十話 恋という名の謎解き

全ての人間が私利私欲のために生きているかと言うと、そうではない。それは自分の目的を知った上で、行動しているからだ。


だが、この私、役常相は私利私欲が本能として、目的として与えられていると考えてきた。私はこの世界の全てを知りたかった。全てを知ることが、この世界になりうる、人間ということを私の中で志した。


小学校の頃から、熱心に勉強をしていた。勉強すれば、全てを知ることが出来ると思っていたからだ。


しかし、小学二年生の頃、クラスメイトに言われた言葉で私利私欲は揺らいでいった。


「勉強で、全てが知れるわけじゃないんだよ?」


子供ながらに、これは単純に嘘だとはっきりと自覚した。勉強をすれば、頭が良くなり、全ての謎を解き明かす鍵を手に入れるのだ。私はそれを信じてやまない。否定する奴らが間違っている。


その言葉がトリガーになったのかは分からないが、私はあるニュースを見て、疑問に陥った。''未解決事件''というのは、誰も犯行の真相をつかめることが出来なかったということだろうか。だとすれば、私は全てを知ることは不可能ということ。


ありたっけのことを考えた。感化するのを自ら否定し始めた。しかし、本や新聞、インターネットでは、未解決事件、怪奇現象など、あらゆる事柄に不明が称されていた。


私は気づかされてしまった。無意識的に気づきたくなかったこと。どんなに勉強したところで、全てのことが分からない。分かるわけがない。そう、気づかされた。どんなに偉い人も、分からないのは、分からないのが常識である。全てが全て、知ることは無い。


そこからというものの、私は勉強をやめた。私利私欲のために、それは過去と選別された未来だ。小学校、残り四年間は凡人としてあり続けた。失望したとまで言わない、それが全てを知るためのきっかけになるものであったからだ。


あのときに気づかされなければ、中学受験をしていたと思う。周りから高く評価される学校で、そこでまた、必死に勉強して、全てを知ろうとしていたことだろう。さっきも言ったようにそれは気づいていない、選別された未来であること。今はただのもぬけの殻。


しかし、中学三年生後期に一つの希望が訪れた。いや、希望より遥かに逸脱したものかもしれない。


私利私欲のために生きてきた私は、気づかされながらも、図書室で本を読むことに明け暮れていた。全てを知ることに繋がる訳でも無いのに、知識だけをどんどんと取り入れていった。狂った雑学者という言葉が似合うほどに、知識だけの存在となった。


その時、誰もいない私一人だけの図書室に一人の女が現れた。


「面白い人間だ。私利私欲のために生きているとはなかなかのものだな。」


神々しい見た目をした女は、外見より、少しオラついている感じを受け取った。にしても、後ろからライトを帯びているような輝きである。


「あ…あなた、誰?」


「私はムネモシュネ、記憶を司る神だ。お前に神の力を与えてやろうか?」


女、いやもう、こんな呼び方はやめよう。女神はそう質問した。神の力など、到底、信じられない言葉である。全てを知りたい私にはそれもそれすらも必要な知識だったはずのに、そのときはかなり冷静でいた。


「全てを知りたいって、よく分かるぜ。当たり前な事象を教えられても、それは知っていると断言出来る。だって、それは当たり前のことだから。それは全てではない、ただ当たり前だと思ったものがそれ故に伝えているだけだ。」


女神は私がいいたいことの全てを言ってくれた気がした。確かにその通りだ。あの現象もこの現象も全部、知っている。分からなくは無い。だからこそ、全てを知ることは出来ない。私利私欲がそれを拒んでいた。それがストッパーになっていた。


「だが、私が目の前に現れたのは''知らない''ことだ。普通、何事もなく、ここに現れることは不可能だ。ましてや、マジックでも分かりやすいタネを見せているだろう。」


女神がこの空間にいること自体が全てを知る根源である。冷静でいることをやめて、神の力というものに興味を持った。当たり前だった、と思っていたものは、異現象の一部になった。これは誰もが説明することは出来ない。証明されることもない。これが私利私欲のための、全てを知るための鍵となる一歩だ。


「神の力とは?」


「自己紹介で言ったように、記憶に関しての力をやろう。力を与えれば、他人の記憶を見たり、変えたり、消したりできる。」


「それはすごい。他人の記憶を見る…。」


「そうだ、それだ。人間は何でもかんでも、理由に基づいた論理を求める。それで、知的好奇心など言うなら、それはまるで分かっていない。だが、私の力を聞いて、君は驚いた、そして興味を持った。それこそが知的好奇心だと言える。」


女神の言うことは正しく感じ、間違わないことを知らないと勝手に決めつけた。決めつけなくても、女神は女神であり、人を遥かに凌駕した者だ。間違ったことは言わないだろうと確信づいていた。


「あっ、言い忘れてたっ。完全記憶能力も備わっているぜ。見たもの全て、覚えることが出来るものだ。」


でも、もの足りないという顔を当時したのか分からないけど、女神はこう言った。


「他人の記憶を読み取るのを続けていれば、いつしかこの世界中の記憶を知ることが出来るだろう。そして、納得する理論を破壊しろ。どうだ?神の力を受け取りたくなったか?」


迷わず、迷っておくべきだった選択を傍から見ているように今になって感じる。でも、どんな自分でも、神の力を受け取るだろう。私利私欲のため、自分が欲しかったものがすぐに手に入ることが出来るからだ。傍から見ても、迷っておくべきだと感じても、それが一番の選択肢だったわけだ。


「受け取ります!」


その選択に幸あれ。それは狂った雑学者からの告げだった。


「脳が焼かれないように注意しろよ?」


女神は人差し指をこちらに向けて、先端から光が顕になる。それは美しく、星を見ている気持ちになった。自分の命と照らし合わせているようで、心地がいい。


しかし、それ以降の瞬間、一気に不快感を覚える。今までに経験したことの無い感情が沸き上がり、体がよろめき始める。地面が揺れているような感覚を体感し、いても立ってもいられなくなった。体が横転した時、机に足が当たり、置いてあった本が一斉に私目掛けて落ちてくる。


本はパラパラと数ページめくれながらも落ちてくる。その数ページにわたる、文字や絵を脳に刻まれ、潜在意識に乗り込められる。思い出さなくても、思い出せる。とても不思議な感覚だった。感化されていた意識が徐々に戻る。スローモーションのように落ちてきた本は既に布団のように私を下敷きにしていた。


起き上がった頃には、女神はいなくなっていた。今のが現実。受け止めきれるには様々なことを置いてけぼりにしなければならない。さっと拾った本を速読と呼ばれるほどの、ものの三秒で読んだ気になる。しかし読んだ気になってはなく、本の内容を細かく思い出せる。どこで、どこに文字があるのか正確に分かる。


これが神の力。これぞ、神の力。




受験を迎えるその一週間前。安定した進路を決めた私は、完全なる自我を持っていた。だが、それは悲劇に終わった。朝、学校に行く途中に交通事故に遭遇した。思わぬ出来事に私は笑ってしまった。痛いと感じる前に笑ってしまったのだ。神の力の副作用だと、私はそう信じることにした。


相当な高校の受験を受けることは出来なくなった私はそこそこな高校に入ることになった。別に今は神の力があるために、どんな学校でも知識は増やせる。頭が悪くなる方が難しい。


高校に入ってから、友達になる人、全員の記憶を見た。面白いと思うものやつまらないと思うもの。全てが見透せる。私は神に等しい人間だと、そう感じることが多くなった。


そして、私はある出来事により、考えが少し変わった。いや、実質的な意図は変わってはいない。目的もそのままであることは確かだ。ある出来事、入学式から話題になっていた彼、柳一郎。イケメンで、優しい。そんな肩書きだけで私は惚れてしまった。言わゆる、一目惚れ。初恋の人だ。完全に心を奪われた。見事に感化されてしまっていた。


恋というものも誰もが結末を知ることが出来ない謎の一つだ。私が思うに、恋愛というのは謎解きに近いものだということ。例えば、人と人との距離や人の趣味嗜好の受け入れ具合など、これら全て、自ら探し出さなければならない謎の一つだ。謎が解き明かされることで、結びという出口に繋がる。これもある意味の知的好奇心を表している。誰かを好きになるかなんて、自分に好意を振りまかなければ始まらないことだ。


それは意識的に、無意識的に発動されていることは分からない。人には人の目的があるために、他人のことなど、興味を持つ上での関係だ。それ以上に恋というものは奥深いとも言える。


柳君。私は彼のことを知りたい。だから、記憶を見ることにした。しかし、世の中、上手くいかないことが多いとは言う。それは神の力を持ってまでしても同意見だ。記憶を見ると、柳君は島莉花のことが好きだと分かってしまった。


とは言うが、私は他人の記憶を改ざんすることだってできる。人の好意など、言うなれば、人の感情を変えることだって可能だ。私が私であるために、彼の記憶を変えてしまえばいい。好きとか嫌いとか、私にとっては感情論の成り行きに過ぎないのだ。


いや、私の良心、まぁ、自分が非道的な行為をしようとしているのは解っている。柳君には悪いと思うし、勝手に好意が私に向けるのは何とも不愉快だろう。だから、柳君本人を変えずにやってしまえばいい。これなら良心を痛まずに済むし、彼は私のものだ。記憶を見れる私には、記憶を変えなくとも、行動を変えることだって出来てしまう。私からではなく、その人自ら変えることが出来たら、良心は傷づかないだろう。それは私がやっているのでは無いのだから。


柳君との接触を図るために、記憶を読み漁った。すると、とある有名人物との関わりが見れることが分かった。それは''天宮公''と言う奴。


天宮公、彼はこの学校でのある意味の有名人物であり、私が危険視している一人の男子である。柳君は彼に恩を感じているようで、成り行きで友達になったらしい。ある意味の有名とは、一人の女子を脅そうとしていたことが原因になっているんだそう。しかし、私が記憶を見る限りでは、そんなこと、一切やってないのが通りになっている。


つまりは彼を陥れた誰かがいるということ。可哀想とは思わなくは無いが、助ける気もない。今は柳君のことに集中したいから。


と思っていた矢先、その事件は跡形もなく終わり、誰かの介入によって免れたようだ。事件の真相を知ろうとは思わないので、深堀はしなかった。しかし、柳君との関わりを持ちして、天宮公との切ってはきれない関係に私は苛立ちを覚えていた。


そこで、ある一つの計画を思いついた。柳君と天宮公、それと共に島莉花の関係がめちゃくちゃになる方法である。これが成功すれば、私は私利私欲に、自分に勝てる気がした。なぜ、今更に自分との勝負を始めるのかと思いもしたが、恋との決着ということで話の蹴りをつけた。


柳君が天宮公に恋愛相談しているのを見て、私は思い至った。島莉花に接触することも出来たし、必ず、天宮公は島莉花に関係を持とうとするだろう。記憶を見れる私は既にカードを手札に置いている。




めんどくさいやつだ。天宮公、奴は自分の我を貫いて生きている。あの事件もこいつではなかったらもしかしたら死んでいるのかもしれないと思ったほどだ。偶然を装った天宮公との接触はあまりにもわたしにとって無謀なことであった。しかし私は神の力を使って、世界中の私という認識を緩めていた。


どういう意味か。もし、私が私以外の者に会ったとしたら、その他の奴らは私を認識する。これは記憶及び、脳が目に見えたものを覚えているからだ。人間は一週間過ぎてしまうと、脳で覚えたであろう、物や名前は薄っらとした記憶になる。ただ、完全に記憶を消されることはない。もう一度、私を見たり、直接会うことがあれば、記憶は再起動し始める。


が、私の認識を緩めるというのは、再度、私を見たり、会ったりしても、私とは初めましての存在になる。いつ会っても、いつ見ても、私という記憶を消してしまい、私という認識を甘く判定する。カードはもう、攻撃をし始めているのだ。


つまりは、天宮公が役常相に会ったという記憶は消されて、私という存在を認識出来なくなるのだ。もし、私が怪しい行動をしたとしても、完全犯罪が可能だ。私が関わる全ての事象は都合のいいように解釈される。


別にその説明は無論、私が分かっているから言わなくてもいいことだ。だが、天宮公はこいつはやばいと、私の心の内からそう言っている。何かを抑え込まないといけない、何だ、何かって。でも、私には分からない代物だと思う。その何かとは、胸のざわめきの正体でもあり、それ以外の感情の喚きが強くなっていく。


私は興味を持ってしまい、天宮公をいつの間にか、追いかけていた。


この何かを知るために、彼の記憶を見る必要がある。天宮公が考えていることを確認して、奴らに花を持たせようではないか。


記憶を見ると、薄暗い空間にいることを自覚した。辺りは何もなく、ただ暗い地平線が続いているだけ。いつもなら、記憶を見たら断片的に記憶が私の頭に入ってくる。しかし天宮公の記憶が一切、脳にインプットされない。誤作動、最初はそう考えたが、機械的な面がない、そもそも、神の力なんて、科学的に証明出来ることは無い。


思考を駆け巡っても、この状況を説明することは出来ない。この私でもだ。そうだとしても、天宮公は何も考えていないことになる。私が記憶を見れないということは、相手は思考すら、ましてや、記憶すらしていない。


しかし、前にこのことは解決した。入院していた際、近くにいた赤ちゃんの記憶を覗き込んでみた。すると、白い世界が広がっており、本当の本当に何も考えていないことになる。記憶は僅かに残されてともいえど、それが些細な記憶であることは確かだ。


つまり、天宮公は何も考えていないのでは無い。なら、これは何だ。私は理解しようがない。まだ、私は知りたくても知れないことがたくさんあるのだと、自ら望んでしまった末路だろうか。途方もない赤黒い世界を私は細々と歩いていた。


すると、一気に何かに感化されている気がした。いや、''見られている''という感覚に近い。例えば、試験中に試験監督がこっちを見てなくとも、常に気を貼り続けなければならないのと同じ、監視されているという気分になる。


どれほどまでに、それが苦痛を強いられるか、私には計り知れない。息が荒々しく、はぁはぁと、耳にも聞こえるほど鬱陶しい。


歩きついて、歩き。私はあるものを見た。これは現実とは違う何かだ。だから、何かって何なんだ。私が言う、それは私が理解出来ないものだ。自らが言葉にしても、その言葉が意味を持つことはない。今から言う、その何かは私が言うまでもなく、紛い物であることは確かだ。嘘から出た誠。それよりも、虚言の集いで出た真実だ。


あるもの。それは''タコの目''だった。巨大であり、私をじっと見つめている。見られているというのは間違ってはいなかったらしく、私のことを壁が筒抜けるほどに見ていた。不快感が増す。息の荒さも、限界まで達していた。


「記憶を見ているな?」


すると、この世界全体に重複された声が響き渡る。私はそれを聞いて、より、強く気分の悪さが目立っていた。


「誰…。」


「お前が知ることでは無い。神の力を使って、記憶を見ようとするのは何とも悪趣味なものだ。」


その言葉に少し腹立ちを覚える。私は選ばれた存在なのに、なぜ、咎められなければならないのだ。


「私は選ばれたんだ。記憶を見ることを世界から認められたんだ。」


「ふむ。我はその考えに肯定を持つことをせず、否定を持つこともない。だが、深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。同様に我はずっと、お前のことを見ている。この人間の記憶を見ることは無いだろう。」


「…まさか、天宮公は神の力を?」


「我が言うまでもなく。」


その後、私は急激に目眩がした。体を何回も回されたかのように、世界が回って、立つこともままらない。あのときに似ている。このまま、ここに居ても、何も変わることは無い。ただ、天宮公が神の力を持つことを知った上、私がやることはもう決まっていた。もはや、神の力を持ってまでして、やらないことはない。私が私のためにやるべきことは、こんなちゃっちいものではない。有耶無耶に縦横無尽にやること全てに全力を注ぐべきだ。


細かく刻む必要はない。やれることをやるだけだ。canよりdo、それが運命になる。




私はいつの間にか、図書室のドアの前で座り込んでいた。息も荒くなく、不快感を後味に感じる。まだ、天宮公と島莉花は話し込んでいて、私という存在に気づくことは無かった。ただ、今回で得られた情報は天宮公は私にとっての危険分子だ。さっきも言ったように、こんな遠回りなことをせずに、直接的な行動に出ることが一番、手っ取り早い。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━忙しい日々が続いております

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