわ」
沙鳥は心の中で舌打ちをする。全く、この程度でやりすぎだなんてオーナーの肝っ玉が小さすぎるよ。
「オッケー。じゃあ半分は返すわ。こっちの半分を換金してもらえるかな」
そう言うと男は首を横に振って否定をする。
「
「…………どういうこと? わかった、じゃあ今日の勝ちは無しでいいよ。全部のチップを返す。それでどう?」
しかしなおも男は首を横に振る。
「女子高生に大負けして、情けをかけてもらったなんて知れ渡ったら商売上がったりなんだ。裏カジノというのは、信頼で成り立っている商売だからね」
法外な金銭を掛けて勝負をする裏カジノは、日本の各地に存在している。
ここ「CASINO SUPER アエオンモール幕張都心地下店」はその中でも中堅クラスの知名度と実績を持っていた。
女子高生ギャンブラー大塚沙鳥はそこでオーナーのキャパを見誤り、窮地に立たされていた。
「ふうん、だったら私はどうすればいいのかな」
沙鳥はすぐに逃げ出せるように鞄を引き寄せながらオーナーに問いかけた。黒服たちの位置を確認する。出口はひとつ。数人いる他の客たちも自分の手を止め、固唾をのんでやり取りを見ている。
「死んでもらいます」
「っ…………」
裏カジノのオーナーにとって、女子高生をひとり殺すくらい造作もないだろう。沙鳥は表情から本気であることを読み取った。
「殺してしまうのが一番簡単です。そうすれば私たちの信用は守られる。ですが、あなたのような天才をただ殺すのは惜しい。そう思い直し、企画を立てました」
「…………私を仲間に引き入れるの?」
「まさか。殺しますよ。でも、あなたには死ぬ際までお金を落としてほしいんです」
話の全容が全く見えなかった。
ギャンブルで勝ちすぎたせいで口封じのために殺される。そこまでは理解できる。しかしどうやらただ殺すわけではないらしい。
沙鳥は冷静だった。死がここまで近くに来たのははじめてだったが、みっともなく喚くよりも頭を回したほうが生存確率が上がることを魂で理解していた。
――――走って逃げられる?
ここは毎日数万人の人が訪れるショッピングモールの地下。一階に出てしまいさえすれば逃げ切れる。
ただし、出口はひとつ。それは最終手段だ。
まずは男の話を聞こう。そう思った瞬間、彼女を大きなスポットライトが照らした。
熱い光に動揺する間もなく、男が高らかに叫ぶ。
「それでは、配信を開始します」
「は――――?」
「全国のCASINO SUPER会員の皆様。本日は急なお知らせにも関わらずお集まりいただきありがとうございます。今回のギャンブルの主役はこの方! ご存じの方も多いのではないでしょうか。天才女子高生ギャンブラー、大塚沙鳥様です!」
沙鳥は自分が見世物になっていることを理解した。いくつかの監視カメラがこちらを向いている。
男の言葉から察するに、この映像が全国のCASINO SUPER会員の下へリアルタイム配信をされているのだろう。
だが、なにを?
沙鳥の思考が追いつく前に、続きがアナウンスされる。
「大塚沙鳥様に挑戦していただくゲームは……『デス・鬼ごっこ @ ショッピングモール』」
何だそのふざけた名前は。
しかしここで沙鳥は、この計画が今日突発的に用意されたものではなく、前々から準備されていたことに気が付いた。今日勝ちすぎたのはひとつのきっかけで、彼女の存在は随分前からマークされていたのだろう。
「ルールは簡単です。大塚沙鳥様が無事にこのモールから出ることができれば彼女の勝利! そして私たち運営は彼女に指一本触れません」
「…………」
「では彼女を阻むものは何者か? 紹介しましょう。この男です!」
アナウンスとともにスポットライトが揺れた。
扉が照らされる。そこから入ってきたのは、身長2メートルを優に超えるであろう、筋骨隆々の大男だった。日本人のようには見えない。
「彼を紹介する前に、古代ローマのお話をさせてください。皆様は、古代ローマの
もちろん沙鳥も知っていた。
そしてその説明が、この筋骨隆々の男の正体について語っているであろうことも予想できた。
「皆様には今から、大塚沙鳥様とこの男、どちらが勝利をするか賭けていただきます。さながらコロシアムのように」
今日、沙鳥が勝負する相手は――――
「そしてこの男こそ、伝説の剣闘士スパルタクスの血を引く男! フラウィウス!」
そのアナウンスと同時に、フラウィウスと呼ばれた男は、ポーカーテーブルに拳を振り下ろし、それをたやすく破壊した。
――――とんでもない人間を連れてきたな。
「はじめに大塚沙鳥様が動き出し、フラウィウスはその三十秒後に動き出します。視聴者の皆様は、フラウィウスが動くまでにどちらにいくら賭けるかを決めてください。大塚沙鳥様はこのモールから脱出することができれば勝利。それまでに死んでしまえば、彼女の敗北となります。なお、メインの舞台は休日のショッピングモール。もちろん人通りも多く、この部分は大塚沙鳥様に有利に作用するかもしれません。視聴者の皆様にはモール内のすべての監視カメラの映像を瞬時に切り替えることができるので、大塚様を追いかけてもいいですし、フラウィウスを追いかけても構いません。ルールは以上となります。なにか質問は?」
休日のショッピングモールで大男から女子高生が逃げていたらすぐに助けてもらえそうだ。
しかしそんな甘い話はあるだろうか?
伝説の剣闘士の子孫まで呼んでおいて、そんな初歩的な舞台設定をするとは思えない。
ただし、この空間から逃げ切れることができれば私の生き残りだ。
沙鳥は少し考えた後、ひとつだけ質問をすることにした。
「禁止事項はありますか?」
「ありません。このショッピングモール内では犯罪行為もOKです。ゲーム終了後も法に裁かれないことを約束しましょう」
ふむ。
「それではゲームをはじめましょう。皆様、ベットの準備はよろしいでしょうか? お、フラウィウスに二千万。五千万。三百万。ふむふむ。現状はフラウィウスの優勢ですね。大穴を狙う方は出てくるのでしょうか? それでは」
――――ゲームスタートです!
男がそう告げた瞬間、沙鳥は出口とは逆の方向へと走った。
モニターで見ていた観衆たちが驚きの表情を作る。
沙鳥の向かった先とは――――バーカウンター。地下CASINOは当然アルコールを提供している。
彼女はそこから一番度数の高い酒瓶を選び、それでフラウィウスを思い切り殴りつけた。
「なっ!」
「フラウィウスさんは三十秒間動かないんだよね。その間、ただ逃げるだけなんて勿体ないでしょ」
そう言いながら沙鳥はライターの火をフラウィウスに近づける。
点火――――!
「ウガァァイアアアアアアア…………!!!」
フラウィウスは悶え苦しむ。その目には怒りが籠もっていた。
「ふうん、顔面を火傷してても叫ぶ程度で済んでるのか。確かにこれはとんでもないフィジカルモンスターかも」
「大塚沙鳥に二百万! 六百万! おお、一億! ベットは拮抗してきました。フラウィウスが動けないのはあと十五秒です」
沙鳥は軽い足取りでCASINOの出口へと向かう。
エレベータで一階に出た彼女は、意外な光景を目にすることとなった。
誰も、いない。
休日のショッピングモールに、人っ子一人いない。
「貸し切りってことぉ〜〜〜〜?」
その叫びを聞く人間も、その場には一人もいなかった。
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