世界モンスター紀行・分割版

ラモン

第1回『平原の掃除屋・スライム1』

 この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。

 しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。

 そんなモンスター達の生態に、迫っていきましょう。


 第一回はこの世界において、もっともポピュラーな存在であるスライム。

 探索者にとってはおそらく最初に相対する存在であり、一般人であっても街と街をつなぐ街道を通っている間に何度も見かけるであろうモンスター。このスライム、実はとても面白い生態を持っているのです。

 しかしこのスライムがどういった生き物なのか、知っている人は少ないのではないでしょうか。


 私たち取材班は今回、モンスター生態研究の第一人者として知られているレナード博士と共に、スライムの生態に迫ることにしました。それでは、良く見かけるのに意外と知られていないスライム。その驚きの生態を紹介していきましょう。




●世界モンスター紀行

 第1回『平原の掃除屋・スライム』





 日々多くの人が行きかう首都、トーキョー。

 街を囲む背の高い壁に備えられた門から出て、すぐ目に入るのは大きな平原。

 街からはコンクリートの道が続いていますが、それ以外にはどこまでも広がる平原と、奥の方に見える森、そしてその中に埋もれている高層ビルの残骸ばかりです。

 そしてこの平原こそ、今日の目的であるスライムが多く生息する場所でもあるのです。



「あ、いましたよ」



 博士が指さす方に目をやれば、そこにはゆっくりと地面をはいずるスライムの姿が。

 見慣れた姿ではありますが、やはり最初に目を引くのは意外と大きなその体。私たち成人男性の腰まで届く大きな体は、初めて見た人であればなかなか威圧感を覚えるでしょう。

 ちなみに今私たちの目の前にいるスライムは、実は正式名ではありません。

 正式名はブルースライム、ぶよぶよの体の中心に位置する、人の頭ほどもある大きな青い核がその由来です。



「今日は観察が目的ですから、こちらを持っていてください」



 そういって博士から我々取材班に手渡されたものは、魔力遮断の効果を持つ護符。

 スライムは魔力を捕食する性質を持っているため、魔力を持っている人間が近づくとこちらに気付かれてしまうのです。

 これは一般の人にも広く知られている知識で、街道を移動する時には誰もがこの魔力遮断の護符を持ち歩いています。スライムは油断さえしなければ子供でも勝てるモンスターですが、観察が目的である以上気づかれて戦闘になることは避けなくてはいけません。


 我々取材班も護符をしっかりと身に付け、スライムの後を追います。

 といっても、スライムの移動速度は非常に遅く、我々が普通に歩いているだけですぐに追いつくことができました。

 護符のおかげで気付かれることはありませんが、万が一の危険を考えてある程度距離を置いて観察することに。




「まずは、スライムについて意外と知られていない話をひとつしましょうか」



 ゆっくりと移動をしているスライムを目で追いかけながら、博士はそう切り出して話し始めました。



「実はスライムの本体は、中心にある核のみなんです。

 周りの部分は、空気中の水分や水辺などから、水を吸収した後で粘液に変換して身にまとっているんです。

 この粘液の部分は、我々の間では外殻と呼ばれています」



 なんと、スライムのぶよぶよしている部分は私たちで言うところの服のような役割だというのです。

 確かにスライムを倒す時は、核を傷つけなければいけないということは、広く知られています。まさかその理由が、核だけが本体だったからというのは驚きです。

 しかし、服のような役割を持っているならば、外殻と呼ばれる粘液部分はいくら傷つけても意味がないということなのでしょうか。



「その通りです。

 外殻はスライムが魔力を持っている限り、吹き飛ばされてもすぐにまた引き寄せることができます。さらに水分が近くにあれば、そこから吸収して瞬時に回復することもできるんです。

 ですから、打撃武器でどれだけ外殻を吹き飛ばしても意味はありません。

 そういった理由もあって、対スライム戦では槍や剣などの武器が好ましいとされているんですね」



 探索者に限らず、一般の人にも知られているスライムとの戦闘で守るべき基本的な知識。

 それに科学的に説明されている理由があったというのは驚きです。知らないことはないと思っていただけに、スライムに関するこれらの知識は新鮮なものでした。



「スライムの核は、彼らにとっては脳であり、魔力の貯蔵と探知両方の役目も持った非常に重要な器官です。

 ですから核を衝撃から守るために、柔軟で耐久力のあるああいった外殻を選んだのだろうと言われています。鱗などを付けたスライムが確認されていないことからも、この説は現在もっとも有力視されている説ですね」



 スライムの魔力探知範囲はとても広く、自分を中心に半径1km以内ならば感知することができるようです。

 しかも探知する精度も高いため、はるか遠くにある魔力の位置も正確に把握できるとのこと。

 スライムについて初めて知る情報の数々に、我々は驚くばかりです。



「外殻を動かして移動するには、繊細な魔力操作術を要求されます。その一点においては、熟練の探索者よりもスライムの方が圧倒的に上の技術を持っているでしょうね。」

 


 博士の言う通り、成人男性と同じくらい大きな水の塊を動かすのはとても大変です。経験豊富なマジックユーザーでも、地面を這いずるように移動させるのは難しいでしょう。

 モンスターの中ではもっとも弱いとされているスライムですが、その魔力操作の腕前は、私たち人間よりも優れているのかもしれません。



「ほらここ、触ってみてください。粘液の外殻を持った彼らが通った後なのに、草も地面も濡れていないでしょう?

 これも、地面と擦れてこぼれた外殻を瞬時に吸収し直しているからなんですよ」



 博士の言う通り、スライムが通った後には水滴一粒すら落ちていません。まるで何もなかったかのように、乾いた草が倒されているばかりです。

 言われてみれば、外殻が水で作られているのにスライムが通った後が水浸しになっていた記憶は取材班にもありません。

 そう考えると、驚くべき魔力操作の技術をスライムは持っていると気づかされます。





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