第1回『平原の掃除屋・スライム2』

 スライムの高い魔力操作技術に感心していた取材班でしたが、ふとスライムが通った後の草は、周辺の草に比べて弱っていることに気付きました。周りの草は青々としているのに、スライムが通ったあたりの草はやや萎びてしまっているのです。


 後ろを振り返ってみると、スライムが取ってきた道のりと同じ場所の草が全て同じような状態になっています。

 これは、もしかしてスライムが原因なのでしょうか?



「その通りです」



 博士に尋ねてみると、大きく頷いてから博士が説明をしてくれました。



「スライムは魔力を吸収する性質があるということは、よく知られています。

 それは一定のタイミングでというわけではなく、常に周辺から少しずつ魔力を吸収し続けているんです」



 なるほど、つまりスライムは移動しながらでも魔力を吸収しているということになります。

 魔力はすべての生物にとってエネルギーとなっています。スライムが移動した場所の草は、常に魔力を吸収するというスライムの特徴によって、魔力を吸収されて少し元気がなくなってしまったのでしょう。



「これは、彼らが“魔力結合生物”と呼ばれる存在だからこその特徴です。

 魔力が集まって核を形作っているから、その形を保つために外から魔力を吸収しなくてはいけないんですね」



 この世界のモンスターは、大きく3種類に区分することができます。

 高濃度の魔力が集まって質量を持った“魔力結合生物”。

 魔力が特定の何かに一定以上集まることで、姿形を変化させ生まれる“魔力融合生物”。

 そして、魔力が私たち人間の想像力を糧として姿を具現化させた“魔力具現化生物”。



「魔力結合生物は、他種類のモンスターに比べると魔力の消耗が激しい傾向にあります。これは姿を形成する以外にも、移動や攻撃といった行動全てで魔力を消耗してしまうせいです。

 だから、スライムは足を止めて特定の魔力を捕食するだけではなく、移動をしながらでも常に周辺から魔力を少しずつ吸収して効率的に魔力吸収を行うよう進化したんですね」



 驚きです。スライムの性質は知っていましたが、まさかそれが捕食によるものだけでなく、常に吸収し続けているとは思いもしませんでした。

 そこで我々取材班は、スライムの大量発生によって王国西部にあった土地が枯れてしまい、人が住めなくなったという事件を思い出しました。

 数年前に起きたこの事件、当初はスライムによって生態系が崩れたことが原因と言われていましたが、実際は博士が言ったように大量発生したスライムが土地の魔力を吸い尽くしたことが原因だったのです。



「スライムは外殻を通して魔力を吸収しています。ですがあの巨体を形成する必要があるために、外殻を通して吸収し核へと貯蔵する量よりも、消費する量の方が多くなってしまっているんですね。

 そのため、スライムは常に魔力飢餓の状態にあり、移動しながらでも魔力を吸収し続けなくてはいけないんです」



 外殻を通して魔力を効率よく吸収するため、そして外敵から襲われにくくするために外殻を大きくして体積を増やすことにしたスライム。

 しかし、そのせいで逆に魔力の消費量が上がってしまい、魔力欠乏状態に拍車がかかるという皮肉な結果になってしまいました。ですが、スライムとしては今の状態がベストなようで、研究が始まってからスライムの生態が変わったという報告はありません。



「まあ、消費量と均衡するくらいには効率よく魔力を吸収できていますし、外殻によって他のモンスターからの攻撃を防げているのは事実ですからね」



 博士が言うには、スライムは理論上無限に魔力を吸収することが可能なのだそうです。

 吸収した瞬間から外殻形成や移動で消費されてしまうので、いくら吸収しても核が満タンになることはほぼありません。仮に核の許容量をオーバーしたとしても、外殻をさらに大きくすればいいわけです。

 ですから吸収量に限界というものがなく、大量発生してしまうとその土地の魔力が枯れるまで、永遠に吸い続けてしまうというのです。


 常識として知られていますが、草木や我々人間を含めた動物もまた、大地から魔力を少しずつ吸収することで成長し、生きていくことができるのです。

 スライムは、その生命のサイクルを大きく乱す存在でもあるようです。


 スライムが最優先処理モンスターとして、各都市で指定されている理由がわかってきました。

 強さ弱さの問題ではなく、大量に発生した彼らは我々の命を脅かす存在となり得るのです。



「とはいえ、大量発生が起きない限りはそこまで大きな害はありません。

 彼らは常に移動をしていますから、一ヵ所の土地が持つ魔力が枯れるまで吸い尽くすことはまずないですからね。

 この草も、放っておけばまた土地から魔力を吸収して元気になりますよ」



 スライムの恐ろしさに戦慄する取材班に向かって、博士は苦笑しながらそう説明してくれました。

 それを聞いてホッと胸をなでおろす我々取材班。博士が言うには、スライム1匹が常に吸収している魔力の量は、身体を維持するために必要な最低限のもので、土地に影響がでるほどではないとのこと。

 それこそ、数万匹単位での大量発生でも起きない限りは、その日のうちに魔力も戻ってくるのだそうです。



「おっと、話をしているうちに随分遠くに移動していますね。追いかけましょうか」



 気付けば、最初に見つけたスライムは小さく見えるほどに離れた場所を移動しています。

 博士と共に立ち上がった取材班は、のそのそと這いずるスライムの後をゆっくりと追いかけるのでした。





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