第4話 エイスン
エイスン・マクドゥガルは困っていた。
大規模誘拐事件の内偵で、さらわれた子供達を追って兵員輸送ヘリに潜り込んだ迄は良かったのだが、ヘリの行き先はグループの本拠地でなく戦場だったのだ。
そもそも御年八十六歳の退役軍人である彼が関わる様な事件では無い。
だが、相談を受けたのが彼の妻の友人だったのと、調査を依頼した先の元部下が、あろう事か事件に関与していた事が発覚して、引っ込みが付かなくなってしまっていた。
誘拐事件には軍が、海兵隊の佐官クラスが少なくとも二名以上は関与していた。
現場を離れて長い彼には、誰が味方で誰が敵か判断が付かなかったのだ。
特殊な因子を持つ子供達を組織的に拉致監禁し、ハーケンと呼ばれる洗脳装置を頭に埋め込み軍事ユニットとして使役する。調べれば調べる程、胸くその悪くなる犯罪で、これが公になれば国を揺るがす大スキャンダルである。
キャンプデービットで証拠を掴み、沖縄で子供達を捕捉。妻の友人の孫だけでも確保する為に佐世保、横田と来て、ヘリに潜り込んだ迄は良かったが、あろう事か子供達と一緒に戦場に放り込まれるはめになっていた。
懐にはベレッタが一丁と予備弾倉が2つ、つまりはほぼ丸腰である。
太陽の方向から、ヘリがほぼ北に向かっている事がわかる。
距離的に信州? 長野辺りか?
四十年ぶりの日本に土地勘など在る筈もないが、この辺りの緑は何故か記憶に引っかかる。
エイスンがヘリの荷室に設置された投下コンテナの隣に座り込む。
荷室のオペレータ端末から、特製スマホでヘリのメインフレームをクラッキング。コンテナに搭載されたスレイブ・ソルジャーの命令系統に侵入する。
監視システムに偽情報を流し、コンテナに搭載された15名の兵士達、その戦闘モードを解除。
サスペンドに移行した後に命令系統をロック。情報提供者からは、命令の上書きは決してするなと言い含められていた。
そのまま6番コンテナを開封して中の兵士を武装解除。フェイスガードで顔が隠されているので指紋で確認。間違いなくこの子が捜索を依頼された娘だった。
そのまま拘束つなぎを着せて電磁波吸収仕様の死体袋に梱包する。
これで目標は確保。後は用意した翼で離脱すれば、作戦は完了の筈、だった。
むう。
年のせいか気後れが酷い。
棺桶に半分足を突っ込んだような年齢なのだ。
同僚で鬼籍に入った者達も多い。
年寄りの冷や水もここに極まれりだが、今更何も見なかった事にする訳には行かなかった。
ここには後14人の子供がいるのだ。他のヘリに更に15人。
小手先の小細工はしたが、多分キャンセルされるだろう。
何の罪も無い子供達が洗脳され、殺し合いをさせられる。
それを見捨てて離脱するなど、それだけは彼のプライドが許さなかった。
ベトナム戦争の英雄と呼ばれた自分。
国の正義を信じて戦った自分。
そして、自分を信じて死んでいった仲間達。
目の前の存在を見捨てる事は、そうしたもろもろを裏切る行為に思えた。
エイスンと言う奴は、ほとほと面倒くさい男なのだ。
だが彼は、彼らは、自らの正義を信じて戦う男だった。
故にエイスン・マクドゥガルは困っていたのだ。
◇◇◇
そうだ、長野と言えば、この地には声を掛けるべき友人がいた筈。
四十年以上も昔の話だ。
勿論メアドも携帯も無い。
だが、何かあった時には連絡をよこせと、彼女はお札をくれたのだ。
パチン
首のロケットを開いてそいつを引っ張り出す。
”そんなに細かく折り畳んじゃダメよ”
元々妻の写真が飾られている所に一緒に詰め込もうという試みは当然のように失敗して、彼女は一回り以上ダウンサイズした物を渡してくれた。
妻の写真と一緒に持ち歩く事については、何故か満更でもない様子だった。
「すまない美帆。力を借りたい。」
何しろ四十年以上も昔のお札である。何かの足しになればとその位の軽い考えだったが、以外にもレスポンスは早かった。
「大尉? 大尉なの?」
お札を仲介にした念話が頭の中に響く。
「予備役とはいえ中将を勤めたんだ。今更大尉扱いは止めてくれ。」
七十年前、彼女はフェアリーと呼ばれていた。
最後に会ったのは四十年以上昔だが、その時と変わらず会話はスムーズだった。
「だって、エイスンと言えばキャプテン・エース。アメコミのヒーローじゃん。」
そうそう、昔からこいつはこんなやつだった。
確かに米語でキャプテンといえば日本語で大尉を差す。
だが、人様の黒歴史を一々ほじくり返えさずとも良いだろうに。
「なんだか思念がクリアね。今どこ? って、」
一瞬、彼女が息を飲むのが感じられた。
たちどころに今のエイスンの状況を把握したのだろう。
だから彼女はこう言った。
「大尉の立ち位置を教えて。話はそれからよ。」
「俺は子供達を助けたい。その為には何だってやる。」
「国を裏切る事になるかも知れないわよ?」
その問いは既に想定済みで、だから一瞬も惑う事はなかった、
「キャプテン・エースは子供達の味方だ。俺はそれ以上でも、それ以下でも無い。」
彼女は笑った。
顔は見えないがそれだけはわかる。
「良いでしょう。あなたの正義に力を貸します。」
ゴトリと音がして目の前にコンテナが現れる。
「とは言え、今は取り込み中で避ける人手は無いし、外国人であるあなたに武器を供与する事は出来ないわ。だけど、昔預かったあなたの装備、バッチリメンテしてあるわよ。」
ヒューッ!
思わず口笛を鳴らしてしまう。
コンテナを開けるとそこには見慣れたコンバットスーツがあって、それに五芒星の描かれた丸盾。そして、チョコレート・バー。
有り難い。
ベトナムの時と同じだった。
十六で何の準備もなく戦場に放り込まれ。たまたまフェアリーから力を与えられた。
またこいつを使う事になるとは。
躰よりも二回りは大きい、ぶかぶかのコンバットスーツを身につける。
胸のエースマークに年甲斐もなく心が躍る。
うまっ!
そうだ。この味だ。
新兵の頃に喰ったチョコレート・バー。
だがその正体は、身体機能を何倍にもしてくれるナノ・マシン。
力が、年齢と共に失われてしまった筈の力が泉の様に湧いてくる。
枯れてしまった筈の心が沸き立って行く。
あの頃のように高揚した心がこの身を戦場へと駆り立てる。
「美帆、こいつの効果時間は?」
「あなたが望むだけ」
まじかよ。
漲るパワー。
あふれる勇気。
高齢で霞が掛かっていた筈の思考が、どこまでもクリアになる。
胸のエースマークが大胸筋の形にゆがむ。
ぶかぶかだった筈のコンバットスーツが、膨れ上がる筋肉でぱつぱつになっていた。
腕に五芒星の描かれた丸盾を装着する。
幾つもの戦場を共に渡り歩いた相棒。最後にはまっぷたつに割れたが、今はしっかりと修理されていた。
そう。こいつさえあれば百人力だ。
「行けそう?」
「まかせろ」
エースマークの覆面をかぶり、作戦指示用のヘッドマウントディスプレイを装着する。
そこにいたのは逆三角形のマッチョマン。
往年のヒーロー、キャプテン・エースだった。
◇◇◇
見てなさいルイス。
美帆は中央司令室のカウチに深く座り、革張りの背もたれに身を預けた。
あなたが何を持ち出したって、絶対に叩き潰してあげる。
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