~第3幕・愚痴るでござる~

 場所/外……お屋敷の中の廊下

 SE・ギシギシと木の廊下を歩く足音

 SE・立ち止まり、ふすまを開ける音


(正面、下から)

「ふお!? あ、なんだ若様でござるか」


(ぱりぽり、とお菓子を食べる音をさせながら)

「おかえりでござります若様。お勤め、ご苦労さまでござる」


 SE・部屋の中に入り、ふすまを閉める

 外の環境音が消える


「ほえ? むぅ~……いいのでござる! 拙者なんて、しょせんは見習い忍者。若様のお世話係という大役に見せかけたタダのお手伝いさんでござるので」


 SE・若様が立っている状態から座る音


「ど、どうしたと聞かれても、なんでもないでござるよ。別に……むぅ……」


 若様が心配するような問いかけをする。少し時間をあける。


「はぁ~……」


 SE・寝ころんでいたところから起き上がり座り直す音


「拙者……ちょっと自信をなくしただけでござる。いつものことでござるよ」


「そう。いつものことなんでござる。拙者、あんまり優秀じゃない忍者でござるので、何かあるとすぐ自分と比べてしまうのでござる。それで今回も……うぅ……」


「いえ、そんな。若様に聞かせるような話では……ただの嫉妬というか、なんというか……愚痴になっちゃうだけでござるので……」


「……それでもいい、とおっしゃられるとは。若様は人が良すぎでござりますよ。きっと敵に捕らえられたとしても、そうやって敵も許してしまいそうで拙者は心配でござる」


「……え、いや、その、あう。せ、拙者が守り切れる保障なんてないので……その、若様はちゃんと自衛してください。うぅ」


「若様はズルいです! そんなこと言われると、拙者の落ち込んでた心が回復しちゃうじゃないですか。もう少し落ち込ませてくださいでござる」


(小声で)

「そうじゃないと、甘えられないでござる……」


「いえ、なんでもないでござるよ。え~っと、う~っと……せ、拙者の愚痴を聞いてくださりますか、若様?」


「ホントにいいなんて……やっぱり若様は変わり者でござるな。拙者の愚痴を聞いたところで一文の得にもならないでござる。ふふ」


「では……こちらに」


 SE・バサ、と両腕を広げる音


「え? なにって……抱っこでござる。母上も父上も、拙者が落ち込んだ時はいつもこうしてくれたので。なので、若様も抱っこしてください」


 少し時間を置く


(小声で)

「え、ホントにいいんだ……」


「いえ、なんでもないでござる。い、いざ参られい若様!」


 SE・抱きしめるような、バフッという音


(左耳の近くで)

「ふふ。若様は温かいでござるな。大きくて、なんだか落ち着くでござる。安心感があるでござるよ」


(左耳の近くで)

「そのままちょっとの間、拙者を抱きしめてください」


 時間を置く。

 鳥の鳴き声などがわずかに聞こえてくる。


(正面・目の前)

「ふぅ。ありがとでござる。若様に抱っこして頂けて、拙者はしあわせ者でござる。……あ、まだでござるよ。拙者の愚痴はまだ始まっていないので、このままでござる。ふひひ」


「落ち込んだのは、なんてことない話でござる。拙者の先輩が凄い人なんでござるよ。……そう、忍者の先輩でござる。優秀で綺麗で可愛くて楽器も歌も上手くて、しかも話上手。ほんと、なんでもできる凄い先輩がいるんでござるよ」


(少しだけ離れる)

「しかも美人! 胸もめっちゃ大きいんでござるよ……拙者はぺったんこでござるからなぁ。若様に抱っこされても分からないくらいなので」


(更に離れる)

「あ~ん、離さないでください! 拙者はくっ付く所存!」


 SE・ガバッとくっ付く音


(右耳に近いところ)

「ふひひ。忍者から離れようなんて、若様は甘いでござる。ふ~っ。ふぅ、ふぅ、ふぅ~。このまま拙者の愚痴を聞くでござるよ」


(右耳にこそこそ話)

「先輩は優秀なんでござる。みんなが先輩のことを好きで、みんなが先輩を褒めるんでござる。今日もすっごい重要な任務を成功させて、みんなが先輩の話をしているんでござるよ」


「すごい、さすが、優秀だ、なんて言葉は……きっと先輩は聞き飽きていると思います」


(左耳にこそこそ話)

「別に拙者は先輩が嫌いなわけじゃないんです。ただ、ちょっと憧れてるだけ。美人だし綺麗だしカワイイし、声までとってもステキなので……拙者はどれひとつとして勝てないんでござるよ」


「せめてひとつでも拙者にあれば……きっと若様も……ほへ?」


(中央、少し離れた位置へ)

「え、え、ホントですか? 拙者の声、かわいい?」


「んふっ。んへへ~……ハッ!? い、いや、騙されないでござるよ? こ、この程度で拙者の機嫌は直らないでござるので、まだまだ抱っこは必要でござる」


「ほ、ほら若様。もっとぎゅ~っとするでござる」


「んふっ」


(右耳の近くでこそこそ話)

「拙者は若様のお世話係しか仕事を任せてもらえないでござる。先輩が優秀過ぎて、追いつける気がひとつもなくて。目標にすらならないんでござるよ。分かります、若様?」


(左耳へ、こそこそ話)

「若様もそんな経験が? ……まわりの人は優秀でござりますか。でも、若様は拙者が見る限り優秀でござるよ。だって、こうして拙者がお世話係を続けられるのも若様の人徳があるおかげ。器量の狭いお方でしたら、すぐに追い出されてるでござる」


(正面へ顔を近づけた状態)

「こうして抱っこしてくださるなんて、きっと若様だけでござ……んっ、んん……か、顔が近かったでござるね」


 SE・離れる音


「よ、よよ、よし、拙者、元気になったでござる。んへ、へへへへ、さすが若様でござるね。落ち込んだ拙者をこんなに元気にしてしまうなんて。父上や母上でもここまで鮮やかに回復させるのは無理でござる」


「んふふ~。なんだかしあわせな気分でござる。大好きな人に抱っこされるのって、とってもしあわせなことなんでござるね。新しい発見でござる」


「んへ? どうしたでござる? ……はぁ、なんでもないでござるか。変な若様……ていうか、若様はいつも変でござったね。ふへへ」


(伸びをする)

「ん、ん~~~」


「ありがとうございます、若様。もしもまた拙者が落ち込んだ時、抱っこしてくれますか?」


「んふ。これでいくらでも落ち込むことができるでござるよ。ありがとうございます、若様!」

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