第6話 金食い虫の子供

 つぐみが、父親に蹂躙され、この世の地獄を味わっている頃、別の意味で地獄を感じている人がいたのだ。その人は、今年45歳になる、水島明美という。

 25歳の時に、社内恋愛で結婚してから、会社を寿退社、旦那は、それなりに出世していて、今は、海外に赴任中であった。出世コースのエリートというわけではなく、

「海外勤務のエキスパート」

 として、会社の、

「海外営業部」

 に所属し、それなりの高給取りなので、暮らしは裕福であった。

 ただ、海外勤務が長く、日本勤務があったとしても、長くて2年日本にいれば、次は、アメリカか欧州のどこかの土地ということの繰り返しであった。

 それでも、アフガンやミャンマーなどのような内乱があったりする危険な国に行くことはなく、せめて、最近、ロシアと戦争していたウクライナの首都、キエフに駐留したことがあったくらいだった。

 戦争が始まった時は、別の土地に赴任したので、戦争に巻き込まれることはなかったが、キエフから、チェルノブイリあたりくらいまで、営業範囲だったことを思うと、少し怖い気がしていた。

 旦那が日本に帰ってきたのは、2年前だったから、まだ数年は、海外勤務が続くと思われていた。

 その間にすっかり、娘のつむぎは成長し、今は高校2年生になっていた。

 父親が海外赴任をしていて、しかも、収入はそこそこいいと来ているのだから、昔でいうところの、

「亭主元気で留守がいい」

 とでもいえばいいのか、子供がグレるには、ちょうどいいのかも知れない。

 娘のつむぎは、中学から、中高一貫教育の女子高だった。いわゆる、

「お嬢様学校」

 といってもいいだろうか。

 母親も、娘がそんなお嬢様学校に行くということで、正直鼻高々というところであった。

 何しろ、旦那は出世街道には載っていないと言いながらも、世界を飛び回っていて、人並み以上の生活ができて、いわゆる、

「セレブ」

 といってもいいくらいの生活をしていることで、近所の奥さんとも、

「午後の奥様」

 ができるくらいになっていた。

 しかも、旦那がいないのだから、少々は目を外してもいいだろう。母親はうまくやっているせいか、不倫をしていても、まわりにバレることはなかった。

 ただ、これは、娘にも遺伝していて、母親は娘が友達とうまくやっていると思っていたが、実際には、スケ番連中から目をつけられて、脅されながら、いわゆる、体のいい、

「お財布扱い」

 されているというわけだ。

 そのせいで、金遣いが一気に荒くなってしまった。母親が気づいた時には、もう時すでに遅しというわけで、いろいろなところから借金をしていた。

 それでも、父親が近くにいないことをいいことに、今まで貯めておいたへそくりが役には立ったが、一度完済しても、次々に借金ができてしまう。

 堂々巡りを繰り返していれば、すぐにうまく回らなくなる。最初はうまくごまかせたが、次第にそうもいかなくなり、母親も、呑気に、

「午後の奥様」

 など演じていられなくなった。

 そういう意味で、不倫相手とは縁が切れることになるのだが、今度は、お金を稼がなければいけなくなり、風俗で働くことを余儀なくされてしまった。

「最近は、人妻の風俗というのも多いからな」

 と、果てしなく増えているデリヘル業界であったが、店舗型の、

「箱ヘル」

 などと違って、主婦層がウケる時代ということもあり、デリヘルというと、人妻系が結構あったりする。

 特に、デリヘルというと、その店のネーミングで印象を受けるのだ。何しろ、店に赴いて、実際にパネルを見て、というわけでもなく、何と言っても、立地には関係なく、似たような店がたくさん、蠢いているのだ。どこを選んでいいのかというのは、ネーミングのユニークさであったり、インパクトなのではないだろうか?

 しかも、デリヘルというと、本当に人妻である必要もない。若奥様を希望する客もいれば、熟女を希望する客もいる。

 店によっては、

「熟女専科」

 といっているところもあれば、

「若妻専科」

 というところもあるが、オールマイティに、どちらもという店も少なくはない。

 最近は、店舗型の店も、デリヘルに押されているせいか、同じように、

「コンセプト」

 をしっかりさせている店もある。

「学園、コスプレ専門」

 であったり、

「恋愛シミュレーション」

 などのように、設定を細かくするような、客が望む店を演出するようなところも増えてきている。

 要するに、風俗というのは、昔のように、ただ、

「抜くだけ」

 というところではなくなったということである。

 競合店が増えれば、店の独自性を出さないと生きていけないというのは、どの業界も同じだろう。特に、風俗業界などは、客側からしても、何かがなければ、

「今度は他の店に行ってみよう」

 と、選ぶ方はよりどりみどりなのだ。

 それだけ、店舗も勤務する女の子も増えてきているということであろう。

 特に最近では、女の子も多岐にわたる。昭和の頃というと、

「親の借金が……」

 などというのが多かった。

「知り合いのために保証人になってあげたら、その知り合いが夜逃げした」

 などという話はよく聞いたものだ。

 だから、自分がした借金でもないのに、背負わされる女の子が可哀そうで、風俗の女性は、とにかく。

「可哀そうな女の子」

 というイメージが多かった。

 それが、次第に同じ借金でも、

「自分の借金」

 というパターンが増えてきたのではないだろうか?

 例えば、仕事を持っている女性や、あるいは、専業主婦などが、それぞれにストレスを抱える時代になってくると、その解消法として、どうしても、お金がかかることに手を出してしまうことが多くなる。浪費癖がある人は、

「依存症」

 という言葉が付くものが多くなってくる。

「買い物依存症」、

「薬物依存症」

「ギャンブル依存症」

 などが、そうではないだろうか?

 買い物などは、昔のように現金ではなく、クレジットを使うので、お金を使っているという感覚がどうしても薄れてくる。

 薬物もギャンブルも、

「怖いものだ」

 という意識があって、嵌ってはいけないという意識があるはずなのに、どうしても嵌ってしまうのは、ストレスに負けてしまうというよりも、感覚がマヒしてしまうというのが、多いからではないだろうか?

 実際には、薬物にも、ギャンブルにも、最初から出会わなければ、嵌ることはないのだ。危ないと分かってもいるはずなのに、どうして手を出すのかというと、やはり感覚がマヒしてしまっているからだという認識でないと、納得できない。

 セックスや、女に溺れるというのは、身体が興奮状態から我慢できないということで手を出してしまうのだろう。確かに、薬物もギャンブルも、常習性があるものであり、そういう意味では、

「忘れられない」

 という思いが、感覚をマヒさせるのではないだろうか?

 薬物も、ギャンブルも、初めてしまうと、理性が利かなくなる。なぜ利かなくなるのかというと、興奮状態が慢性化してくると、感覚がマヒしてきて、

「それがないと、生きていけない」

 というほど、我慢ができなくなるものではないだろうか?

 その我慢できなくなるという状態が、

「禁断症状」

 として、麻薬などの場合は、

「中毒状態」

 というものを引き起こしてしまうのだろう。

 そんな状態を放っておくと、ただ、我慢ができないというだけではなく、苦しさから、精神が蝕まれていき、幻覚状態を引き起こしたり、

「まわりが皆敵だらけ」

 に見えてしまったりするというものだ。

 これは、

「自分の近しい人が、悪の結社、組織の力で、身代わりと入れ替わっているのではないか?」

 という精神疾患である、いわゆる、

「カプグラ症候群」

 というものを引き起こしたりするものであろう。

 だが、そんな状態を引き起こすのは、ストレスなのだ。

「たかがストレス」

 などと思ってはいけない。

 病気だって、

「たかが風邪だ」

 と言われていても、

「風邪は万病の元」

 というように、すべての病気は風邪から始まるというように、ストレスも、すべてがそこから始まるといっても過言ではない。

 しかも、問題は、

「依存症というのは、継続性があり、なかなか簡単に辞めることはできない」

 ということである。

 中毒になっているのだから、いきなり辞めてしまうと、元々の原因となったストレスに押し潰されてしまう。しかも、最初は中毒になる前だったこともあり、精神的に強かったものが、もし、中毒を解消したとしても、身体を蝕んでしまったことで、元には二度と戻れないことから、問題の解決になっていないどころか、それ以上の苦痛を伴うことになるだろう。

 そういう意味で、

「一度、治ったとしても、ちょっとしたことがきっかけで、依存症に逃げてしまうことになる」

 というのが、依存症による、

「常習性」

 というものだろう。

 普通に考えれば、

「あれほどの苦痛を伴い身体から毒素を抜いたのに、また常習性に戻ってしまうということは、それだけ世間の風当たりは強いということだろう」

 一度、依存症になった人間を、たぶん世間は一線を画した形で見るに違いない。まるで犯罪者を見るかのようである。

 本当の犯罪者でもきついのに、別に犯罪を犯したわけでもないのに、犯罪者扱いをされるというのは、それこそ、逃げ出したい気持ちになっても、無理もないだろう。

「どうせ、一度汚れてしまった自分が、更生しようとしたって、まわりは、相手にしてくれないんだ」

 と思うと、何もしたくなくなるというものだ。

 そこまでくれば、また、依存症に逃れたくなる。

「まともになったって、そこから先を誰も見てはくれないんだ」

 という思いが強い。

 医者やカウンセラーが、

「依存症から抜け出して、早く社会復帰をできるようにお手伝いいたします」

 などと言っても、ほとんど、依存症を抜け出すまでしか面倒は見てくれない。

 元々、自分の意思の弱さから入ったものだという思いはあるが、だから、先生たちのいうことを聞いて、何とか依存症を抜け出す努力をしているのに、結局、抜け出すところまでで、その後は、

「本人次第」

 とでも思っているのか、本人は突き放された気分だ。

 つまりは、けがをして、骨を折ったとして、ギブスをしていた場合を考えればいいのだが、依存症が治るまでしか寄り添ってくれないということは、どういうことかというと、

「骨が繋がって、ギブスが取れるところまでしか、相手をしてくれない」

 ということだ。

「リハビリは自分で勝手にやりなさい」

 と言われているようなものだ。

 ギブスを外してすぐなど、身体中がこわばっていて、ほとんど動かすことができない。歩くことすらままならない状態で放り出されたのであれば、どうすることもできないであろう。

 そんな状態において、社会復帰などできるはずもない。それを思うと、一度嵌ってしまった沼から抜け出すことは、難しい。だから、この手の犯罪性のものは、再犯者が多いというのも頷けるだろう。

 もっとも、浪費癖も、依存症も犯罪ではない。むしろ、病気であって、犯罪者予備軍の可能性を秘めているといってもいいだろう。

 だから、余計にフォローを最後までしないと、せっかく、依存症を抜けても、それは、一時的なものにしかすぎないということになるのだろう。

 それを思うと、自分のことを棚に上げてということになるのだろうが、世間の風当たりというものは強く、しょせんは、気持ちを分かってくれるわけではないので、最期は中途半端に終わってしまう。それが再犯を呼ぶことになるのである。

 そんなつむぎは、人のことを気にするはずもない。自分のことだけで精一杯なのに、まわりが何を言おうが、馬耳東風である。

 何を言われても心に響くわけはないし、それどころか、皮肉を言われているとしか思わない。

 それこそ、

「カプグラ症候群」

 のような精神疾患に陥るのが、オチである、

 だから、まわりとの距離はさらに広がり、孤独化する。まわりからすれば、

「カウンセリングや、病院で、治ったはずじゃないのか?」

 と思われているのだ。

 本人は、まわりから見捨てられていると感じているのだから、まったく接点が見つからない。平行線どころか、どんどん遠ざかっているのだから、どうしようもない。

「再犯しないためには、まわりの協力も必要だ」

 と言われているが、これでは、まったく協力が得られるわけもない。

 協力どころか、ひんしゅくを買ってしまうことで、どんどん、距離が遠ざかってしまう。

 それも、治療をする側が、中途半端なところで放り出してしまうのが一番の原因なのではないだろうか?

 こんな簡単なことを誰も分からないとは思えない。たぶん、

「仕方のないことだ」

 と思って、諦めているのではないだろうか?

 確かに、禁断症状が起こらないようにしたことで、病気の部分は取り除くことができ。あとは本人の自覚とリハビリなので、本人の問題が大きいのだろう。

 しかし、病院でリハビリもせずに、骨が折れた人間を放り出すだろうか?

 せめて、自分でできないまでも、リハビリ専門医に任せるように、引継ぎくらいはするだろう。

「リハビリは、自分で勝手に医者を探して、自分でやってね」

 などという医者がいるはずもない。

 だから、リハビリをしてくれない医者から放り出されたのだから、世間に対しての不満も大きい。

 もし、自分のことで精いっぱいではなかったとしても、この恨みから、世間のいうことを聞くわけもない。

 しかも、

「皆がいうんだから」

 とか、

「それが、社会の決まり」

 などと言う言葉は特に嫌いだった。

 しかし、そのくせ、人がルールを破ったりするのを見ると、

「世間のルールも守れないなんて、モラル以前の問題だ」

 と、

「どの口がいう」

 という状態になるのだが、それはきっと、つむぎという女性が、

「勧善懲悪」

 なところがあるからだろう。

 自分に対しては、甘いところがあるにも関わらず、まわりに対しては、勧善懲悪の意識から、ルールを守らない人間に怒りを向けたりするのだった。

 そんな、人間的に矛盾を孕んだ考え方をしているが、自分の中では納得できていた。

 世間のルールがどういうものであるか。この際、関係ない。

「ルールを破るのは、勧善懲悪の観点から許されることではない」

 という意識であった。

 だから、まわりの意見やモラルを気にするのは、基本的に、

「勧善懲悪」

 の範囲内でだけのことである。

 それ以外のところで、ルールを守ろうが守るまいが、一切自分に関わるところではないと思っていたのだ。

 自分が甘いという意識は、普通にあった。勧善懲悪というのも、結構小さい頃から感じていたことだった。

 だから、逆に、気持ちを人並みの正常なところに持って行こうとすると、勧善懲悪とは別のところで、

「人と同じでは嫌だ」

 という考えに至るものであろう。

 つむぎは、そんな中途半端な気持ちで、金遣いが荒くなっていた。この間二十歳を過ぎたことで、高額の買い物も、ローンも、一人でできるようになり、余計に金遣いが荒くなったことで、家計を圧迫するどころ、借金も重ねてしまっていたようだ。

 そんな中、さすがに、旦那にもバレてしまい、娘の処遇が問題になってきた。

「これ以上の浪費をできないようにするのが先決である」

 というのが、一番の問題となり、民法でいうところに、

「法律的無能力者」

 ということで、

「成年後見制度」

 としての申請が一番ではないかというのが、弁護士の話だった。

 これは、旧民法でいうところ(1999年改正)の準禁治産者に当たるもので、

「心神耗弱者であったり、浪費癖がある人が法律行為を行った場合など、心神耗弱者を守るというもの」

 であり、これは民法の3条の2にある、

「意思能力を有しない法律行為は、無効である」

 という原則に基づいたものだ。

 さらに、準禁治産者の場合と同じで、裁判所が一定の手続きを経て申請された者の、法律行為を制限し、さらに、後見人を立てることで、その人の保佐がなければ、契約などの法律行為が結べないようにすることである。

 ただ、それも、どこまで許されるものなのかが難しいところで、極端な話、安いものをむやみやたらに買いあさった場合にかかるものにまで、目が行くわけでもないだろう。

 ただ、その場合は、

「心神耗弱者を理由として」

 その買い物を取り消すこともできるだろうが、人権という憲法問題が絡んでいるだけに、非常に微妙な要素を孕んでいるといってもいいだろう。

 そうなった場合、とにかく大きな負担は家族に行く。

 お金が払える場合は、破産してでも支払いをする必要があるだろうということで、間違いなく、家庭は崩壊してしまう。

 さらに、支払い義務がどこに生じるかということで、家庭が崩壊した後でも、そのしろこは残るに違いない。

 そうなると、もう、法律による助けも望めなくなる場合もあるだろう。

 そんな時、母親には、娘の浪費癖のひどさ、そして、それを止める力や、これから向かうであろう家庭の崩壊。下手をすれば、自分の人生がここで終わってしまうという恐怖から、母親自体が、心神喪失してしまわないとも限らないところまで来ていた。

 母親の明美も、さすがに放ってはおけないということで、娘をいさめながらも、使ったお金を少しでも返すことができるように、今は夜の仕事をしていた。

 そう、それこそ、デリヘルで、出張サービスを行っていたのだ。

 年齢的には、すでに熟女といってもいいのだろうが、とても年齢ほどには見えないということで、熟女が好きな人以外からも、結構指名があった。

 対象年齢が広いことから、結構人気があり、リピーターも多かったのだ。

「お姉さんの癒しを感じるんだよな」

 といって、20代の客も結構多かったりする。

 確かに見た目は若々しく、30代前半に見えることから、20代の男性からは、

「癒しのお姉さん」

 として慕われているようだった。

 20代の男性というと、会社では第一線の人たちばかりで、体力的には自信があるのだろうが、どうも草食系が多く、同世代の女の子たちを受け付けないという連中で、

「年上のお姉さんから、可愛がってもらいたい」

 という思いを持っていて、要するに、性行為目的というよりも、一時の癒しを求めているのだ。

 性行為を貪欲に求める男性は、一人では飽き足らず、毎回相手を変える人が多いのだろうが、癒しを求めている人は、一人が気に入れば、ずっとその人を指名し続けるのだ。

 毎回自分のことを分かってもらう時間がもったいないというのか、分かってもらっている人であれば、指名時間分、ずっとデートができるというものだ。

 つまり、その男性からしてみれば、

「指名時間分、デートをしている」

 という感覚だ。

 もちろん、することはするのだが、別に性行為が目的ではない。場合によっては、賢者モードになるのを嫌って、

「今日は、いいや」

 という人も実際にはいるようだった。

 いくら、草食系男子とはいえ、本当にそんな男の子がいるなど、熟女になった明美には分かるはずもなく、正直ビックリしていたのだ。

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