第10話 ジェレミアとカトリーヌ

 スコットはアルノー戦について調べてみると言って帰っていった。彼は宮廷魔術省の要職についているので、夜でも容易に政治部へ出入りできる。

 ジャンは引き続き、エリスの警護、エリックとアーノルドはグロワーヌ侯爵周辺の監視と指示を出して、レオナルドは再びホールへ戻った。

 なんとか王太子の目に止まろうとする子女をやり過ごし、ジェレミアを探す。

 と、テラスに銀色の髪の男を見つけた。この国で銀髪を持つ者は少ないので、おそらくジェレミアで間違いないだろう。隣に亜麻色の髪の美しい女性がいるが、この際気にしてはいられない。

「ジェレミア」

 声をかけると露骨に嫌そうだ。

「ご機嫌よう。王太子殿下」

 亜麻色の髪の美人はカトリーヌだった。彼女はジェレミアの隊の上級聖女で、治癒魔力は次の大聖女と目されるほどに強い。ジェレミアがアルノーに到着した際も一緒だったはずだ。

「カトリーヌ嬢、今日もお美しい」

 すっと手をとってその甲に口付ける。

「あなたと踊りたい紳士がきっと列をなしていることでしょう。

 ジェレミア、彼女のような美しい人をテラスで独占なんて無粋です」

「ちょっと待ってくださいっ‼︎ レオ兄さんがしょっちゅう消えるから、こっちは大変で…今やっとカトリーヌ様と二人きりになったところだったんですっ‼︎」

 ジェレミア・ハイランダーはレオナルド祖父が兄弟で、再従兄弟になる。血縁であることから子どものころから兄弟のように親しく付き合っていた。

 3人の英雄の中でもレオナルドの次に地位が高く、王家の血族でもあるので結婚相手として人気だ。さぞパーティーではご令嬢たちに追いかけ回されただろう。

「ふふ、レオナルド殿下もお世辞が過ぎますわ。26にもなればすっかり行き遅れ扱いで、ご令嬢たちの付き添いできた父君たちからの後妻だの愛人だの、そんなお誘いばかりで少々うんざりしていたところですの」

それに───とカトリーヌは視線を下げる。

「噂のこともありますし───」

 ジェレミアが「そんなことないですっ」とか「誰ですかっ⁈ そんな不届きなことを言う輩は⁈ 私が消し去ってきますっ‼︎」などと忙しくカトリーヌの言葉に反応していたが、噂と聞いて首を傾げていた。

「ジェレミア様は噂には疎いようですが、従軍した聖女が娼婦のような行ないをしていたと噂になっているんですよ。今日も他に聖女として従軍した友人たちが出席していましたが、品性に欠けたお誘いばかりて、皆口惜しそうに帰って行きました」

「まさかっ‼︎ カトリーヌ様がそんなことするわけありませんっ‼︎ 私が証明できますっ‼︎」

 勢い込んで言うジェレミアに「噂ですから…真偽がどうかなど関係ないのですよ」と嗜めた。

「エリス様の嘆きも同感です。戦中は従軍してくれと懇願されたのに、終わってみれば結局従軍を断って領地で安全に暮らしていたご令嬢の方がもてはやされるので…申し訳ありません、王太子殿下にお話しすべきことではありませんでしたね…」

 王太子は当然国側の人間だ。国の政策だったことを批判すれば、場合によっては不敬罪に問われることになる。

「いいえ、私も噂の影響がこれほど深刻とは考えが至りませんでした。早急に対処致します。

 今日はもう帰られたほうがいいでしょう。馬車までお送りします」

「そんな…やっとカトリーヌ様とお話しできたところだったのに…」

 ジェレミアが情けない声を出したが、カトリーヌが「ジェレミア様、またゆっくりお話ししましょう」というと笑顔になって手を振った。


 王太子のレオナルドが聖女のカトリーヌを丁重にエスコートして会場を後にするのは、少しは聖女の地位回復に効果あるだろうか。声をかけようとする人々を笑顔で躱し、ゆっくり出口へと向かう。

「あなたはにはすぐにでも結婚を申し込みそうな紳士がいるのに、悲観する必要はないのでは?」

 他の人に会話が聞こえないほど離れたところで、視線だけでジェレミアの方を指して言った。

「8つも年上ですし、他に瑕疵のないご令嬢が何人もいます。いくら私がハイランダー家のご当主様と懇意だとしても周りが許さないでしょう」

 カトリーヌとハイランダー家の付き合いは10年以上前に遡る。

 ジェレミアは生まれた時から強い魔力の片鱗を見せていたが、幼い精神でその魔力を扱うことは出来なかった。普通の子どもなら宥めたり、厳しく注意したりと年齢にあった躾で社会性を学んでいくものだが、癇癪と同時に強い魔力を放出してしまうジェレミアにはどんな躾も無意味で、むしろ周囲を怪我させる危険な子どもだった。どれだけ強い魔力を持っていてもこのまま抑えの効かない猛獣のまま大人になるのなら、幽閉か最悪密かに葬り去られていただろう。

 そんな時、レオナルドが慰問で訪れた神殿の治療院でカトリーヌと出会い、怪我をしても彼女の強い治癒能力で治せば大丈夫、とジェレミアに関わっていったのが、二人の馴れ初めである。

 思惑通り怪我の治療だけでなく、ジェレミアに感情と強い魔力の制御を教えて彼の英雄としての今がある。当然のようにハイランダー家当主はカトリーヌに感謝し、家族同然の付き合いをしている。

「あなたはジェレミアと共にアルノーへ行きましたね。何か気づきましたか?」

レオナルドの問いにカトリーヌは押し黙った。

「無粋なことを聞きましたね。行きましょう」

 ちょうどクラブリー伯爵家、カトリーヌの馬車が入り口に横付けされた。

「レオナルド殿下」

 馬車に乗り込もうとしてたカトリーヌが止まる。

「私後悔しています。あの時気づいていながら口を噤んだことを───

 私がアルノーに到着した時、顔に傷のある聖女が何人もいました。この意味がわかりますか?」

 カトリーヌは真っ直ぐレオナルドを見た。

「どうかエリス様を、元聖女を助けてあげてください」

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