第3話 真結

“この地のドミニオンに申し伝える”


その声はいきなり大音量で響き渡った。

けれど、辺りの友人達は皆その声に無反応で、どうやら真結以外にその声に気付いた者は居ないらしい。


“我は約束の地に誘うもの”


“我はこの地のデュナミスを申し受けに来た”


“即刻引き渡されよ”


肉声と勘違いする程の明瞭な念話。

それも、かなり遠隔からの。


真結達が暮らす小さな街は、迷彩服の軍隊に制圧されていた。

彼ら曰く一連の軍事演習は治安維持活動の一環であり、全ては政府公認の災害派遣演習なのだという。


ふっざけんじゃねぇわよ!

なっによそれ!


真結は剣道部の部長の後ろに隠れながら、心の中で毒を吐いていた。

日本政府公認の書類は全てが英文で、ひらひらと示されるだけ。確認しようにも通信封鎖が掛けられていて外部との連絡は取れなかった。


迷彩服の男達は全員がフェイスガードで顔を隠している。けれど、袖口から覗く肌の色で日本人ではないことが容易く知れた。


そして自動小銃が突きつけられながら、町民全員の血液検査が行われる。


こんなのは違法の犯罪者集団だって直ぐに分かるし、聡い者なら真結や小萌と容易に結び付ける。


いた。


御山の方角にタンデム・ローターの大型ヘリ。

念話の主は多分この中から発信している。このタイプのヘリは民間で使われる事は無く、故に軍用。

真結は小萌に連絡しようとして止めにした。


この念話は、多分それが目的なのだろうから。


真結と小萌の間でも念話の様な物は使える。

心の深い所が繋がっているから、今も小萌がどんな状況にあるか朧気に検討が付く。


けど、呼び掛けはダメだ。

彼らの様に思念を拡散しては、潜水艦のアクティブソナーの様に居場所をさらしてしまう。

ヘリの連中はそうやって小萌の居場所を見つける積もりなのだろう。

だから、今は心を深く静めて自らの存在を隠す。

互いが互いの弱点にならないように。


これは、小萌と何度も話し合って事前に決めた約束だった。


◇◇◇


真結は覚醒者だった。

覚醒者とは何かと聞かれても困るが、自分が普通で無い事にある日突然気付いてしまったのだ。

例えば真結の場合、心の中に何人もの人格があった。

数学の時間には数学の得意な自分が問題を解き、英語の時間には英語の得意な自分が授業を受ける。それが普通だと思っていた。

だから真結という人間の本質は、それらを統合するものなのだ。

小萌もそんな感じだが、お互いの役割は違う。


真結の統合人格がワイズマンを自称しているのに対して、小萌の人格はガーディアンを自認している。

どちらが上位とかの問題ではない。ただ役割が異なるのだ。


“我は約束の地に誘うもの”


“誓約によりデュナミスを申し受ける”


なるほど、そう言う事ね。


こうやって念話の使える彼らも覚醒者達の集まりなのだろう。念話の内容から何となく彼らの目的が察せられる。


主天使ドミニオン、力天使デュナミス。


このワードから、彼らが覚醒者に対して古くさい天上位階のランク付けをしている事が分かる。

真結を主天使のドミニオン。小萌を力天使のデュナミスとして定義付けしているのだろう。

そして、真結から小萌の引き抜きを図っているのだ。

ならば、遣り様はある。


確かに小萌は戦力として魅力的だろう。

でも彼女は、真結の幼なじみにして魂の半身でもあるのだ。

そんな大切な相方を、どこの誰とも知れぬ馬の骨にくれて遣るつもりは更々無かった。


泣かせちゃる。


クラスメイト達の影に隠れながらそう決意する。

彼女は消極的な性質だった。


「こっちです。」


けれど、人垣が割れて兵士を連れた女生徒が現れる。

そして女生徒が真結を指さしてほくそ笑む。


「あなた達がさがしているのはこの娘です」


街道沿いの理容店の一人娘、何かと真結に意地悪する女が、真結を兵士に売ったのだ。


◇◇◇


つぅ


他の生徒達から遠ざけられて血を抜かれる。

サンプリングから陽性反応が得られる迄に五分程掛かるだろうか。

だからそれ以内に決断しなければならない。

乱暴な採血でまだ血が流れる二の腕を押さえる。


「部長。話があるんだけど」


兵士に日本語が通じないと踏んで話し掛ける。


「ああ、奇遇だね。ボクも真結の意見が聞きたかった」


生粋のボクッ娘である女子剣道部の部長が小声で応答する。

そしてウィンクをひとつ。

強がりなのか、こんな状況でも茶目っ気を忘れない。部長の温子は殊更何気なくこう訊いた。


「彼らの目的が真結だったとして、証人であるボクらは生かして返されるだろうか?」


勿論部長は状況を正確に把握している。

この場にいる全員が聞き耳を立てている事を承知で、この後どう動くべきか皆に理解させようとしているのだ。


「残念ながら」


真結が首を振るとやっぱりそうかと溜息を吐く。


「だったら乗った。何とかする方法が有るんだよね。協力するよ」


サンプリングの結果が出たようだった。

調査を行った兵士が頷くと、もう一人が銃口を上げる。

撤収前の口封じ。

最初の的はどうやら真結を売った娘らしい。


「待って、私は協力したのよ。なんで・・・」


額に銃口を突きつけられた娘が、顔をひきつらせて嫌々をする。

せめて事前に打ち合わせ出来れば、もう少し楽な展開になったはず。


「私が確実に止められるのは三人まで。後は部長の才覚で」


「おーけー。なら手始めにそこの二人を頼むよ」


ふう。


真結が必死で心を落ち着かせる。

理論的には行ける筈、けど試した事は一度も無い。

今の今まで使いたいとも思わなかった力。


『掌握!』


真結が心の中のスイッチを入れると、兵士達はまるで操り人形の糸が切れたように動きを止める。

彼女に出来るのは敵の誤解に付け入るだけ。


天上位階のランクには重要な意味がある。

上位天使は下位天使を使役する事が出来るのだ。

実際に使役するには位階が二つ以上離れていなければならない。例えば小萌とは1ランクしか違わないから使役する対象とはならない。

ここにいる兵士達は最低ランクの位階だけれど、既に主天使の契約で使役されている為、この契約を上書きするには主天使から2ランク上の位階が必要となる。


だが真結は、自から主天使を名乗った事は一度も無い。

天上位階など下らないと思っていたし、他者を使役する事に興味なんて無かった。

ただ、知りたがり屋の真結は当然自分の位階を知っていたし、他者を使役するルールも熟知していた。勿論他者から使役されない為に。


『智天使、真田真結の名の下に、汝らを貰い受ける。再契約!』


天上位階は心の力のランク付け。

必要なのは自分の認識であって誰かの許可じゃない。

智天使は序列第二位、今の真結が使役出来るのは主天使が3人、でも最低ランクの彼らを本来のレベルで使役出来るのなら計算上は100人だって行ける筈だった。

これが真結の奥の手、これで形勢をひっくり返す。


ブシューッ! 


でも兵士らは真結の使役を受け付けなかった。


えっ?


兵士達のフェイスガードから赤い血が吹き出す。

そしてその場にどうと倒れた。


なんで・・・。

心の掌握までは受け入れてるのに?


恐る恐る近づいて倒れている兵士を覗きこむ。

完全に意識が無い事を確認してフェイスガードを外す、って、外せなかった。

フェイスガードそのものが兵士の顔に食い込んで・・・。


ひっ!


無様に尻餅をつく。

そのまま後ろ手に這いずって距離を取る。

真結は気付いてしまった。

兵士の頭蓋の両側に穴が開けられ、フェイスガードから繋がるコードが直接潜り込んでいた。


ロボトミー・・・。


前頭葉白質を切り離して神経経路を切断する外科手術。から発展した何か。

智天使の使役さえ拒絶する強力な精神支配。


「無理・・・。」


彼らは天使の契約により使役されているのでは無く、奴隷として支配されているのだ。


「こんなの女子高生が立ち向かって良い相手じゃない。勝てるはず無いよ・・・」


ポリポロと涙がこぼれる。

あまりの残酷さに心が折れていた。


「そんな事もないんじゃない?」


でも、場を読まぬ女生徒が真結に手を差し伸べる。


「部長?」


彼女は目の前の惨状に顔色一つ変えなかった。


「だって、ボクらを亡き者にしようとした連中はこの通り無力化された。真結はこんなスプラッタを望んでいなかったろうけど、でも、そこに転がってるのがボクだった可能性の方が高いんだ。取り合えず悪い結果では無かったと思わないか?」


ひっく。


真結は袖口でぐしぐしと涙を拭った。

そうだ。

何も終わってはいないし、あんなのを放って置く訳にはいかない。


「状況を整理しましょう」


気持ちを切り替えなければ。


◇◇◇


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