第6話 空挺降下

ブバッ!ズババババッ!


車両前部から放出されたパラシュートが大気を噛むと、離床用の翼が一気に展開し、ヘリから車体を引きずり出そうとする。


『うひゃーーーっ!』


車体を固定していたクローラーが引き込まれ、ヘリのコンテナロックが外されると、真結を乗せた装甲車両は、まるで弓弦から放たれたかのように空中に飛び出して行った。


『おちりゅーーーっ!』


なんでこんな事になっちゃったんだろう。


真結は全力で後悔していた。


まるでホーンテッド○ションみたいに、座ったまま重力の頸木から解き放たれる。

ちなみに真結は千葉県のとあるランドで経験して以来、重力落下系のアトラクションはトラウマになっていた。

加えて搭乗時に装着したパイロット用のヘルメットには最新のARモニターが組み込まれていて、拡張現実により車外の景色をリアルに再現してくれる。まるでパラシュート無しでスカイダイブしているような、ど迫力の臨場感だった。


『ごめんなさい、ごめんなさい!もう生意気言わないからゆるして!』


◇◇◇


その後色々有って、真結は穂積美帆の保護を受ける事になった。

真結は面識が有る程度だが、この辺りに住まう者なら誰もが彼女の事を知っていた。


鎮守様。


古い小さなお社を守る彼女を、地元の者はそう呼んだ。

普段から諍い事に口を出す事の無い彼女だったが、今回は調停者として、この事件に介入する事を宣言していた。


「あの、鎮守様?」


敬いを込めて話し掛ける。

スマホの画面に映し出される姿は自分と同じくらいの女の子にしか見えないが、真結はそれだけで無い事を知っていた。

彼女は神社の巫女ではなくて、ご本尊様なのだ。


「ああ、美帆で良いのよ。堅苦しいのは嫌いなの。それに、あなたあたしの所の氏子うじこだし。何度か会った事も有るのよ。七五三の時に千歳飴あげたの覚えてない?」


「覚えてます。飴で歯の詰め物が取れちゃってって、そんな事はどうでも良くて! 私の目的は」


「小萌を救出する事」


「あ、はい」


先回りされて肩すかしになる。

彼女は小萌や真結の能力をおおよその所把握していた。今回の事件に至った経過を正確に把握していて、その上で真結に協力を求めていた。


「これはバーターじゃないの。小萌の救出は私にとっても一番の目的だから。あなた未成年だし、本来なら後方待機させるべきなのだけど、この状況であなたが及ぼす力は絶大だから・・・」


そこで美帆は口淀んだ。

まだ高校に上がったばかりの真結を巻き込む事は、彼女にとって本意では無かったのだろう。

それが伝わって来る。


それは大人として当然の反応で、けれど真結はこの状況でも当たり前にそれを言ってくれる事がとても嬉しかった。

特別な力を持っていたとしても、自分たちは普通の少女なのだから。


「小萌を助けるためなら問題有りません。現場に行って心を縛られている人を解放すれば良いんですよね」


「そう。手先として操られている子供達を解放すれば、小萌の救出にも繋がるわ」


「分かりました」


簡単に承諾したが、その時は何も分かって無かった。

このあと安請け合いした事を、真結は死ぬほど後悔する事となる。


◇◇◇


「翼を開くぞ!歯ぁ食いしばれ!」


装甲車両はドライバーと指揮者の座席が独立していて隣に居る人物を伺えない。

だが、モニタに映るドライバーの瞳は空色だった。覆面から覗く容姿は欧州系で、なのに日本語はほぼネイティブだった。

美帆からは、この状況で真結を任せるに足る唯一の人物と紹介されていた。


バサバサバサッ!


見上げるとARモニタの視界の中で車両から折り畳まれたパラグライダーの翼が展開して行く。


「あっ、馬鹿!へそ見て頭抱えろ!」


真結がその言葉の意味を理解したのは次の瞬間だった。


がっくん!


パラグライダーの浮力で強力な逆Gが発生する。

車内のエアバックが開いて真結の身体を支えるものの、そんな事では吸収出来ない衝撃が身体を襲う。


ふぎゃっ!


まるで、お尻からトラックとぶつかったみたいだった。

衝撃が骨盤から頭頂に駆け抜け、目の前が真っ暗になる。


「大丈夫か!」


『大丈夫じゃない!』


激痛で視界が点滅する中、真結は空挺降下なんて二度としないと心に硬く誓っていた。


◇◇◇


いてててて。


エアバックがしぼんでコンソールに収納されると、身体の自由を取り戻した真結がお尻をさする。

昔から真結は怪我や病気に強かった。

それも自分の能力の一部と分かってはいたが、怪我をして痛くない訳ではないのだ。

実際今の衝撃も、常人ならば頸椎を損傷する程だったが、身体をさすっている内に痛みも引いてしまう。

それよりも真結は周囲の様子に目を見張っていた。


一面の森を見下ろし、パラグライダーの翼で滑空する。

空挺降下といえばパラシュート、いわゆるお椀型の落下傘が主流だが、真結が乗る装甲車両が展開したのは細長い帯状のパラグライダーの翼だった。

あまり知られていないがこの二つは似ている様で全くの別物なのだ。

パラシュートは降下速度を減速するだけの物だが、パラグライダーはグライダー、要するに航空機のカテゴリーなのだから。

装甲車両の翼なので降下速度を減速する程度ではあるのだが、その範囲で自由に飛翔する事が出来る。

使い手の練度にもよるが、ただ降下するだけの貨物が航空機のように飛翔する。そして、現在これを扱うエイスンは数多の戦場を潜り抜けた歴戦の使い手だった。


降下速度を揚力に変えて飛翔する。

山間やまあいの姿から風の流れを予測して浮力を稼ぐ。


降下速度はまだまだ早いが、これをするだけで自分が飛んでいると実感出来る。

自分の体重が感じられる事で真結も一息付けていた。


重力って素晴らしい。


加えて、美帆がARモニタの感度を下げてくれたお陰で心に余裕が戻って来ていた。

けれど真結がARモニタに表示される目的地に目を遣ると、何だかどんどんと遠ざかって行く。


「向こうは逆風なんだ。これから旋回する」


真結が問うとエイスンが答える。

程なくパラグライダーの翼の一部が開いて車体が旋回する。落下速度を使って風上に向かって進んで行く。

この辺りはグライダーならではの取り回しだ。


漸く真結に空からの景色を楽しむゆとりが生まれる。けれどそれはほんのつかの間でしか無かった。

ぞくりと強烈な悪寒に真結の身体が震える。


「何か来るわ!」


それは彼女に備わった超感覚。命を脅かす悪意から身を守る特別な力だ。

ゴーグルの横をタップしてARモニタの感度を上げる。

戦闘車両に広域レーダーなど備わって居る筈もなく、頼りは自らの視界のみだった。

程なく目的地のすぐ横に真結達が乗ってきた物では無いヘリの姿を見つける。


「四時の方向!」


「シット! ミサイルかよ。美帆、対空防御!」


「戦闘車両にそんな物積むか! Sマイン レッコ! 美耶はチャフ撒いて全力で後退!」


「ラジャ!」


美帆が矢継ぎ早に指示を下すと車両から円盤状の物体が放出される。


「積んでんじゃねえか」


と、エイスンが文句を言うのと同時に車両の翼が形を失い自由落下が再開した。


「うひゃぁ!なんで?」


「Sマインってなぁ対空機雷だ。爆風でキャノピー(パラグライダーの翼)が潰されると厄介だから高度差を開いて退避してる。あらよっと」


再び翼が展開するのと同時に、頭上に紅蓮の光球が現れる。

光球が一つ、二つ、そして衝撃波。


パラグライダーの翼が波打つ様に揺れるが飛翔しながら何とか元の形を取り戻して行く。


「第二波来るわ」


「翼が持たねぇから尾根に逃げる。フォローよろしく!」


「OK! Sマイン レッコ!」


対空機雷が放出されるが、円盤はミサイルには向かわずに下方へと消えて行く。

と言うか、車両の進行方向がミサイルを目指して上昇していた。

真結のARモニタの中でアラートが鳴り響く。


「なんで!?」


「パージ!」


パラグライダーの翼にミサイルが衝突し、そのまま帆布に包み込まれて後方に逸れて行く。

けれど、真結の乗る車両がそれに引きずられる事はなかった。何故なら一瞬前に翼が切り離されていたからだ。

後方でミサイルが爆発し、これに煽られる様に車体が前のめりになる。

装甲車両は直前の加速によって前方のヘリに向かって放り出され、そして放物線の頂点を過ぎて降下して行く。


「なんで・・・」


答えなんて分かっていた。

ミサイルの直撃を避けるために翼を犠牲にしたのだ。

けれど問題はそこでは無かった。

真結のARモニタは現在の高度が634メートルである事を教えてくれていた。そして、その値がもの凄い勢いで減少してゆく。

翼を失った車両が墜落してゆく。

間抜けの声を上げても物理法則は待ってはくれない。真結の目の前には緑の森が広がっていて、見る間に近づいて行くのが分かった。

目をぎゅっとつぶっても視界を遮ることは出来なかった。ダイレクトリンクのARモニタは神経接続で最後まで死の情報を送り続ける。


「こも、助けて・・・」


「ロケットモーター! イグニッション!」


ぱす、ぱすぱす。


空気の抜けるような音がして車両の上下方向が変化する。

それは車両の外側に取り付けられたロケットモーターの姿勢制御用の噴射音だった。

森がぐりんと真結の視界の下に沈んで行く。前のめりに落下するだけだった車両が水平より若干上を向いた姿勢で安定する。


「フルフォースドライブ、カウントダウンスタート!フォア60セカンド!」


穂積美帆の声と共に車内にロケットモーターの爆音が轟き、下から突き上げられるようにして重力が戻ってくる。


はっとしてARモニタの小さなウインドウを注視すると、真結の視線が検知されてドライバーの姿が拡大された。

映し出された男にあせりの様子は無かった。

その姿からは経験に裏打ちされた絶対的な自信が感じられる。


「すまねぇ。恐がらせちまったな。だが大丈夫だ。こんなのはピンチにも入らねぇ」


男は真結の視線を感じたのか、そう言って、にかりと笑う。


「50セカンド」


「そ、それよりもこのカウントダウンって噴射が出来る秒数って事ですよね?着陸するまでに時間が足りる気がしないんですけど」


「オールOKだ。こっちはプロに任せろ。だが嬢ちゃんに少しでも余裕が有るなら、美帆から任された任務を思い出してくれねぇか」


真結がはっとして顔を上げる。


「40セカンド」


「ウチらの業界ではピンチはチャンスなんだ。奴らの稚拙な攻撃は焦りの証拠。俺らは余裕で反撃といこうぜ」


エイスンの言葉は自信に溢れていて真結の恐慌をぬぐい去ってくれていた。それどころか彼の自信が伝染して自分も出来るのだと思わせてくれる。


心を凝らすと前方のヘリの中に心を凍結された同族が居るのが感じられる。

少し遠いが問題ない。行ける。


「30セカンド!」


『智天使、真田真結の名の下に、汝らを拘束する。掌握!』


たぶん覚醒の最中だったのであろう。

真結の中の天使の力で目覚めを促す力を押さえ、強制的に眠らせる。

美帆からは解放する為に、精神を一度凍結する必要があるのだと教えられていた。


「20セカンド!」


「やったか!」


たぶんそのエイスンの台詞がフラグとなったのであろう。

一人の兵士が前方のヘリから飛びだしていた。


「一人はじかれました」


それは真結や小萌と同種の存在で、真結に心の掌握を許さない強い意志と階位を備えていた。


「10,9,8,7・・・」


そいつは真結に強い敵意を抱いていて、真結が先程から感じる強い悪寒と危機感は些かたりとも減じることは無かったのだ。

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