勝手に死なれたら困るのでずっと傍にいます


「……こんばんは、どうやら目が覚めたみたいですね」


 かたりとベッドの傍に置かれた椅子が軋む。


「覚えてますか? あなた交通事故にあって死にかけたんですよ」


「本当に、本当にびっくりしました」


 ローブの裾をぎゅっと握りしめる。


「ねえ、なんで私に命を差し出さずに死にそうになってるんですか。馬鹿じゃないんですか」


「不可抗力とかそういう話じゃないです。このお馬鹿」


「あなたみたいな人間は馬鹿で十分です。反論は受け付けません」


 人間の手にそっと両手を添え温度を確かめるように撫でる。


「車に轢かれて血塗れになったあなたを見て私、心臓が止まるかと思いました」


 感情を押し殺すような声が響く。


「なんで勝手に死にかけてるんですか。なんで私のもとから離れかけてるんですか」


「私と結婚したい、とか言ってたくせにどういう了見なんですか」


「私と結婚したいっていうなら勝手に死にかけないでくださいよ。あなたの命はもう私が予約してるんですから」


「こんなことになるなら、死なれる前に私が無理やりあなたの命を貰った方がずっとましです。それなら辛い気持ちになることもないんです」


 人間の両手をぎゅっと握りしめる。


「……そうです。名案じゃないですか。あなたがどこかにいってしまうくらいなら、私の手元に置いておけるように、今その命を貰ってしまえばいいんです」


「そうすれば、こんな思いもしないで、ずっとずっとあなたは私の物になる」


 ふっと軽く息を吐く。


「でも、なんか嫌です。あなたに会えなくなると考えたらとても寂しいんです。なんなんでしょうねこれ。こんな気持ちは初めてです」


 首を軽く振る。ローブと髪が擦れる。


「……いいえ、こんな悩みも、あなたの命を貰えばきっと解決することです」


「だってあなたが勝手に死にそうになったせいで私は今こんな気持ちになってるんですから」


 頭の上についている半月の鎌を取り、人間の首筋に添える。

 チャキっと硬質な音が鳴る。


「動かないでくださいね。なんせ初めてやることなので、下手に動かれると余計なところまで切っちゃうかもしれませんから」


 人間がそっと細い腕に手を添える。


「……言いたいことがある? なんですか? 命乞いなら聞きませんよ……遺言くらいなら許しましょう。……『命を捧げてもいいほどに相手を想うことを人は愛と呼ぶ』? 『だから、あなたは私を愛している』?」


「……あ、いえ、その、待ってください。ちょっと待って……急に愛とか言われるとその、なんというか、もにゃもにゃするというか……」


「ううー、い、いえ、騙されませんからね。そういうのであれば、今ここで私にその命を差し出してくださればいいじゃないですか。そうしない以上、あなたは嘘をついてるんです。つまり調子のいいことを言って命乞いをしてるんです。ねえどうですかこの完璧な推理、何か反論はありますか? ぐうの音も出ないでしょう」


「『命を捧げるというのは、時間を共に過ごしていくこと』? 『残りの人生全部を一緒に過ごしてほしい』? ……え、は、え、え?」


 思わず鎌を取り落とし、床に落ちて音が鳴る。


「それってつまり、求婚ですか? 『前からそう言ってる』? いやいやいやいや、わからないですってそんなの」


「え? まじですか、要するにあなたの中では結婚が私に命を差し出すってことだったんですか? とんでもかるちゃーしょっくです」


「『ごめんね寂しい思いをさせちゃって』ってなんでそんなことをこのタイミングで言いますか。そんなのあなたが死ななければいいだけじゃない、です、か……あれ?」


 首を傾げる。


「えーとちょっと待ってください頭が追い付いてないです。ちょっとだけ、ちょっとだけ時間をください」


 ぽふんとシーツに顔を埋める。

 

「あー、うー」


 じたばたと足を振る音がする。

 

「つまり、あなたは私を愛している」


 こくこく。


「私はあなたがいないと寂しいから、あなたに死んでほしくない」


「それで私はあなたの命をこのまま貰うとずっと寂しくなるから、もうあなたを殺せなくなっちゃってて……」


「しかも好きになっちゃってるんですか」


「えーなんですかそれ別の意味で死神失格じゃないですか、なんで獲物に恋しちゃってるんですかこのあんぽんたん」


「『つまり両想いってこと』? じゃないんですよこっちは真剣に悩んでるのにい。にやけるなこの、この。何で私こんな人を好きになっちゃってるんですかもう、この、ぽんこつ」


「だから頭をなーでーるーなー」


「……じゃ、じゃあ、その、き、キスをしてくださいよ。キス。そう、キスです。です。ほっぺたでごまかすなんて許しませんよ。結婚しようっていうんだからそれくらいできるでしょう? 私死神なのでどうせ結婚式なんて上げられませんし」


「あ、ちょっと待ってくださいキスしてほしいとは言いましたがまだ心の準備が、あ、顔、ちか……ん」


 唇が重なり合う。


「……死神のファーストキスを奪ったのはたぶんあなただけですよ。言っておきますけど私、重いですからね」


「私は、その、あなたのことがいつの間にか好きになってたみたいですから」


「ええ、好きですよ悪いですか」


「……あれ、顔が赤くなってますよ? あれあれえ?」


 耳元に口を寄せる。

 

「だいすき。すき。すーき」


「ふ、ふふふ。効果は抜群のようですね。私も顔が真っ赤になってる? こっち見ちゃダーメーでーす。勝手に死にかけた罰として甘んじて受け入れてください」


「すき、すき、だいすき。何があってももう手放しません。あなたの命だけじゃもう満足できません。全部、あなたの全部を丸ごと貰いますから」

 

「残りの人生の嬉しいことも悲しいことも、全部私と一緒です。私と一緒じゃなきゃ嫌です」


「あなたが死にたいと思ったら私が慰めてあげます。もう勝手に死んじゃだめです。あなたは寿命を迎えるまで絶対に死なせてあげません」


「そしてあなたが死んだら、私が魂を貰います。そしたら、死んでもずっとずっと一緒ですからね」


「ふふふ、やめるなら今のうちですよ? まあ、もうファーストキスを奪われてしまったので、やめるなんて言ったら今すぐその命を貰うんですが」


「あ、いいんですね。いやマジですか、自分でも言っててちょっと重いなーって思ったのに」


「……その、も、もう一回キスしてもらってもいいですか? ……あなたのキス、優しくて好きになりそうです」


「……ん」


「ハグもしてください。絶対に私はあなたを離さないですけど、あなたもそうだって教えてください」


 ぎゅっ。


「あったかいです。あなたの心臓の音、ようやくドクドクしてくれましたね」


 お互いの心臓の音が聞こえる。


「『私もう死んでもいいわ』ってそんなこと言わないでくださいよ。私がもうよくなくなっちゃったんですから……。え、愛してるっていう意味なんですか? そ、そう、そうなんですか……ああもうちょっと耳元で何回も言わないでくださいよ恥ずかしいですから!」


「ふ、ふふふ。私がされるがままだなんて思わないことです。愛してます。私の生きる時間は長いですが、その少しはあなたにあげます。愛してますよ。気づいちゃったのでもう抑えきれません。愛してるんです。心臓が張り裂けそうなくらい愛してます。この愛であなたの寿命が縮んじゃうんじゃないかってくらい愛してます。愛することを知らなかった私に愛を教えたことを後悔してももう遅いですよ。愛してます。何よりもあなたを愛してます」


「心臓の音が忙しくなっちゃってますよ。ふふ、やっと私でどきどきしてくれて、ってああ! 傷口が開いてるじゃないですか! そりゃドクドクいうわけですよナースコールナースコール!」


 バタバタと部屋がせわしなくなる。

 医師が来て手当を済ませ、人が去る。人間は幸せそうに眠っている。

 

「全くもう……」


 人間の頬をそっと撫でる。


「あなたは目を離したらすぐに死んでしまいそうなびっくりするほど能天気な人ですからね」


「勝手に死なれたら困るのでずっと、ずーっと傍にいます」


「健やかなるときも病めるときも、そして死してなおずっと」


「ずっとあなたを愛しています」

 

 その唇に口づけを。

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毎日枕元で囁いてくる死神の女の子が可愛すぎて死にそうです 星 高目 @sei_takamoku

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