十一話 変化

恋愛小説。俺はあまり読んだことがない。そもそも、恋愛に興味が無い俺に、そんなものが必要が無い。参考にするのもありだと思うし、それで胸がトキメクなら、おめでたい話だ。だが、登場人物に感情が移入することがあまりない。というか、そういうこと自体、架空だと思い切っていたからだ。思い切っていたからこそ、恋愛という言葉に興味を示していなかったのかもしれない。


架空は現実を見るための判断材料である。


「では、どんな人がタイプなのでしょう?恋愛小説だと、その登場人物にある設定がありますが、どんな設定が好みですか?」


恋愛小説と聞いて、俺はラッキーと心の中でニヤニヤしていたところだ。ファンタジーとか、SFとか選ばれたときには詰んでいたのかもしれない。''好きな人のタイプ''を直接聞くのは、柳にとってのお法度だろう。


俺が島莉さんを意識しているように仕向けているようで、柳を裏切った気持ちになる。やましい気持ちがあるわけでもない。ただ、そう思われるに柳には、辛い選択を迫られる。それだけは回避しなければならないことだ。


「設定かぁ。気にしたことなかったな。私、基本的に優しかったらなんでもいいと思ってるからさ。」


優しいか。柳に当てはまるかどうかは俺も知っている。あまりにも当てはまりすぎて笑いそうになってしまう。島莉さんのタイプが可笑しいわけじゃない。柳はそれが似合っている男だと俺の中で思ってしまったからだ。負けだ、負け。


「も、もしかして、軽い女だと思った?」


「思ってませんよ。でも、優しいとは抽象的ではありますが、便利な言葉なものです。見つかるといいですね、そんな人。」


促している。そう思われても仕方がない言い方だった。失言してしまったかと思っても、言ってしまった言葉は戻ることは無い。ため息でも、悪口でも、一度、放った言葉は消えやしない。でも、それくらい、責任もってもいいんじゃないかと思ってきたところだ。これは友情なんかじゃないし、島莉さんのためでもない。頼まれたものは必ず行う。これが俺のモットーになりうるものだ。


「いないよ!いても、いなくても言わないよ!」


「そうですか。」


涙ぐんでいるところを見ると、少し焦っている様子が伺える。この反応は本当にいないのだと確信した。やっと、一安心できる。柳と島莉さんの二人の姿を思い浮かぶには簡単な考えが浮かんでいた。柳ならやってのけるだろうし、俺が杞憂するまででもなかった。


問題になるのが、あれ。何の問題だ。浜名のことは確かに気をつけなければならないが、他にもめんどくさい奴がいたような気がする。でも、そんな奴にあったこともない。記憶のすれ違い、もしくは、勝手にそう思っただけかもしれない。


「今日はありがとうございます。また、今度。」


「あ、うん。また明日。」


話し合いに未練が残る。そう思ったのも、''また明日''という言葉が気にかかった。今後、関わりを持つこともない俺に、関係を持つ明日が来るとは思えない。俺の関係とは、柳が間にある関係だ。それと、極力、島莉さんと関わりを持つことを回避したい。何かと誤解されるのも、柳と俺に迷惑だ。三角関係とか、気にしていることも無駄だ。


誰かに噂されるのも、一概に悪いというわけでもない。それを利用することだってできる。自分に得することはないが、柳と島莉さんをくっつかせることが容易になるだろう。それは得策ではないし、あまり勧められたものではない。だからこそ、今がいい。この関係が、様にあっている。




下駄箱の目の前に来ると、そこで、二人の男子が何かを話していた。その話を聞く耳持たず、さっと自分の靴を履いて、外に出ようとする。しかし、二人の男子も同じように靴を履いて、こちらに向かってくる。偶然が重なっただけ。そう思ってた矢先に、運命触手が急に動き出した。


「死ね。」


「うそっ…だろ。」


後ろから、ナイフなようなもので切り裂かれそうになったが、咄嗟にそれを判断して避けた。しかし顔に擦り傷がつき、そこから血が涙のように顔に流れる。俺はかなり動揺していた。あの二人の男子に関わりを持ったことは無い。手に持っているカッターとハサミをみて、酷く怯える。カッターの刃先には、俺を切ったであろう、血が少し付いていた。目元に掠ったため、目を完全に狙っていたはずだ。運命触手がなければ、失明していた可能性がある。


「お前ら…何なんだよ。」


恨み、それとも、ただのいじめか。考えられることは確かにいくつもある。割と考えついたのは、浜名をあそこまで追い詰めたのは俺という事実。浜名が好きだったやつ、友達だったやつが、暴虐な行動をしてもおかしくない。まさか、カッターに切られるとは思ってもなかったけども。


「殺す、殺す。」


「死ね、死ね。」


俺は人では無い何かを見ている気分になった。そう、例えるなら、ゾンビのような。目に光がなく、言葉の羅列が混乱状態にある。恨みでそこまでなるか、そう思っても、少し無理がある。異質に感じるこの現象にどうをすることが出来ない。しかし、この感覚を忘れていたわけじゃない。


『他にも神はいると言った。気をつけろ、狙われるぞ』と、その言葉を鮮明に思い出していた。こんな不思議な現象を神の力と言わず、何と呼ぶか。異端であり、異現象とも呼ばれるそれは、思ったより不気味だ。神の力を既に持っている身としても、やはり、神の力は恐怖や億劫であることを思い知る。何より、この力が世界に気づかれたら、それこそ、恐怖の支配だ。架空が正義となり、論理が悪となる。狂っているとしか言いようがない。


「操られている、のか?」


「死ね。」


その問いに答えることはない。いや、逆にそれが答えだとするなら、記憶を消去すればいい。運命触手を集中させ、彼らの頭の記憶を変えてしまえばいい。しかし、そんなことをしていたら、攻撃されるのも当たり前である。何とか、彼らの攻撃を防ぐ手段を探さなければいけない。


目先には、ハサミの先端が見える。相手の腕を掴み、目に到達するまでに止める。力いっぱいに払い除け、距離を置く。これで状況が変わることは無い。時間を先延ばしているだけである。せめて、奴らのカッターとハサミを取り上げることが出来たら、殺傷性がなくなって、考える時間ができる。ただ、近づけば、必ず攻撃を受ける。一か八か、それとも、計画性のない計画か。


「なっ。」


またも、カッターで目を狙おうとしてくる。それに怯んだ俺は少し体がよろける。完全に油断をして、ハサミを持った奴が後ろへと回る。このままでは、ハサミ打ちだ。避ける、避けないではなく、避けてみせるが正しい言い分だ。運命触手で奴らの攻撃を読めるが、それを避ける手段を思いつかない。未来を見たとして、それが本当のことになって、本当の事例だとするなら、止めることは不可能だ。同様に、決められた未来は防ぐことが出来ない。


闇に払うべきは、自らの意志である。


それが意志と言うなら、受け入れる覚悟は出来ている。すると、右手首から蛸の触手が出てくる。それは目の前のカッターを吹き飛ばし、相手を転ばせる。それによって、ハサミの方に意識を向けられるようになり、ハサミ持ちの奴を同じように蛸の触手でハサミを吹き飛ばす。


まさか、この状況に慣れたというわけじゃない。自分の右手から蛸の触手が出てきたら普通は驚く。それが普通だと、それなりに理解したつもりだ。言わゆる、神の力だ。運命触手のときよりは驚いていない。それほど、力に慣れてしまっている。この蛸の触手は俺の意志に従って動いている。つまりは今のところの武器だ。


「…シネ。」


奴らは武器を持たずとも、手を握りしめて、拳を作り、こちらに向かってくる。奴らに諦めがないとするなら、というより、ゾンビというのなら、人を殺すことに躊躇は無い。かと言って、俺は奴らを殺すことは出来ない。あくまでこの状況を正しい未来に戻すことをすべきだ。蛸の触手を奴らに伸ばし、体を拘束させる。これで動くことは出来ないだろう。


二人を同時に記憶を改ざんすることは難しいが、やらないと奴らがこんな様子になった理由が分からない。他に神の力を持つやつがいるなら、もっと理由を知るべきだ。最も、俺の秘密を打ち明けられる人物になりうる存在であることを認識している。しかし、もっと良い雰囲気で会いたかった。


意識を集中させる。二人の記憶が見え始める。おかしなことに、今、この状況になっているときの記憶は脳に記録されていない。つまり、自らの意思でこうなったわけじゃないらしい。それだけでも、十分な情報である。前の記憶を辿っていくと、ある人物に会ってからこの二人の記憶は記録されていない。


確か、誰だ。会ったことがあるようでない。テレビで見たことがあるとか、そういった類ではなさそうだ。セミロングの黒髪。パッとしないその顔に俺は少し疑問を持つ。何故か、なぜだか分からないが、嫌悪感を抱いていた。違和感とは違う。何とも言えない感情に整理がつくまで時間が掛かりそうであった。とりあえず、この人物に会った記憶を取り消して、別の記憶を貼り付ける。これで元の状態に戻るはずだ。


現実に意識を戻して、蛸の触手の拘束を振りほどき、二人の男子の安全を確かめる。気を失ってはいるが、命に別状は無い。それと、俺の目元のかすり傷もいつの間にか、治っていた。鉄骨に下敷きなったときも治りが早かったのは神の力のおかげか。今日は色んなことが知れたな。


右手首から出てきていた蛸の触手は右手首に戻っていき、姿が消えた。いや、収納されたみたいなものだ。多分、自分の意志でまた、蛸の触手は出せるだろう。運命触手と同じくらいの機能性は確かめる価値はありそうだ。とりあえず、今日のところは帰るとしよう。学校に長居するのも、あまり好きじゃない。




朝、学校に着くと、我がもの顔で柳が俺の教室に屯っていた。


「どうだ?情報は聞き出せたか?」


「ああ、それなりに。」


「流石、天宮。俺が認めた唯一の男だぜ。」


「別に柳に認められなくても、大した問題じゃない。そもそも、普段、朝早く学校にいないくせに、俺に情報を聞くためにわざわざいるのは何かとキモさを感じる。」


「うわっ、直接、懇切丁寧に直球に言いやがった。心が痛むわ。」


「…信用される気はあるから、嫌というわけじゃない。とりあえず、島莉さんの情報をお前に伝える。」


「悪いな、天宮。今日は頑張って、島莉さんと話してくるから。」


こいつは自分の立場を一度は理解したことがあるのか。スポットライトは常にお前についている。だからこそ、関係こそ持てば、スポットライトを同時に浴びなければならないのだ。島莉さんもそれを理解しているから、柳が一人の時に話しかけたのだろう。


「それはいいんだが、俺の情報がなくても、金の貸し借りがあるならそれで関係を維持することだって可能だろ?」


「それもそうなんだけどよ、今更、話しかけんのも何とかって感じなんだよ。金はすぐさま返さないといけないのに持ち越ししてるのも流石にやばいよな。」


その自覚があるなら、とっとと返してこいと、心の中で思うことにした。口に出せば、もっとやるせなさが悪化するからだ。今日は柳を鼓舞させる気で生きていく。


「でも、いつでもいいって言われたならいいんじゃないか?」


「とは言ってもだな。俺は貸し借りの関係はあんまり好きじゃない。だって、それは仮の存在でしかないんだからな。」


そう言われると、俺と海波さんの関係を言われているような気がした。貸し借りの存在とは、常識的な観点では契約された言葉の約束でしかないからだ。サインをすれば、その関係においての繋がりになる。そのサインさえあれば、どんな関係でもいい。子供の口約束よりも、祈られた言葉の約束だ。柳が嫌うのも無理はない。


「一理ある。だから、こうやって俺に情報を聞いてこいって言ってきたのか。納得はいく。」


「なんか、馬鹿にされている気がする。とはいえ、これで貸し借りの関係は終わるんだ。天宮には金メダルをくれてやるよ。」


「いらないんだけど。」


「そこはのってくれよ。」


柳の勇気ほど、恐れるものはない。一度、決めたことは必ずしもやりそうだ。


「どうやら、島莉さんは恋愛小説が好きだそうだ。」


「恋愛小説かぁ…。あんまり読んだことないな。」


男子が恋愛小説を読むことはあまりない。漫画なら、いくつかの色恋沙汰の表現は見られるだろうが、言葉の数々から出る小説の恋色は男子にとって、こそばゆいものだ。比較的の話であって、男子だって、それを好んで読む奴がいる。柳が当てはまるか、一生の賭けだったが、少しは読んだことがありそうだ。


「あんまりってことは、読んだことはあるんだな?」


「本当に暇なときとかにな。後は恋してぇって思うときとか。」


「じゃあ、それを起点に島莉さんと話を盛り上げていけばいい。趣味が合うってのはかなりの戦略が広がるってものだ。」


「戦略…天宮は恋をなんだと思ってるんだよ。まぁ、話が合うのはいいことだよな。」


「そして、好きなタイプが分かったぞ。」


「おお、やったぜ。」


「''基本的に優しい人''だとさ。」


抽象的なのは分かる。でも、それが島莉さんの恋の行方になるのだ。それが柳の行方に交じるとは限らないし、願うはそれだ。ただでさえ、好きという感情表現を汲み取るのが難しいと言うのに、それが抽象的な答えだったら、やはり、余程の難解を求められている。しかし、優しいという部類に入れば、必ずしも好きなタイプに入る。ああ言えばこう言うとも言うが、簡単な答え、もしくは、楽な答えを探すのが人間の通りである。


「…なぁ、俺って優しいか?」


「俺みたいな奴とつるんでいる時点で優しいと思う。」


「そう言われると、普通に喜べないんだけど。」


「まぁ、喜んでくれ。俺は少なくとも優しいとは思ってる。それか、確証が持てないなら、バスケ部の奴らにも聞けばいいだろ?」


「確かにそうだな。やる気出てきた。」


やっと、柳の恋物語は二章に入る。




天宮の友達の柳一郎は今、絶賛、困っていることがある。人に言うほどの困り具合ではない。そう、人に言っても、自分で頑張れよと言われるだけの悩みだ。でも、人の気持ちを理解するのは難しい。頑張れと言われても、何も出来ないのが、この悩みだ。頑張れという言葉を平面的に考えれば、言葉としての意味でしかないということ。立面的に考えれば、内容がないものの言いようということ。


何を言いたいのか。それは、頑張れという言葉は無責任な言葉であること。ネガティヴ思考とは、自分の身を守るための言い訳だ。そして、今はそんなことより、自分の悩みに向き合うべきだ。友達からの頑張れがどんなに俺にとって重いか、天秤にかけられている。


ああ、悩みとは、あの島莉さんに話しかける勇気だ。天宮にはあんなふうに言ったものの、俺は内心、ビクついている。しかし、恋というのはその勇気が必要であることを理解している。俺自身がそうだからだ。息を整わせて、平常心を装う。あくまで、普通を装うんだ。


「島莉さん。金、返しに来たよ。」


「えっ、あっ。ありがとう。」


手に持った小銭を島莉さんの手に乗せようとする。すると、十円玉が手から払い除け、床に落ちる。


「あっごめん。」


「う、うん。」


心臓がバクバクと鳴りながらも、十円玉を拾い、ゆっくりと島莉さんにあげた。


「これで合ってるよね、金額。」


「…百二十円、うん、合ってるよ。」


「えっと、急にだけど、島莉さんと話したいことがあるんだけど…いいかな?」


「うん、いいよ!」


前髪で隠れていた目が見え、可愛い笑顔が俺の方を覗き込んでいた。あのときと同じ、ドキッとする感覚で感傷に浸っていた。この笑顔を俺のものにしたいと思ったのは、独占欲がうずうずしたからだろうか。そうとして、この笑顔を大事にするというのであればそれも違う。誰にも見せたくないというのが今の心境だ。


「柳君も、恋愛小説読むんだ。」


「おう。最近は『今日好き』とかを読んだな。」


「王道だねぇ。私は『君の膵臓をたべたい』とかかな。」


なんていうか、なんというか。心がとても清い。いや、自分で何を言ってるかは分からないが、滝修行のような洗礼された精神をより浄化していく気分に陥る。でも、滝修行を受けたことはない。恋を理解するには、恋をするべきである。当たり前のことだと思ったが、尚更、それが身に染みてきた。誰にも邪魔されたくない気持ちが、自分が物にしたい時間が次々と湧いてくる。ずっとこの時間が流れればいいと、そう思うほど、恋に依存していく。暖かい気持ちや豊かな気持ちを同時に浴びていくような感覚を、刺激を強く、弱く、交互に心に来る感覚を忘れずに閉じていく。


まるで、自分が自分じゃないほどに、この時間を楽しんでいた。


「…来週、ゴールデンウィークだろ?一緒に映画見に行かないか?」


「賛成!私、見たいのあったんだ。」


「じゃあ、決まり!その…出来れば、連絡先教えてくれない?」


「私のなんかので良ければ!」


島莉さんは他人を疑うことなく、心ありきで連絡先を交換してくれた。島莉さんの性格を否定していたわけではなかったが、自分の中の島莉さんがそこにいると分かると、気分が高揚した。性格がいいとまでは言わなくてもいい。でも、今、目の前にいるこの島莉さんは俺の理想であった。


「それじゃ、またな。」


「うん、また今度。」


あっという間だった時間は、''また''という二文字で再喝される。それはあまりにも、お釣りが来るぐらいの簡単な言葉である。それゆえ、その言葉が壮絶な訳では無い。鬱という感じを思い浮かべても、平面上の意味として捉えられる、あるべき姿でしかない。画数が多いからこそ、立面的でも、あるべき姿になる。言葉の釣り合いというのはこういうことを言うんだと思っていた。


しかし俺が体験したのは、時間というのは簡単な言葉で戻ってくるというもの。こんにちはもさようならも、どちらもその時間が戻ってきた上での魔法の言葉だ。そして、''また''はまた会いましょうという、願いを込めた言葉であることを象徴している様だった。


ふわふわとした感覚で、体育館に向かうと、山名に出会った。


「その様子だと、成功したみたいだね。」


「あ、ああ。」


「ちょっと、大丈夫?」


「いや、うーん。言葉に出来ないものの言いようってあるよな。」


「例えば?」


「好きとか、嫌いとか。」


「なるほど、これは余程の重症だ。」


「何でだよ。俺が変なこと言ってるのか?」


「別に変では無い…とは思う。ただ、柳らしくないなと思ったから。」


「それはそうだな。少し浮かれてたわ。」


「でも、ゴールデンウィークにデートの約束が取れたとみたよ。」


「大正解。映画を見に行くことになった。ついでに、連絡先もゲットだ。」


「お、順調だね。僕もちょうど、映画を見に行くことになったんだよ。」


「そうだ。山名に聞きたいことがあったんだった。」


「何かな?」


「服装についてだ。」


体育館の入口まで着き、ロッカールームに入り、山名がロッカーを開けようとした瞬間にそれを話した。山名はロッカーを開けながら、部活のユニフォームを手に取る。


「僕が言いたいのは、好きなものを着ろってのがいい文句なんだけど。初めてのデートっていうのは第一印象が大事だと思うんだ。例えば、バスケはどういう色が主流か分かる?」


「えっと、赤とか、オレンジとかか?」


「そう。そう思われるほどに、バスケの色は印象づけられている。同様に、柳の私服がそうであるかのように振る舞わなければならない。白と黒、青と黒、白と黄色。これらを最初の値だと仮定させるんだ。」


「俺がこういう色って言えば、納得するようなものを着ろってことか。ファッションセンスが磨かれるな。山名はどういうのを着るんだ?」


山名はユニフォームに着替え終え、ロッカールームにある椅子に腰をかけた。部活が始まるまでまだ時間があるため、休憩している。


「大して、ファッションセンスがあるかと言われると、ないというのが正しいんだけど。白と黒を使った服装にしているよ。」


「無難は白と黒か。俺に白と黒は似合いそうか?」


「うーん。柳はもっと派手にやった方がいいんじゃない?イケメンだし。」


「と言われてもだな…。」


イケメンとはよく言われるが、自分でそれを理解したつもりは無い。顔がいいという意味でも、自分ではそうは思わない。逆に、完成しきった顔は怖いとも言えるのではないかと、自分の顔をあまり見続けることは出来ない。


「ジーンズに、白い服なら似合いそうかな。」


「とりあえず、山名に従ってみるか。」


「僕の自論でしかないけど、絶望的な服装じゃない限り、人の服装をバカにすることは無いよ。みんながそうというわけじゃないけど、島莉さんは決してそういうタイプじゃないはずだ。だから、安心して柳は自分に合った服を選べばいい。」


「ありがとな。」


安心させるためにそう言ったと言わんばかりに優しい言葉だった。誰もが優しいとは言わない。でも、服装をバカにするなど、最低限の性格は持ち合わせない。島莉さんがそう思うならそうではなくて、世間体から、そう思われるならそうだ。これは優しいではなく、常識からした配慮だ。何でもかんでも、好きに許すわけじゃない。なんやかんや、俺は島莉さんを模範的人間だと勝手に思ってしまっていた。俺は多分、意識的に正しい人間だと思いたかったのだ。



気分上々の柳を見るのは、ここが収めどきか。そんな平和戯言を言ってるのもつかの間、教室のドアが強く開けられ、そこから、男子が飛び出してきた。


「マジか。」


生気が感じられない。ゾンビのような様子。言い表しなら知っている。デジャブ、と言うやつだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━お久しぶりです

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