病気で死なれたら困るので看病してあげます
「こんばんは、新月の夜って死神に命を差し出すにはいい暗さだと思いませんか?」
人間が堰をする。
「なんだか今日は調子が悪そうですね。病気ですか?」
「はえー、季節の変わり目で体調を……人間は大変ですね。ちょっと気温が変わるだけで体に異常をきたすなんて」
「ああ、私はお気になさらず。死神に病気とかないですから移りませんよ。安心してください」
「しかし困りましたね。弱っている所に死を唆しても、あまりおいしくない感情になりそうですし……誰か看病してくれる人はいないんですか?」
「一人暮らし、まあそうですよね。この部屋で私あなた以外の人見てませんし」
「うーん、よし、決めました。今日は私があなたを看病してあげます。一人でさみしくて、熱で体がだるいあなたの臨時お助け要員です」
「え、『なんでそこまでしてくれるのか』って? そりゃあ、あなたに命を差し出してもらうためですよ。言ったでしょう? ただ魂を貰うのではなく、あなたが望んで、私のことを何よりも想いながら魂を差し出した時の感情が味わいたいんですよ。それに勝手に病気で死なれたら困ります」
「いわばこれは作戦です。おかげであなたは看病を受けられるんですから、聡明な私の頭脳に感謝してください。崇め奉ってついでに命を捧げてください。『感謝します女神様ー?』 ……って違いますよ私は死神です! もう、私の事をなんだと思ってるんですか。『ただの可愛い女の子?』 ……褒めてもちょっと優しくなるだけですよ。いやもしかしたら馬鹿にされてますか? してない? ならいいですけど……」
「あなた、まだご飯食べてないですよね。何でわかるのか? ふふふ、死神を舐めてもらっちゃ困ります。あなたが私を見えない時も、私はあなたの命を頂こうとじーっと機会をうかがっているのですよ。ハンターは狩りの際獲物から目を離さないものなのです」
がおー。
「あなたを常にかんし……観察することで、どうすればあなたが喜んで私に命を差し出してくれるようになるのかというより綿密な作戦が立てられるようになるのです。違います、すとーかー? とかいうのじゃないです」
「『初めからずっと見てたのか』? え、えーとそれは……も、黙秘権を行使します。死神にもそれくらいはあっていいはずです」
「というかこんなかわいい子が常に見守っているんですからむしろ喜ぶべきでしょう。いくらお金を払ってもできない体験ですよ。もっと感謝してくださいな」
「まあ、体調悪いんですからあまり無理しないで横になっててください。私はおかゆを作ってきますから」
台所へと歩いて行く。
とんとん。
「あれ、おかゆの作り方ってこれであってましたよね?」
ことこと。
「えーと、具材は卵と……え、冷蔵庫の中すっからかんじゃないですか。普段どうやって食事してるんですかね」
かたかた。
「もうちょっと煮込んだ方が食べやすいのかなあ、いやでもっ、て、あ。あー……」
部屋に歩いて戻る。食器が擦れる音がした。
「いやーその、すいません。ちょっと焦がしちゃいました……」
「そんな悲しい顔をしないでくださいよ、もう。ちゃんと作り直してきますから。 ……え、違う? 悲しいんじゃなくて、嬉しい? ……紛らわしいんですよほんとにもう」
「じゃあほら、食べてみてください。……その、はい、あーん」
もぐ。人間の表情が苦し気になる。
「あ、熱かったですか!? ごめんなさい、死神感覚でやっちゃってました。はいこれ、水です」
ごくごく。
「ええーと、こういう時は確かこうするんでしたよね」
ふーふーとおかゆを冷ます。
「これで冷まして、はい、あーん」
もぐもぐ。
「どう、ですか? ……おいしい? ならよかったです。いやーお母さんが作ってくれたのを見よう見まねでやったのでちょっと不安だったんですよね」
「ふー、ふー。はい、あーん」
「いや、普段はちゃんと料理できるんですよ。ただ今回はちょっと、その、どれくらい煮込めばあなたの好みの具合になるのか考えてたらやりすぎちゃって……」
「ふー、ふー。はい、あーん。お水もどうぞ」
「あ、あと林檎も持ってきたので剥いてあげますね。え、なんでそんなものを持っているのかって? ふふ、偉大な死神が林檎を持っていたのでそれにあやかりました。験担ぎですよ」
「はい、剥けました。食べさせてあげますね。はい、あーん。美味しいですか?」
「お口に合うようならよかったです。はい、あーん。私も甘いもの大好きなんですよね。……じゅるり。ちょっと私も食べますね」
しゃくしゃくと歯切れ良い音がする。
「あ、甘い、美味しいです! 流石はご贈答品の高級林檎なだけはあります!……え、間接キス? ……私だけ間接キスするのは不公平です。あなたも食べてください。あーん」
「嫌がらないでください。私のことが嫌いなんですか。……そこで抵抗止められるとそれはそれで困るんですけど!?」
「まあいいです。はい、あーん」
「ふふ、なんだか餌付けしてるみたいですね。かーわい。え、『お嫁さんに欲しい』? は? え? はああ!?」
ぱたん。
「え、ちょっと、どういう意味ですかそれ変なこと言って倒れないでくださいよってすごい熱あるじゃないですか!?」
「えーっとこういうときはえーと、えーと。とりあえず体温をさげてそれから……」
*
朝、鳥の鳴き声がする。
「うにゃうにゃ、うへへ……」
安らかな寝息が響く。
ぽとりと濡れタオルが布団に落ちる。
「お嫁さん、お嫁さんなんてそんな、うへへ……。う、ううん……。あ、おはようございます……」
「ああ、もう朝なんですねえ……体調はどうですかあ?」
「だいぶ楽になった? ならよかったです。でも念のため、熱を測りますねえ」
ぴとりと額と額が触れ合う。
「うーん、まあ昨日よりは低くなったんですかねえ。どれくらいが平熱なのかわからないです。……どうしたんですか、顔が真っ赤ですよ? もしかしてまだ熱がありますか? 違う、そうじゃない? なるほど」
うーんとひとしきり唸る。
「あー、さては私に見惚れましたねー。ふふん、もっと見惚れてくれてもいいんですよ。私、可愛いですから。……ちょっと、なんでそこで真顔になるんですか。実際に可愛いでしょうが」
「ああ、ちょっと待ってください。額のタオルを変えるので」
冷たい水で濡らした濡れタオルを絞る。
ぴたりと額に濡れタオルが乗せられる。
「ひゃーちべたい。え、何時からこうしているのか? んーあなたが、そ、その、お、お嫁さんに欲しい……とかいって倒れてからずっとなので……八時間くらい? ですかね」
「まったくもうびっくりさせないでくださいよ。しんどいならしんどいってちゃんと言ってください。私がいなかったらどうしてたんですか」
「おまけに変なこと言って倒れるから二重の意味でびっくりさせられるし……まあ熱があったのでどうせ本気じゃないんでしょうし、なんなら覚えてないんでしょうけど」
「え、割と本気? ちゃんと覚えてる? んー、あー、うー!」
ぼふりと布団に頭を埋める。
「死神と結婚したいとか流石に冗談でしょう? 確かに性別とか死神関係ないですけどなんなんですかこの人頭おかしいんじゃないんですか」
「……いや、待てよ?」
がばりと布団から顔を上げる。
「ねえねえ、私の事結婚したいと思うくらい好きなんですよね? 私は別にそれほどなんですけど、そこまで言うなら私に喜んで命を差し出したくなったんじゃないんですかあ? ほら、かもんかもん」
ぽふぽふと布団を叩いて要求する。
「……え? 『私と会えなくなるからいやだ』? いやいやなにをいってるんですかそんな……いや、それはそうなんですけど。ええ、でもそうしたら私あなたの命いつもらえるんですか」
「『もうあげてる』? いやあなた今生きてるじゃないですか、もう訳が分からないです」
「まあいいです。そこまで私のことを想うようになったのならゴールはもうすぐそこということです」
「ふふふ、楽しみだなー、どんな味がするんだろう。きっととても甘いんだろうなあ……すう、すう」
健やかな寝息が響いた。
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