第5話 エイスン2

ババババババッ、バリバリバリバリッ!


ん、機速が落ちたか?


ヘリのエンジン音が低くなるのと同時に、ほんの僅か逆Gが掛かる。

あわてて監視用のドーム窓に首を突っ込むと、併走していた筈の僚機が前を先行している。

自機が編隊から離脱して行くのは、潜入が露見したという事だろう。


「美帆!」

「コックピットへ!」


意志の疎通は一瞬。

打てば響く様な指示に、感覚が六十年前とシームレスに繋がる。

ヘッドセットの声と同時にエイスンの躰が走っていた。

カーゴ・ヤードの隔壁を蹴破るとコックピットに飛び込みパイロットを吊し上げる。

そのままチョークスリーパーで閉め落とすのと、コパイの首を蹴って気絶させるのは同時だった。

パイロットを操縦席から引きずり出すと、操縦桿を取って機体を安定させる。

指示を受けてから五秒も掛かっていない。

特殊作戦部隊の教官も目を剥く早業だ。


「そのまま後退」

「おい!」


目の前の機体には、まだ十五人の子供達が捕らわれている。見逃す訳には行かない。


突然ヘリのモニターが切り替わって、通話モードに移行する。

メイン画面には60年前と何も変わらぬ美帆の姿が映し出されていた。


「聞いてエイスン。この機体の子供達も絶対的な支配権はまだ向こうに有るの。今すぐ後方に後退しないと取り返されてしまうわ」


・・・・さっきのクラッキングか。


いつの間にかこのヘリは美帆の制御下にあった。

つまり、エイスンに特製スマホを提供した協力者も彼女の手の者だったのであろう。

要するにエイスンが引退した後も、彼女はずっと戦い続けていたのだ。


「んな事は分かってる。だがフェアリーなら、こんな時の奥の手が有るはずだ」


美帆なら何とかしてくれる。それは、彼の絶対的な信頼だった。


「部外者に奥の手は晒せないわ」

「なら、今からお前の指揮下に入ろう。俺を便利に使え」


「後退よ」

「美帆!」


彼女の指揮下に入るという事は、軍やこれ迄の自分と決別するという事だ。

それを蔑ろにされては困る。


「勘違いしないで。カーゴの子供達を降ろして協力者を乗せるわ。目の前の子は、その子にしか助ける事が出来ないの。戦闘車両を預けるから、あなたはその子を守り抜きなさい」


護衛任務かよ・・・。


だが、フェアリーが言うのならそれが最善手なのだ。

モニターがナビゲーションモードに切り替わって目的地がマップ上に表示される。

機体を旋回させながら、エイスンは少しだけ肩の荷が軽くなったのを感じていた。


◇◇◇


伊達にこの歳までパイロットライセンスを維持している訳ではない。

ヘリの操縦は久方ぶりだが、直ぐに勘を取り戻した。


高度計、フューエルメーター、目的地迄の距離は近いが念のため計器をチェックしているとヘッドセットから美帆の声が聞こえてきた。


「この星にはね、四万年前に入植が有ったの。カーゴの彼らはその入植者の遺伝形質を備えているわ」


ヘッドセットから響く美帆の声はいつもの調子と変わっていて、それを聞いたエイスンの背筋がすっと伸びる。


・・・星? 入植?


突拍子もない内容だが、作戦中のフェアリーは無駄話を嫌う。ならばこれは自分が知るべき内容なのだ。

そして、エイスンの中に漸く理解が追い付いてきた。


「つまり、さられた子は宇宙人の子孫って事か?」


「まさか。四万年も続く血統なんてあり得ないわ。人類の中に広く取り込まれた遺伝形質の一部が、たまたま強く発現したってだけ」


「だがよ。確かにさらわれた子供達は皆、何がしかの才能を持っていた。けれど俺の調査じゃ、そんなぱっとした感じじゃあ・・・」


「当たり前よ。彼らはただの普通の子供だもの。彼らがさらわれた目的は、異星人のスキルじゃ無くて遺伝形質そのものなのよ」


全く意味が分からない。そんな表情のエイスンに美帆の声は教えていた。


「あなたの所の大統領は、とある命令書にサインしたわ。それには宇宙人の遺伝形質を発現させた者は人類と認めないって書かれていたの」


『人類と認め無いだと!』


その言葉の秘める意味に愕然とする。


「そう。彼らの扱いはイルカやクジラよりも下だから、遠慮なく人体実験が出来るのよ」


「バカな。だが、何だってそんな事を」


「コストパフォーマンスよ。首謀者が望むのは安価な人型ドローン。前頭葉にハーケンを打ち込まれた人間は、原価500ドルで使い捨ての兵士となるわ。そして、全人類の3%が入植者の遺伝形質を発現させる可能性をもってる。彼らはそれを新たな奴隷カーストにする積もりなの」


ウクライナ戦争を境にして新たな軍需が生まれていた。

時代は兵器に質よりも量を求めている。安価な人型ドローンと聞いて飛びつかない軍隊は無いだろう。需要は幾らでも有る。


全く持って荒唐無稽だが、エイスンの中で腑に落ちる事は幾つもあった。

この事件には軍が関わり過ぎている。今回の侵攻にしてもそうだ。

この規模の作戦行動は一部の者達の策略で何とかなるレベルを越えていた。

だが、まさか大統領が・・・。


「最悪だ。それがマジなら国が割れる。新たな南北戦争になるぞ」


ブルブルとおこりのように震えが走るのを、エイスンは止める事が出来なかった。


彼奴か、また彼奴の仕業なのか?


「逃げても良いのよ。今なら指揮下に入るってのは聞かなかった事にしてあげる」


まるでエイスンの弱気を見抜いた様に、ヘッドセットがシニカルな調子で囁く。


「バカ抜かせ。今更引けるか!」


「なら切り替えなさい。そろそろ着くわ」


◇◇◇


モニタに指定された場所は学校で、校庭にヘリポートのHマークが描かれていた。

周囲を警戒しながら弧を描くように高度を落とすと、ラインカーで引かれた石灰のHマークが、ローターの強風により一瞬で吹き飛ばされる。


「後部ハッチ解放して!」


着陸する間ももどかしく迷彩服の一部隊がヘリに乗り込んでくる。

手際よく投下用コンテナに積まれた子供達と無力化したパイロットを回収して行く。そして・・・、


Shit! 何て物持ち出しやがった。


ヘリの機内カメラに映し出されたそれは、追跡戦闘車と呼ばれる特殊装甲車両だった。

エイスンも概要くらいは知っている。

車両前方が流線型で独立懸架八輪による高速走行車両。だが、車両後部にはフレキシブルに可動するクローラー(キャタピラー)を装備し、後進する事でどんな悪路をも制覇する、2つの特性を併せ持つユニーク車両。

1970年代に開発された万能ビーグルだが、車体が高価な上に整備が煩雑で、日の目を見る事無く消えた幻の車両である。

そんな車両がコンテナを降ろした後のヘリの荷室に、車両後部のクローラーを使って這い上がって来る。


「ヘリの操縦、交代しまーす!」


搭乗員が降車すると、ヘリの荷室に手際良く車両を固定して、そのままコックピットに駆け込んできた。


「美耶です。美帆の妹です。ご協力に感謝です!」


高校生位の女の子が、そう言って拙い敬礼をする。


「既に協力者の方は搭乗済みです。後はあたしが敵の側まで寄せて落としますんで、ばばっと悪いやつらをやっつけちゃって下さい」


押しが強く、勢いに負けそうになりながらもエイスンが何とか抵抗する。


「待ってくれお嬢ちゃん。森の中に物量投下するのは、そんな簡単じゃあない」


それを聞いた美耶が可愛らしく首を傾がせる。


「だって美帆は、上空から勝手に落とすだけの簡単なお仕事だって・・・」


じゃなくてよ!」


そこにヘッドセットの声が割り込んで来た。

空挺降下と聞いてエイスンが頭を抱える。


「なあ美帆、念のため教えといてやろう。戦闘車両による空挺降下ってのは、今じゃ行われて無いんだ」


エイスンがヘッドセットに語り掛ける。


「でも、キャプテンエースなら出来るわよね? それに、便利に使って良いって言ったわよね?」


モニターに映し出された美帆の顔が、キラキラと輝いていた。

そう言えばこいつはこんなヤツだった。


◇◇◇

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