七話 イケメンクオリティ

「脅しているのは、誤解だったんだ。」


山名には、この状況になった経緯を話した。柳が信じていてくれた事もあり、山名は俺のことをすぐに信じてくれた。しかし、柳がいなかったら、信じてはくれないだろうと弄れ理論を頭の中で生成していた。山名だって信じたいと思うし、信じたい気持ちが胸にあるのかもしれない。だが、世は人の意見を食い荒らし、その世と同じ意見にされる。正しく、これは同調圧力だ。都合のいい選択をして、都合のいい解釈をする。それが人間と世の圧力だ。


「だとしても、そんな性悪な女子がいるなんて、怖いな。」


「性悪って…山名も結構言うな。」


柳がゾッとしている顔をする。


「まぁ、いずれにせよ、その女子と関わらないといけないんだ。覚悟しといた方がいい。」


「なんか俺たち、ラスボスに挑んでるみたいだな。」


勇者御一行ではないんだよ、柳。


「それで、伝の話を聞かせてくれ。」


「そうだったな。」


柳は椅子に座り、飲み物を口に含む。ゴクゴクと喉越しのいい音がして、余程喉が渇いていたのだろう。飲み物を椅子に置き、ゆっくりと話し始めた。


「浜名さんは中学生の頃、高嶺の花っていうレッテルが貼られていたらしい。」


「高嶺の花ってレッテルなのか?」


高嶺の花っていうのは、近づけない程の美人という意味であり、俺の認識では褒め言葉だ。


「うーん、簡単に言えば、美人いびりって言うんだろうな。あの人は美人だからイケメンしか好きじゃないゲス女だとか自分が一番可愛いと思ってるだとか、つまり、勝手な思惑、偏見だ。」


高嶺の花というのを皮肉にして、浜名さんをそういう奴だと認識させた。またもや、同調圧力か。美人をそう思ってしまうのは、世の理なのかもしれないが、話さずに勝手に決めつけるのは人間の悪い所だ。行動力のある人間がそのいびりを開始すれば、ある程度の地位を獲得できるし、美人のイメージを下げることも出来る。嫌な一石二鳥だ。


「それで、あんなにねじ曲がった性格になったんだな。」


「でもよ、これって一概に浜名さんが悪いわけでもないよな?」


「…確かに、環境が環境だもんね。」


柳と山名は浜名さんが悪いとは思えなくなったようだ。画して、俺も浜名さんを悪いとは思えない状況になった。俺も中学校でいじめを受けていたし、偏見なんてありまくりだ。俺は何とか耐えたし、今は神の力でどうにかしているわけだ。耐えられない人も中にいるはずだ。耐える人が偉いとか耐えられない人が偉くないとかそういう話では無い。個人差なんてものは全てにおいてある。だからこそ、浜名さんはそんな考えしか出来なくなってしまった。


俺と何ら変わりない状況だった。


「海波さんをあんな風に守るのも、自分がされた影響ってところだな。納得はいくが、少し話を聞いてくれたっていいよな。」


「わざとじゃなくて、勘違いなら別に大した問題じゃない。浜名さんにも弁解してもらえれば、こんな噂打ち消せるぜ。」


柳は立ち上がって、俺の肩を掴んで揺らしてきた。これは簡単に事が進めばの話。運命触手が浜名さんに異様な雰囲気で繋がっていたのを見て、考えざるおえなかった。


「天宮、良かったな。」


山名も俺の背中を叩く。考えていたから、少しビクッとしたが、元気づけられた気分だった。


「二人とも、あくまでこれは仮定だ。浜名さんは俺に話を聞かないかもしれないし、勘違いではなく、わざとこの状況にした可能性もあるんだ。」


「心配症だな、天宮は。俺の事を助けた時はあんなに考えて助けたのに、自分の時に限って、自分を見失ってどうするって言うんだ。自分が救えない奴は相手だって救えない。そうだろ?山名。」


「僕もそう思うよ。他人の言葉は自分より軽い、だからこそ、信じられるのは自分だけだ。自分を見失ってしまえば、自信も消える。」


「それとなく、俺は自身を消しかけていたみたいだな。仮定を証明するのが、俺の役目みたいだ。」


柳と山名はお人好しだ。さり気ない心がけが、気持ちとして伝わってくる。あまりにも温かくて、言葉が暖房のように心に打付ける。なんていうか、これが友達かという認識を改めさせる。悪者にならないというのも、こういうことに含まれるのかもしれない。


もし、この問題が解決したとしても、俺は浜名さんを救わないといけない。俺が救われても、彼女が救われることは無い。いじめられた過去は消えないし、それを作っている今は、傷つけられた心が動いている。そんなの、酷すぎる。


さらには、この一件で浜名さんを悪く思う奴も現れるはずだ。一人を一度、陥れてしまえば、その分、代償が払われる。神も人間もさほど変わりはしないということ。


「あ、わりぃ。俺、そろそろ行かないといけないんだ。」


「どこに?」


急に柳が焦りだし、荷物をまとめ始める。


「カフェだよ、カフェ。約束しちまったんだ。伝を聞く代わりに、カフェに一緒に行かないかってな。」


「だから、不条理だったわけか。悪いな、わざわざこんなために。」


「おいよせ。天宮は俺の大事な友達だ。さらに、俺の事を助けたんだ、お互い様だろ?」


「それもそうだな。早く行ってこい。」


「ああ、またな!天宮、山名!」


笑顔は途切れずに、手を振り、急いで駅の方へと向かっていった。去り際もかっこいいの

は''イケメンクオリティ''と言ったところだ。


「天宮?柳の前ではああ言ったけど、僕だって、心配だ。天宮が言った、''もし''は確かに起きる可能性がある。」


「覚悟しているつもりだ。実際には、分からない。分からないのが世界なんだよ。浜名さんだって、望んでいたのかもしれない。自分がこの立場になれたらって。自分を自分で慰めている。俺のことを見て、貶しているんじゃなくて、安心しているんだ。」


「こういう状況になったのは、浜名さんは悪いとは思ってないってこと?」


「思っている節はあるだろうな。だって、浜名さんが俺を見る時、少し怖がっていたようにも見えた。俺が怖いのか、こういう状況になるのが怖いのか。本人しか分からないけど。」


「それは安心だよ、天宮。浜名さんは安心しているんだ。僕だって、そんな状況になったら安心する。自分ではなくて、今見ている相手がそういう状況に追い込まれていくんだ。見てはいられないけど、酷く心が落ち着いてしまう気がする。」


「山名、俺はこの状況をどうにかしたいとは思っている。でも、もし、この状況をずっと変えられなかったら、そこまでだ。」


「そのときは、僕も共犯者になるさ。」


「おい、犯罪者の目で見るんじゃない!」


山名は笑って、一旦落ち着く。


「天宮、頑張れよ。」


「ああ。」


体育館から出て、夕日が完全に落ちた瞬間に駅にたどり着いた。


今までのことを考えて見れば、こういったケースはあまり無かった。自分が虐められたから、虐めし返そうと言う発想はなかった。いじめは自分を見ているようで、苦しくなる。どういったことでもあっても、人は人で生きて欲しい。切実な願いで、一生の願い事だ。




翌日の朝、俺は朝ごはんを早く食べて、学校へと走り始めた。浜名さんはともかく、海波さんがどう思うかは分からない。関わらないって決めてしまった以上、俺のやり方でやる方法を探す。柳や山名には悪いが、浜名さんを救う方法は他にはない。


教室に入り、海波さんが座っていることを確認する。海波さんを俺を見て、気まずそうな顔をする。俺もそんな顔をしていたのかもしれないが、今は考えている暇はなかった。浜名さんはこの瞬間を待ち望んでいるはずだ。海波さんと俺がいるこの教室が彼女の絶好のチャンスだ。


「やっぱり、諦めてなかったんだ。」


耳鳴りが聞こえる程、静かな教室。浜名さんはこの教室に入ってきた。


「なぁ、人の話を聞かないで勝手に決めつけるのはどうなんだ。」


「何?今更、弁明でもする気?」


「弁明も何も、俺は認めざるおえない状況だ。分かっているはずだろ?」


「何が、何が分かってるの?」


「中学校で、いじめを受けたのはお前だけじゃない。」


「何で、いじめの話になるの。私は別にそんなつもりじゃ…!」


「話を聞くことをやめて、自分が正しいと説得するのに、どれだけの時間がかかると思う?時間はかからない、簡単に納得出来てしまうんだからな。嘘はその場でつけるし、自分がそれを嘘だと分かるのは当然だ。俺が海波さんを脅しているように見えたのは、ただの妄想でしかないんだよ。」


「そんなの、私はあっつーを守るためにやったこと。私はあんたを陥れるためにやったんじゃない。」


「優越感に浸って生きたいなら、それでいい。でも、それで人が傷つくことに躊躇が無くなっているのはいいのか?」


「あんたは脅したから人を傷つけてるんだよ!人のこと言えないはず!」


「あー確かにそうだな。でも、それは脅しているという事実があった場合の話だ。海波さんは立場上、上手くは言えない。それを逆手にとって、俺を脅していると認識させ、みんなで俺のことを蔑む。そうすれば、自分だけはハッピーエンドで終わり、なわけ、あるわけない。」


「私は、私のためにやった事は後悔なんてしてない。あんたはあっつーを脅したし、私は優越感に浸りたいわけじゃない。皆がみんな、あんたのことを嫌っただけ。」


「そうさせたのはお前だ。浜名。」


「…」


「中学校の頃、お前は高嶺の花というレッテルを貼られた。それによって、みんなから嫌な女として危険視された。それは今のお前のような人物がそうさせたんだ。その人物がもし、善良だとするなら、お前のことをもっと褒め称える何かだったはずだ。レッテルではなく、正しく、高嶺の花として認められたはずだ。同調圧力っていうのは悲惨で、無慈悲だ。一つの意見で見方が大きく変わる。みんながそう思えば、そう思う世になってしまう。だから、一概に誰のせいでもないって言うのはない。」


「…あんたは何が言いたいの?こうなったのは、確かに私のせい。私は私なりに努力したかった。あっつーに近寄ったのも、自分が優位な立場になりたかったから。今では、ちゃんと友達として見てるけど、私はいじめられたくなかった。誰かにこの気持ちを擦り付けたかった。」


「それで、俺はお前の気持ちとして、こんな状況になったんだな。生憎、俺は中学校でこれ以上のことをされている。浜名の気持ちなんて、これっぽっちも理解出来なかった。」


「…っ。いじめられてたのに何でそんなに平気な顔をしてるの?」


「耐えきったからだ。耐えて、耐えまくった。」


嘘では無い。これは本当のことで、戯言でも、願い事でもない。


「どうやってっ!耐えたって言うの?!」


それは臆病から生まれる本音であった。自分には出来ないことを他人に押し付けるなんてものは他人事でしかない。俺には出来て、浜名に出来ないことは無いとも言いきれない。浜名は単純に、誰かと寄り添い会いたいだけである。


「どうやって、じゃない。俺はそうやって生きてきた。耐えたからって、いじめが無くなるわけじゃない。耐えたからと言って、自分は傷ついていないわけが無い。浜名と同じだ。結果は変わらないんだよ。」


「そんなの、そんなのって…。」


言葉が失う。そつなく、荒々しく。考えついた言葉を箇条書きで書いていたかのように、一つ一つが区切られている。


「私はただの馬鹿…。」


浜名は教室から飛び出ていくように走り出し、どこかに消えてしまった。また、この教室に静寂が訪れることになった。


「天宮君、これは独り言だけど、私は唯と仲良くしたいから関わった。いじめる気もないし、ましてや、優越感に浸りたい訳でも無い。あれを聞いて失望なんかしない。私はそうありたいから。」


俺と関わらないという言いつけを守り、独り言として俺に語り始める。


「天宮君には、どうやってお礼をしてあげたらいいのか、私には分からない。でも、天宮君がそうしたいということをしたいと思った。天宮君。ありがとう。」


それは何のお礼なのか、俺には分からない。しかし、心の内に秘めておくことにした。これが俺のイケメンクオリティ、なのかもしれない。

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