空を飛ぶ者

@s3571116

空を飛ぶ者

 プロローグ

 

 とある日の夜、ひとりの小さな子供がリビングで絵本を読んでいた。暖光色の明かりが天井から降り注ぐ。すると、ひとりの女性が暗闇からその子供の目の前に現れた。その子供の母親だ。それと同時に、その子供は読んでいた絵本の最後のページを読み上げた。


 「ねえ、ママ。ほかにおもしろいほんはないの?」


 「んー、そうだな。本じゃなくて面白い話だったらあるよ」


 「え、どんなの?」


 すると、その子供は読んでいた本を乱雑に置き、母親のもとへつたない足取りで母親のほうへ向かった。


 母親は右手を差し伸べ、その子供はその手を握って両足を安定させた。しかし、その後、母親は何の動作も見せず、子供が「もちあげてくれないの?」と言いたげな顔で見つめていた。


 「その話っていうのはね、人じゃなくて鳥人っていうのが主人公の物語なんだ」


 「ちょうじん?」


 「そう、腕のかわりに翼を生やした人ってこと」


 すると、子供は聞いたことのない言葉に目を輝かせ、


 「はやく、はやく、教えて」


 と母親をせかす。


 その時、母親はひとつ深呼吸をし、子供のことを見ずに窓の外を眺めていた。





 『鳥人伝説』






 人間は醜い


 同じ種族同士でも争いあい、人の上に立とうとする


 昔からそうだ


 自分の領地のために食料を奪い合い、戦争にまで発達した


 時代が進んでも戦争は絶えない


 それどころか武器が次々に開発される


 そんなものは労力の無駄遣いである


 人間は平和という言葉を知らない







 僕は「ハッ」と目が覚め、寝床から飛び起きた。


 どんな夢を見ていたのか思い出せない。


 そんな鬱々うつうつとする気持ちを抱きながら暗闇の家の中を忍び足で歩を進める。


 僕はいつも通りの時間に起きた。母も父もいまだに眠ったままだ。


 僕は生まれてからここに住んでいる家の中を、自分の感覚を頼りに進んでいく。


 少しずつ外が見えてくるが、早朝ということもあってまだ薄暗かった。だが、そのわずかな光を僕は見据えていた。


 外に出ると、紺色に染まった雲ひとつない空が広がり、東にはいまだに太陽が顔を出さずにいた。


 すると、西にある新緑が映える山なみが太陽に照らされ輝きだした。やがて、僕にも光がもたらされ、朝の訪れを感じさせた。体の中の細胞が今にでも空に飛び立とうとうずいている。僕はその気持ちを一度おさえ、静かに深呼吸をした。草むらが心地よい風に揺れている。


 光合成で生み出されたおいしい空気だ。


 そして、ようやく、はやるわがままな細胞に空へ飛び脱ことを許し、思い切って地面をけった。群青色の空を目指した。それはまるで吸い込まれそうな、どこまでも行けるような、そんな気がした。


 上に向かって飛んでいると、自分が山頂よりも高い位置にいることに気が付いた。村の外では人間が戦争をしていると聞いたことがあるが、村の内側から見ても黄色い砂が広がっているばかりで建造物などは見当たらない。かといって、戦争が終わっているとは言えない。なぜなら、鳥人族と神様との間で結ばれた契約にそう書かれているからである。


 僕は毎朝、村の周りを一周すると決めている。だが、いつもより高い位置だったため、少し酸素がうすい。


 身体を地面と平行にし、僕は飛び立った。山岳から流れる清流がここからでも輝いているのが見える。そして、それは蛇行しながら南に流れ、やがて滝にたどり着く。この清流が僕たちに透き通る水を与えてくれている。そして、それを超えた先に森があり、さまざまな動植物が生息している。


 僕はこの自然豊かなこの村を守り続ける。この地を人間なんかに与えてはいけない。


 僕はこの地で平和に暮らしたい。


 そう思っていると飛び始めた地点の反対側にいた。


 やばい、急がないと。


 太陽が先ほどよりも昇ってきており、村のみんなが起きる時間帯になっていた。僕は少し地面よりに飛ぶ角度を変え、速度を上げ村に一直線に向かう。


 川を越えて、草むらに着地をした。慣れない速度で飛んだせいか、息をひどく荒らしていた。体中の二酸化酸素を追い出し、ゆっくりと礼拝堂へ向かう。


 礼拝は毎朝、同じ時間に行われ、参加は任意だが僕は毎日参加していた。中に入ると、いつもなら見慣れない姿を見つけた。


 タカタだ。


 タカタは黒い長髪をぼさぼさにし、翼もよごれが目立つ。数少ないこの村の若者で、しかも僕と同い年だ。


 僕はそんなタカタに近寄り、挨拶をした。


 「タカタ、おはよ」


 タカタはそれに気が付くと、「はあー」と深くため息をして、「おはよ」と小さくつぶやいた。


 「どうしたの?元気ないね」


 不思議そうに僕がそう尋ねると、タカタは、

 

 「当たり前じゃん、なんでわざわざ神なんかのために礼拝をしなくちゃいけないんだよ」

 

 「まあまあ、礼拝したらなにか変わるかもよ」

 

 不機嫌そうなタカタをなぐさめようとしたが、余計なお世話だったかもしれない。

 

 「あんたもあんたよ。いつまで鳥かごに閉じこもってるつもりなの?」

 

 「どういう意味?」

 

 いつもより少し怒気どきを含んだ口調だった。それでもタカタは臆することもなく話した。

 

 「この村の中で一生暮らしたいのかって聞いてんの。井の中の蛙のまま生きていくの?」

 

 その言葉を聞いて僕は憤り、タカタを見つめながら詰め寄った。しかし、彼女は逃げも隠れもしない。昔からそうだ。お互い、行き違う意見があるとすぐけんかになる。殴り合いにはならなかったものの、結局、決着はつくことがなく周りの鳥人に止められることがほとんどだ。


 「君はご先祖様が続けてきた伝統を台無しにするつもり?」


 この礼拝堂の前方にご先祖様と契約をしたという神様の像があり、一色でしかないものの、美しい容貌と翼を持っていることが読み取れる。その後ろには、人間同士が争っているのと鳥人が神様に対し懇願こんがんをしているところを書かれた壁画があった。


 ご先祖様は約1000年前、ある契約を神様としたと記録されている。その契約とは、


 『神は鳥人族に対し人間の危害を受けない加護を与える。だが、だれか一人でも村の外に出てしまえば、その者は醜い姿にされ、神との契約を破棄したとみなす』



 鳥人族はこれまで神様との契約を守り続けていた。だというのに、


 「タカタ、君は自分が何を言っているのかわかっているのか?人間の戦争に僕たちも巻き込まれるんだぞ」


 「人間だって戦争は無駄なことだって気づいているわよ」


 すると、ふたりのけんかしている様子に気づいた村長は


 「ふたりとも、そこまでじゃ」


 と僕たちの間に割り込んできた。たれ目で白いひげを生やした村長はこの村のご長寿でおよそ60歳である。


 「けんかするほど仲がいいと言うが、ちょっと言いすぎじゃのう」


 村長はふたりの肩に手を置き、落ち着かせてくれた。そして、ふたりで「ごめん」と言い合った。すると、村長は、


 「ほれ、仲直りのハグじゃ」


 と悪戯っぽく笑ってそう言うと、タカタは急に顔がきれいな紅色に染まっていた。そして、僕の顔を見ようとはせずに奥のほうへ姿を消してしまった。正直、僕も恥ずかしい。


 「村長、ハグは、恥ずかしいです」


 すると、村長は、ガハハハッと笑いながら僕の背中を叩いた。


 「おまえら、もうそんな歳か」


 村長もタカタ同様に奥のほうへ姿を消してしまった。


 僕はひとつため息をして、静かに手を合わせた。この時の僕は礼拝ではなく祈っていた。



礼拝堂から出ると、タカタが近くで僕を待ってくれていた。礼拝が終わると、タカタの家まで行き、一緒に狩りに出かけるのだが、今日はその手間が省けた。先ほどの村長の発言でふたりとの間にぎこちなさが生まれていた。


 いつもなら口に出せる言葉も今回は喉の奥で詰まったかのように出てこなかった。「おまたせ、じゃあ行こうか」と言いたいだけなのに。しかし、先に言葉を出したのはタカタだった。


 「何してんの、ほら行くよ」


 タカタは今すぐにでも飛び立てそうだった。もう気にしていないのだろうか。僕は「うん」だけ返事をしてひとつ息を吐いた。そして、ふたり同時に森のほうへ飛び立った。


 タカタは手入れをしていないぼろぼろの翼をはばたいていた。それでも、僕と同じような速度で飛んでいた。いや、もしかしたら僕に合わせてくれているのかも。僕はこれでも本気に近いんだけどな。


 すると、タカタが川を越えたあたりで急に、


 「さっきの私の話、覚えてる?」


 タカタはまっすぐ前を向いたまま僕に問いかけてきた。礼拝堂での話だろうか。


 「村の外に行きたいってこと?」


 「そう」


 僕はもうあの時のように怒ってなどいないが、それを止めなければいけないというのは変わらない。今思えば、タカタが外の世界に行きたい理由が痛いほどわかる。


 タカタには10つ離れた姉がいた。その姉は僕とタカタに対し、外の世界の魅力について語っていた。それと同時に外の世界に行きたいという願望も持っていた。タカタはその姉の話を真剣に聞いていた。今こうして、外の世界に興味が持っていることは言うまでもない。


 しかし、10年前、その姉が不治の病でなくなってしまった。その時、タカタは深く悲しんでいた。もしかしたら、タカタは姉の無念を晴らそうとしているのかもしれない。


 「君がもし、村の外にでも行こうとしたら、僕は全力で止めるよ」


 僕はそう言うと、タカタは口を緩ませ、クスっと笑いながら、


 「私より飛ぶの遅いのに?」


 「それでも!」


 僕の声に驚いたのか目を丸くさせこちらを見つめていた。


 「それでも、君を止めるよ」


 タカタは、今度は、アハハハハハ、と大笑いをした。面白すぎたせいか、タカタは涙を流し、腹を抱えていた。そして、十分に笑いを堪能した後に、にっこり笑って、


 「期待してるね」


 とつぶやいた。


 ぎらぎらと太陽が輝き、僕らを照らし続けた。そして、真下にある川が宝石のように輝いていた。その中を優雅ゆうがに泳ぐ魚も見えた。


 タカタは急に角度を変え、川辺に着地した。そして、魚に逃げる隙も与えずに素早い動きで獲物を口で捕らえ、川辺に放り投げた。どんな獲物も逃さない目の前の狩人は先ほどの自分の発言を否定してしまうほどだった。


 僕は遅れて川辺に着地した。大量に積まれた大量の魚を見て、ひとつ大きなため息を吐いた。そして、器用な手つきで魚の内臓などを取り除いていく。小さなときから家の手伝いをしていたため、食料の下処理は得意だ。


 「ねえ、これ食べていい?」


 タカタは僕が下処理を終えた魚に目を輝かせていた。


 「いいよ」


 僕はそう言うと、タカタは「ヤッター」とにっこり笑いながら僕が処理した魚をおいしそうに食べていた。タカタの食べる速さは僕の魚の処理の速さを上回っていた。そのため、食べられる魚がなくなると、タカタは、「まだ?」と言いたげな顔でこちらをのぞいていた。

 

 次の魚の下処理を終えると、いったん作業を止めて、タカタの食べっぷりを見ていた。それから視線を下げていき、ぽっこり膨れたお腹をじっと見た。それに気づいたタカタは、

 

 「なに?」


 と眉をひそめていた。せっかくの食事を邪魔されて少し不機嫌そうに見えた。


 「タカタ、ちょっと太った?」


 タカタはひそめた眉を上げ、食べかけの魚を地面に落とした。タカタは顔を赤めさせていた。そして、ゆっくりと立ち上がり無言でこちらに詰め寄ってきた。


 「あんたね、私がレディだってこと知ってんの?何回言わせんの?女の子には言ってはいけない言葉があるんだって。私だって気にしてるんだからね!」


 「ごめん、ごめん」


 僕は頭に手を置きながら「えへへ」と苦笑いを浮かべた。やっぱり女性の気持ちってよくわからないな、と思いながら魚の下処理を進めるのだった。


 タカタが獲った魚もどんどん減っていくが、まだ僕は一匹も食べれずにいた。つまり、ずっと僕は魚の下処理をしているだけなのだ。さきほど、タカタを怒らせたばかりだったが、少し分けてくれないかと頼んだ。しかし、タカタは「ふん」っと僕のほうを見ずに魚を食べ続けていた。結局、僕は昼ごはんを全く食べることができなかった。


 僕らはそれから川で遊んだ。川の水は透き通りとてもきれいだ。そこへ足を踏み入れると、足がひんやりと冷たく昼の暑さも忘れてしまう。すると、優雅に泳ぐ小さな魚がいた。僕は腰を下ろして、その魚の行動をじっと観察した。小さなえらで穏やかな流れの清流に逆らって泳いでいる。その姿を見ていると、「がんばれ」と応援したくなる。しかし、流れに負けて、そのまま流されてしまった。


 すると突然、冷たい感触が体中にわたった。水をかけられたのだった。飛んできたほうを見ると、タカタが悪戯っぽく笑っていた。先ほどの仕返しだろうか。僕は「野郎」と言いながらタカタに大粒の雨を降らせてやった。タカタは「キャー」と笑いながら叫んだ。


 それから僕らは子供のように川遊びを楽しんだ。日が傾き始め僕らは家に帰ることにした。タカタはいつもどおり僕の家に来ることになった。ふたりともびしょ濡れだ。帰ったらしっかり体を拭かないと。


 



 家に帰ると、両親があたたかく迎えてくれた。そして、川遊びでぬれた体を拭いて、夕食の準備をした。いつも通りに僕は両親が獲ってきた獲物の下処理を手伝った。タカタと父はその近くで座っていた。そのふたりの話し声がここからでも聞こえてくる。


 「なあ、タカタちゃん、君も手伝ってくるかい?」


 「いいですよ、私こういうの下手ですから」


 父の高らかな笑いも透き通るようにこちらに届いてくる。すると、それよりも近くから声が聞こえてきた。


 「ルヒア、止まってるわよ」


 僕はその言葉で作業のほうへ戻ることができた。横を見ると、母が素早い速さで獲物の下処理をしていた。作業の速さも丁寧さもまだまだ母にはかなわない。もし、僕がこのくらい速かったら、あの時タカタを待たせずに済んだのかな。





 僕と母は1時間ほどで夕食の準備が整った。気がつけば外は真っ黒い宇宙が広がり、無数の星が瞬いていた。家の中には暖かい灯火がひとつ、僕ら4人に囲まれていた。そして、僕と母が下処理をした食材が並べられている。父が

「いただきます」と合掌すると、ほかの3人もそれに合わせた。


 父とタカタはまるで競争をするかのように早食いをしていた。しかし、僕と母はゆっくりと食べ進んでいく。すると、父が突然口を開いた。


 「やっぱり、あれだろ、タカタちゃんとルヒアは結婚するんだろう?」


 突然の言葉に僕たちは食事を止めた。僕とタカタが結婚なんて考えたことがなかった。けれども、この村で数少ない若者なだけに周りからはそういう風に見えているのだろうか。タカタと顔を合わせると暖光色に紅の頬が映っていた。その横で母が微笑んでいる。


 父は、ガハハハハハと笑いながら、


 「そんな恥ずかしがんなって、別に結婚しろとは言わねえ、自分の道は自分で決めるんだ、そうだろう?」


 父はいつも酒を飲んでいるかのようにご機嫌だ。いや、今回ばかりはほんとに飲んでいたのかもしれない。それからはふたりとも食事はあもり進まなかった。思いがけない父の言葉でお互いのことが気になっていたからである。食事が終わると、タカタが帰るのを見送ったが、その時もお互いは目を合わせられずにいた。


 空に浮かぶ三日月が僕たちをうっすらとした光で見守ってくれた。


 僕は果てしなく広い宇宙を見つめた。それはまるでこれからの未来の選択肢のように広がっていた。僕らはこのまま平和に暮らせるのだろうか。世界は移り変わっていくというがこの村もいつかはなくなってしまうのだろうか。僕はこの暮らしを少しでも長くできるように神に願っていた。


 僕はいつも通りに翼の手入れをした。ところどころ折れていたり、はがれそうになっていたりしていた。めんどくさいが毎日続けていると、これをやらないと眠れなくなってしまった。だが、タカタは大丈夫なのだろうか。よくあんなぼろぼろな翼で僕より速く飛べるものだ。


 僕はきれいになった翼を見て、満足し寝床に向かった。うつぶせになり木造の天井を眺めた。


 これから僕とタカタはどうなっていくのだろう。


 1000年前、鳥人族と神様との間で交わされた契約、


『神は鳥人族に対し人間の危害を受けない加護を与える』



 これは戦争による爆撃などの痛みだけを守ってくれるのではない。音も視覚も。つまり僕らは人間により五感に被害は及ばない。それだけでなく、人間の姿も兵器も家も何もかも見えない。そのため、僕たちは村の外に行かなければ確かめることはできない。だが、


『だれか一人でも村の外に出てしまえば、その者は醜い姿にされ、神との契約を破棄したとみなす』


 この条約があるおかげで僕らは外の世界に行くことを拒まれている。そして、醜い姿とは何なのだ。おぞましい化け物にでもされるということなのか。


 考えているとなんだか眠くなってしまった。僕はいつも通りに早い時間に寝ようとした。しかし、誰かが家の中に入ってきたのが聞こえた。その人はぜえぜえ、と息切れをしていた。


 誰だ、こんな夜中に。


 「タカタちゃんのお母さん、どうしたの?」


 僕の寝床からは見えないが、タカタのお母さんは慌てている様子だった。なにかのっぴきらないことでもあったのだろうか。


 タカタは息をも整えずに次のように話した。


 「タカタ、知らない?家にまだ帰って、きていない、のよ」


 僕の背中に戦慄が走った。







 僕はタカタの母の横を通り過ぎ、僕は急いで大空へ飛び立った。


 先ほどまで満点の星空が輝いていた夜空に少しずつ雲がかかり始めていた。嫌な予感を抱きながらも山の頂上付近にまで来た。僕は森とは逆の東の山を重点的に探した。


 森のほうの山は東の山よりも標高が高く、およそ3倍にも及ぶ。その高さに行くだけなら僕だって行けるが問題なのは酸素が薄いことだ。そこには動物はおろか植物すら生えていない。そのため、僕の村ではそこは危険区域となっている。


 村の外に出たいのならば、東の低い山を越えるはず。僕の考えは見事に当たっていた。ちょうど太陽が昇り始める場所にタカタが立っていた。張りぼてかと思うほどそれは動かなかったが、近づくにつれそれは誤解だと思わせた。


 僕はタカタの近くに着地すると、彼女はそれに気が付いた。タカタは何かにおびえているかのように体を震わせていた。そして、涙目になりながらもこちらを見て、「あ、あれ」と震える声で村の外の世界を指さした。


 そこには何もない、ただへんぴな黄色い砂がただよっているだけであった。なにか怖いものでも見たのかとタカタのそばへ近づいた。


 「どうしたんだよ」


 僕は少しずつ進んでいく。村の外に出る前にタカタを連れて帰らなければと思っていた。だが、それはもう遅かった。


 突然、僕の近くでまるでガラスの割れるような音が鳴り響いた。そして、まぶしい閃光が爆音とともに僕たちを襲った。熱風がこちらにまで吹いた。先ほどまで何もなかった村の外には火事になっている家がたくさんあった。そして、その周辺には逃げ惑う人間たちの姿がある。上空からの爆弾から逃げながら大声で叫ぶ人間の群れ。武器を持たない者にも容赦なく爆弾の雨が降り注がれた。


 僕はこぶしを強く握って、山を下ろうとした。しかし、先ほどとは違う冷たい風が上空に向かって吹いていた。それはみるみるうちに強くなり、ついには地面から足が離れてしまった。僕は必死に羽ばたこうとしたが、その嵐の前

には無力であった。それはタカタも同じであり、身動きが取れないでいた。


 そうか、僕たちは神様との契約を破ってしまったんだ。


 突風は僕たちを雲の位置にまで飛ばした。そして、風は突然やんで、僕たちは急降下をした。


 よし、これなら飛べる。


 だが、嵐の影響からかきれいだった羽はところどころが折れてしまい、少しずつ僕からはがれていく。羽ばたいてもそれは時間稼ぎにすぎなかった。落ちていくたびに僕の羽が上空に待って消えていく。


 そうだ、タカタ。タカタはどこだ。


 あたりを見渡すと、タカタは気を失っており、羽は数枚しか残されていなかった。それも少しずつ飛ばされていく。


 タカタ、タカタ!


 僕は空を泳いだ。だが、無情にもタカタの最後の一枚の羽が飛ばされていった。タカタは鳥人ではなくなった。今までの勇ましい羽が白くきれいな腕に変わっていた。タカタは人間になったのだった。


 気が付くと、僕の羽もすべてなくなり、人間のもつ腕に変わっていた。それでも、タカタのもとに向かった。


 「タカタ、大丈夫か?タカタ!」


 タカタは目を開けようとはしなかった。僕もそろそろ気を失いそうだ。僕はタカタの手を握った。そして、タカタの耳元で、


 大好きだよ・・・







 目を覚ますと、山の頂上に僕はいた。嵐はやみ、太陽が昇り始めていた。夢かとあたりを見渡すと、タカタがすでに目を覚ましており、村の方を向いていた。僕の翼を見ると、人間の腕になっていた。どうやら夢ではないようだ。タカタは顔を手でおさえ、泣いていた。どうしたのかと僕も村のほうを見てみた。


 すると、僕らの家が焼け落ち、変わり果てた村の姿があった。そこには鳥人の姿も見当たらなかった。僕たちが守り続けてきた自然も跡形もなく消え去ってしまった。


 僕はいままで抱いたことのない黒い感情が胸から肥大し続けた。戦争を続ける憎き人間の恨み。僕らの村を消し去った恨み。

 

 僕は村の外に向かって山を下ろうとした。

 

 「行こう、タカタ。人間を殲滅せんめつするんだ」

 

 僕は腹が煮えくり返りそうな怒りを抱えた。そして、力強く歩を進める。タカタも一緒に戦ってくれたら僕の望みはかなう気がした。もう翼はないが、命に代えてでも復習しなければいけない。タカタも憎しみを抱いているに違いない、そう思っていた。だが、

 

 「待って、ルヒア」

 

 僕の足を止めたのはタカタだった。

 

 「どうした、タカタ、人間が憎いだろう。だったら一緒に滅ぼそう」

 

 「なんでそうなるの?怒りで復讐するなんてあいつらと一緒だよ」

 

 「一緒なものか、僕は村のみんなのために・・・」

 

 すると、タカタは僕の手を握った。それはとても温かく、僕の心を落ち着かせてくれた。

 

 「わたしだって、村のみんながいなくなるのは悲しいよ。でも、きっとみんな復讐なんて望んでないよ」

 

 タカタは涙をぬぐい、晴れやかに笑った。その笑顔に僕もつられて笑ってしまった。やはりタカタにはかなわないな。

 

 「さあ、一緒に行こう。平和な世界にするために」

 

 けっして、人間への憎しみが消えたわけではない。でも、タカタとならどんな困難も越えられる気がした。僕らは山を下りて、戦争が広がる世界に花を咲かせに行く。




 ふたりはこうして手をつなぎながら歩いて行った。戦争のない幸せな暮らしを実現させるために。







   エピローグ  母親と子供



 「ふたりのおかげで世界に平和が訪れ、戦争の数が減っていきました。おしまい」


この話を聞いていた子供は「おー」と拍手をした。母親は長い話を終え、「ふー」と息を漏らした。


「ねえ、このおはなし、どこでしったの?」


子どもは疑問を母親に投げた。母親はクスっと笑って、


「お父さんから聞いたのよ、子供の時に何度も聞いてきたからもう覚えちゃった」


「また、きかせて」


 「うん、いいよ。じゃあ、もうおねんねの時間ね」


子どもはにこやかに「うん」と笑いながら布団に寝転がった。母親は子供の頭を優しくなでた。そして、子供に聞こえないようにそっとつぶやいた。


ご先祖様、今日もこの世界は平和ですよ













 












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