第11話 エリスの後悔
夜は怖い───
戦場から戻っても、暗くなると毎夜誰かが連れ去られる光景がフラッシュバックする。抗議すると別の誰かが痛ぶられた。それを間近で聞くことも多かった。もう何もするなと聖女仲間から恨みをこもった目で見られ、助けることもできなくなった。
お役目を放棄していたのではない。騎士たちによってズタボロにされ、衛生隊として機能しなくなっていたのだ。
スコットが魔道具を作りに来た時は、ソフィアを人質に取られて何も言うなと脅された。気づいてくれないかと期待したが、忙しい魔道具師は役目を終えるとすぐに次の戦場へ移動していった。
戦局を変えるレベルの魔道具はスコットが去るとすぐに取り上げられ、1年後に渡された時にはアルノーが最後の戦場となっていた。
「片付けろ」
やはり別の聖女の命を盾に取られて、一気にギリアム軍を薙ぎ倒していった。戦っている間、エリスを内を占めていたのは激しい怒りだった。ほとんど1日で敵を平らげ、次に聖女仲間共々心中する勢いで、グロワーヌ侯を相討とうと思った。
しかし、自陣営に狙いを定めた瞬間、遠くにジェレミア軍の軍旗が見えたのだ。事情を知らない者の前で上官を討つ───自分だけが罪に問われることになる───その考えに、グロワーヌ侯への激しい怒りが一瞬で冷えた。およそ3年間、蹂躙され続けた聖女たちの怨嗟を、自身の保身で一瞬忘れたのだ。
エリスはそれからずっと思っている。自分はその罰を受けなければいけない───
だからその男が入ってきた時、自然に自分の罪を暴き、罰を与えにきたのだろうと思った。
「王宮は落ち着きませんか?」
休むように言われたのに、着替えもせず彫像のように座っているエリスに驚いたのだろう。
「いいえ、考え事をしていて…」
「こちらこそ、休むように言っておきながら、気になって来てしまいました。明かりがついていたので、つい部屋を訪れてしまいましたが、ご迷惑ではなかったですか? 眠れないようなら少し話をしましょうか?」
エリスが頷くと、エリスの隣の一人がけのソファに座った。
「話しましょうと言っておきながら、何を話せばいいのかさっぱりなのですが……よければあなたのことを聞かせてくれませんか?」
しばらくエリスは虚空を見つめたまま口を開かなかった。レオナルドも促すことなくじっと待つ。ただ話してくれるだろうことは確信できた。
「私は───卑怯な人間です…」
レオナルドは何も言わず続きの言葉を待った。
「あの地獄を変えられたのはおそらく私だけでした……でも行動できませんでした。最後に武器を手にして、グロワーヌ侯爵を討とうとした時、ハイランダー公爵軍が見えて、その気力が萎えました……そして復讐する機会を逃すことになったことを、筋違いにも公子さまのせいだと恨みました」
一度言葉を切った。
「傷ついた聖女たちを癒してくれたカトリーヌ様も恨みました。みな癒されて怒りや恨みの気持ちが消え、普通の生活に戻れると錯覚させられたと思ってしまったんです。しかし、あったことと記憶が消せるわけではありません。
先んじてグロワーヌ侯爵が噂を流したこともあり、結局戦争が終わっても元聖女の地獄は続いています」
「クラブリー伯爵令嬢も今は口を噤んだことを後悔していると。
そういえば、クラブリー伯爵令嬢が、アルノーの聖女は顔に傷のある人が多かった、と言っていたのですが…」
ふっとエリスが息を吐いた。
「見目の美しい聖女から被害にあっていたので、顔に傷をつけて自分を醜く見せようとしていたんです。その効果は長く続きませんでしたが。むしろそうしてお勤め───幹部たちは聖女を閨で蹂躙することをそう言っていたんですが、それを逃れようとしたことでかえって酷い扱いをするようになりました」
レオナルドは思わずエリスの顔を確認してしまった。傷一つない美しい顔である。カトリーヌの治癒魔法で治したかそれとも───
「実はパトリック伯爵のことも気づいて助けてくれなかったことを恨んだんです。
でも本当に悪いのは私です。最初の呼び出しの時にソフィア様の後ろに隠れてしまった……他の聖女たちが毒牙にかかるようになって、激しく抗議したときは一人の聖女があっさり斬り捨てられました。それに怖気づいてなにもできなくなりました。
そのまま武器を取り上げられても何人もの聖女が目の前で連れ去られても、私は動けませんでした。自分や聖女仲間を守ろうとして、かえって被害者を増やしました。全部私が動かなかったせいです」
話ながら、エリスの目からポタポタと涙が流れ落ちた。拭うことすらしなかった。
レオナルドはエリスの前に来るとぐっと抱きしめた。細い肩が震え、胸元で小さく嗚咽が聞こえる。
「あなたたち聖女が辛い目にあっていることに気がつかず申し訳なかった。遅くなったが必ずあなたたち聖女を助けると約束する」
レオナルドはエリスが落ち着くまで優しく髪や背中を撫でた。
慟哭の時が過ぎると、エリスはだんだん恥ずかしくなってきた。一国の王太子というだけでも恐れ多いのに、非常な美丈夫だ。
「あの……取り乱して申し訳ありませんでした」
遠慮がちに身体を離そうとすると、ふいにレオナルドが口付けてきた。
「……んっ……あっ……どうしっ……て……ふっ……んっ……」
エリスが驚いてレオナルドを押し退けようとしたが、何度も角度を変えて口付けを繰り返し、徐々に舌を深く差し入れてくる。
「……っふ……んっ……」
前歯の裏側を舐められて、怪しい痺れが身体を走り抜けた。
(なぜこんなことを……?)
と思う反面、この行為を、その先にある背徳の行いも全て受け入れれば、少しは贖罪になるのか……と暗い考えが頭を支配した。
そう、これは自分が受けるべき罰なのだ────
エリスは自ら腕をレオナルドの背中に回した。
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