6日目ーー退院前日
カーテンを開ける音
ベッドが軋む音
布団を擦る音
「……こんばんは。美人幽霊看護師の回診のお時間です」
「……カルテ見ました。明日、退院おめでとうございます。明日に向けて、今日もゆっくり眠れるよう、看護させていただきます」
沈黙が続く
「……そんな目で見ないでください。退院は喜ばしいことじゃないですか。不安だった検査も乗り越えて、怖かった手術も乗り越えて、ちょっと1日退院が伸びちゃったけど、一緒に一歩一歩元気になってきたじゃないですか。明日からまた元気に日常生活を過ごしてください」
「まずは、おいしいものを食べて。病院食ってどうしても、なところがありますから。それから好きなことをして、病院では我慢していた楽しいこと、たくさんやってください」
つかんでいた手を強く握る
「そして、もう絶対病気になっちゃダメですよ。美人幽霊看護師は、患者さんを元気にさせるためにいるんですから。もし、病院に戻ってきたら、今度は無視です! 徹底的に無視! 絶対、あなたの看護はしませんからね」
布団を擦る音
ベッドが軋む音
「……今日は、これだけです。(少しトーンが落ちる)眠れ、そうですか?」
「……え? 昔話の続きが気になる? つ、続きはないです。あれは女の子が看護師という職業を見つけるまでの話でーー」
「……オチがない? た、確かにそうかもしれないですが……」
「……わかりました。それじゃあ、続きを話しますよ」
咳払いをする
「あーあーあー、よし。喉の調子もいいです。……私、大丈夫。それでは始めます」
「その後、女の子は看護師さんを目指してたくさん勉強して大学まで行きました。遊びや恋愛やオシャレなど、いっぱい誘惑もありましたが、女の子にとっては一番の夢が看護師さん。いろんな誘惑を断ち切って大学まで行ったんです」
「大学に入るともう大忙し、女の子は寝る間も惜しんで勉強や実習に励みました。特に大変だったのは病院実習です。看護師になるには絶対に病院実習が必要でした」
「担当看護師からの優しくも厳しい指導に、トラブルの毎日。実習から帰ってきてからも復習に予習。病院実習の期間は大変な忙しさでしたが、女の子は憧れの看護師のように、病院で患者さんと過ごすことが楽しかったのです」
「ところが……(声が詰まる)ところがその期間中……女の子の予想もつかない出来事が起こりました」
「(少し涙声になりながら)子どもの頃の病気がまた再発したのでした。女の子は、女の子は看護師になるまではあきらめられないと、治療に専念しました」
声が詰まる
涙をこらえる
「……ごめんなさい。……やっぱり、これ以上はダメです」
「……これじゃ、寝れない? そう、そうですよね。こんな中途半端な話だったら。……深呼吸?」
何度か深呼吸する
「(小さな笑い声)どっちが患者さんかわからなくなっちゃったよ」
「……うん、続けるね。……治療の甲斐なく女の子は看護師になれずに亡くなってしまいました」
笑顔でわざと明るく
「……それが、私。私、本当は美人看護師でも美人幽霊看護師でもなくて、美人幽霊看護実習生なの。だって、今の看護師ってナースキャップなんてつけてないから」
「……ふーむ。そう、幽霊って未練があるから残ってるものだから。看護師に憧れ過ぎた私は、看護師になれなかったから、こうしてここにいたんだと思う」
「だけどね。きっともう大丈夫。あなたの担当看護師として入院初日から退院まで一生懸命看護できたから、私はきっと旅立てると思う」
「……そう。この病院は私の実習先で、今までずっと病院にいたんだけど、私のこと視える人は誰もいなくて」
「……うーん。(考え込むように)ここまで来たらちゃんと話すね」
「私にとってはあなたが最初で最後の患者さん。しかも、あなたは一目惚れするくらいめちゃくちゃタイプで。それに、優しくて病気を乗り越えられるくらい勇気もあって強かった」
「美人幽霊看護実習生の私が一緒にいられたのはたった6日間でしたが、あなたのことが本当に本当に大好きになりました」
「……だから、さっきも言ったけど。もう病院に来ちゃダメです。元気でいてくれなきゃダメです。ずっとずっと永遠に生きていてくれないとダメです」
「ケガもしちゃダメ。食べ過ぎ、暴飲暴食は最もダメ。運動もしないとダメ。ストレスを溜め込んだらダメ。ちゃんと寝ないとダメ」
「……(涙声になる)きっと、次に病院に来たって私はいないから、ね。深夜の特別回診も、看護もできないんだからね。私と……会えないんだからね」
「だから絶対に病院に来ちゃダメです。退院したあとはずっとずっと元気でいてください」
「約束してください。じゃないと私。成仏できないから」
ベッドが軋む音
布団が擦れる音
「……うん。約束」
布団が擦れる音
ベッドが軋む音
「……さよならはちゃんと言わないとね。もう一人で寝れるよね? 大丈夫だよね?」
「……うん。そしたら、さよなら。ありがとう。絶対に絶対に元気でいてね」
ゆっくりとカーテンが閉まる
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