第9話 アルノーで起こっていたこ
「貴方は聖女の中でも攻撃系の魔力のある聖女です。唯々諾々と被害にあっていたというのは…」
スコットの言葉をレオナルドが片手を挙げて止めた。
「聖女の抵抗を封じることなど容易い。抵抗すれば他の聖女を殺す、と脅せばいいだけだ」
他の4人は息を呑んだ。騎士はそういった状況の訓練も受けているし、それで殺されたとしても受け入れられるくらいの精神を持ち合わせている。
「上級聖女はどうしてた?」
上級聖女とはその戦場の衛生隊のトップのことだ。アルノーではソフィアがそれだった。
「上級聖女…ソフィア様は最初の被害者でした…」
レオナルドの場合、王太子が直々の参戦とあって、周囲もかなりの実力者で固められた。大聖女がレオナルドの部隊の上級聖女を務めたのもそのためである。レオナルドが聖女に手を出しかけた時に、聖女全員引き上げるなど強気の発言ができたのは大聖女ならではの貫禄である。
「……私のせいなんです……」
エリスが絞り出すように言った。そのまま心臓を押さえるように胸を掴んで浅く息を繰り返す。誰も何も言わず、ただエリスが気持ちを落ちつけて話し出すのを待った。
「前将軍のオットー伯爵が戦死した時、一番近くにいたのは私でした」
オットー伯爵が戦死した時の状況は王宮にも届いている。ギリアムの戦士が手負のドラゴンを投げ込んできたのである。まだ小さいドラゴンであったが、怒り狂って暴れ回り、その討伐の混乱の間にギリアムの軍が押し込んできて、一気に後退を余儀なくされた。その折にドラゴンの吐く毒霧にやられて、オットー伯爵は亡くなったのである。聖女の治癒魔法も間に合わなかった。
「後任でアルノー戦の将軍に就任したグロワーヌ侯爵はオットー伯爵の戦死について、激しく聖女を責めました。特に近くに居ながら助けられなかった私と、毒霧の治療で私を優先したソフィア様を。
傍目にもオットー伯爵はソフィア様が駆けつけた時には亡くなっているように見えましたが、グロワーヌ侯がオットー伯爵の戦死について言及し始めた時、他の騎士たちがソフィア様が私の治療を優先したからオットー伯爵が亡くなったのだと…」
「どっちが事実だとしてもそれを証明するのは難しいだろう」
「……このことが王都まで知られたら、家族も迫害されると…このころから、逆らえない状況を作られていきました」
そして───エリスは一際大きく息を吸って震える声で続けた。
「最初に寝所に呼ばれたのは私でした。でもソフィア様が代わりに行くと。その代わり他の聖女には手を出さないで欲しい、とグロワーヌ侯に懇願したんです───ただ、約束が守られたのは半年程度でした」
思い出すと今も胃が捩れるような痛みを感じる。
「お願いしますっ、婚約者がいるんです」と泣き叫ぶ聖女を無理矢理連れていった男たち、憤りながらも自分でなくてよかったと思っている自分の卑怯さにも打ちのめされた。
翌日はソフィアがボロボロに犯された聖女に泣きながら治癒魔法をかけていた……
そんなことを思い出してついに嗚咽が漏れてきてしまった。
「辛いことを聞いて悪かった。部屋を用意させるから今日はここで休んでくれ」
レオナルドはエリスの前にきて膝をつき、手を取った。
「このままにはしないと約束する。信じて全てを話して欲しい。明日また続きを聞こう』
レオナルドは燃えるように紅い瞳をエリスに向け、その指先に口づけた。
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