第2話 ドレスが…
押しのけられて眉を顰めていた令嬢たち、レオナルドの側近、どころか会場中が一瞬しんっ、と静まり返った。
続いて起こったのは、罵りと蔑みの声だ。
「なんて失礼な!」
「無礼にも程があるっ‼︎」
「娼婦がなぜこんなところに⁉︎ 警備の者は何をやっている⁉︎」
レオナルドの側近がエリスを排除すべく手を伸ばしてきた。エリスは軽くそれを振り払うと
「私の話を聞くべきです、殿下。この国の存続に関わることですから」
「自分の話が国事に関わるとは随分と大きくでたな。だが名乗りもしない無礼な女の話など聞く理由はない」
冷たく拒否されたが、この程度で引き下がれるほど生半可な覚悟で来たわけではない。
「これは大変失礼致しました。私、ブランシフォールのルリエール子爵の長女エリスと申します。1年前まで聖女として従軍しておりましたわ」
元聖女、という名乗りにざわめきがさらに大きくなった。
「元聖女ですって。通りであの服装…」
「なんて穢らわしい」
「同じ空気を吸うのも嫌ですわ」
そう、聖女はその名称に反して、今やすっかり蔑みの対象となっている。
「警備はまだなの? 娼婦が紛れ込んだようよ」
高らかに叫んだ一人の令嬢を、エリスは振り返ってきっと睨んだ。
「私は聖女、と言ったのよ。娼婦ではないわ」
しかしエリスを取り囲んだ令嬢たちは口々に騒ぎたてる。
「聖女なんていって、本当は男漁りに戦場に行ったんでしょう?」
「聖女として戦場に行けば身分違いの騎士ともお近づきになれますものね」
「看護や後方支援で従軍したはずの聖女が仕事そっちのけで、騎士とふしだらな行為に耽っていたなんて有名な話ですわ」
エリスは口々に批判を垂れ流す群衆をぐるりと睨め付けた。
「私は!」
エリスは一際大きな声を出した。
「西のアルノーに配属されて、そこで6年戦ってまいりましたが、そのような聖女は一人もおりませんでしたわ。いったいそんなデマをどこからお聞きになったのかしら」
「アルノーですって‼︎」
また別のざわめきが起こる。
「デマもなにも、今のあなたの格好を見れば、それで十分ですわ」
確かにエリスのドレスに関しては下品の一言に尽きる。ド派手な赤の生地に黒いレース、スカートの部分には安物のビーズででかでかとバラが刺繍されている。胸元は空きすぎていて深い谷間が露わで、これでは娼婦と思われてま仕方がない。靴は明るい青色とドレスと全く合っておらず、コーディネートもなにもあったものではなかった。何より刺繍のビーズはところどころ外れ、サイズの合わない服を雑に縫い合わせて無理に着ているのが丸わかりだった。
「ここは女であれば誰でもちやほやされる戦場とは違いますの。男漁りは他所でやって頂けるかしら」
嘲笑を交えたセリフにきっと言い返そうとしたその時。
ブチブチブチ──
真後ろに人の気配を感じたと思うと同時に、糸の切れる音、すっと軽くなる胸元、そして───
「レディ・エリス、ご気分が悪そうですね」
エリスの目の前に王太子の胸元が迫っていた。そして王太子だけが着用を許されているマントにエリスの体が包まれている。
「えっ⁈ あっ? あの⁈」
抱き抱えられるような格好に、エリスは頭が真っ白になった。それどころか突然末恐ろしまでの美貌が近づいて、おでこを合わせる。
「大変だ、熱もあるようだ」
周囲の女性たちから悲鳴が上がった。
「すぐに医者を手配しよう。
失礼、ご気分の悪いレディを休ませるので、ひとまず下がらせていただく」
あっという間に、レオナルドはエリスを横抱きにした。やめて、と言いたくても、今下手に動くとドレスが落ちて、衆人の中で胸を露出してしまう。エリスはぎゅっと身を縮こまらせて身を任せるしかなかった。
心得た側近たちは、人をかき分けて道を作り、エリスを抱えたレオナルドを誘導する。
そして瞬く間にホールを後にしたのだった。
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