二章 架空と恋と

六話 挽回

記憶が消えていなかったことに多少の疑問はあるが、大体の予想はついた。


「お前の言う通り、力が弱すぎた。」


「神様か。」


「少し、自虐的過ぎたな。」


「何が間違ってたか、分からない。」


「…あの人間は、この世界を作った人間と言える。」


「どういうことですか?」


「今では、神様の存在は空想とされるように促されている。常識がそうであるように、人間が思えば、そうなるようになるのが世界だ。」


「神が現れなくなったのは、それが原因ですか。」


「己の芯にあるものは切り離すことは出来ない。あの人間はそれを持っているようで、神を信じなければ、信じないのが通りだと自覚している。」


「そんな人間が集まったのが、今の世界ってことですね。」


「神がいなくなっても、人間はやれることをやれるようになってしまった。だから、今度は常識的な違いを生み出すことにした。」


「それが俺ですか。」


「そうだ。しかし、違うとも言える。我はそのためにお前に力を貸したのでは無い。」


「何のために…ですか?」


「我はその神達を鎮めるためだ。」


「他にも神がいるんですか?」


「我がいるなら、他にもいるだろう?目には目を歯には歯を。」


「常識知らずには常識知らずを、ですか。現実味のない話ですね。」


「とは言っても、神はその人間特有の実説が唱えることが出来る人間に固執する。奴らはそもそも神に近い存在だからだ。」


「俺もその一人だから、力を与えたということですよね?」


「ああ。」


「これからどうしたらいいと思います?」


「それはお前自身で決めろ。我が決めることでは無い。」


そうだ、神頼みとは俺らしくない。あの海波さんの表情を見て、気が動転している。


「言うのを忘れていたが、力は使う度に強くなっていく。それ程、神の力は染み付いていく。」


力が一部になっていく感覚は確かにあった。別に悪いことじゃない。それが俺にとっての当たり前になっていくのだから。


「助言は一つ、言っといた方が良さそうだ。」


「何でしょう?」


「他にも神はいると言った。気をつけろ、狙われるぞ。」


そう言って、神は黒い煙に呑まれて家から消えていった。肝心なことを言わないのはどうなんだろうか。


それより、海波さんに言われた『悪者にならないで』を守らならなくてはならない。これは単なる願いでは無い。何か意図があるはずだ。


作られた理想郷に現実を見せるのは困難だ。俺に出来ることを今から探すのが手っ取り早い。


翌日、俺への視線の当てつけはかなり大きくなっている。昨日は、海波さんを帰らせるのに精一杯だった。海波さんをなだめながら家まで送るのはかなり疲れた。悪い気がしなかったのは美少女だからだろう。


さて、この状況をどうすれば、海波さんの思う理想郷に近づけるだろう。海波さんの思う理想郷とは俺が悪者にならない、そんな単純明快な理想郷だ。噛ませ犬から噛む猫まで成り上がればいい。


休憩時間になった途端、みんな、こそこそと話し始める。今までに比べれば、あまり心にくるものは無い。いや、もっと悪くなる気もする。


「天宮公って奴いるか?」


教室のドアを慌ただしく開ける奴がいる。それは見たことがある奴だった。


「あれって柳くんじゃない?」


教室がざわざわとし始める。そりゃ、人気者がここに来れば、場は盛り上がる。俺とは声援の色が異なっているんだ。


てか、俺の事呼んだのか。


「いますよ。」


「少し用事があるから来てくれ。」


こんなイケメンに指名されることなんて、今後においてないだろうな。


「で、何の用ですか。」


周りからたくさんの視線を感じつつも、廊下で二人で話す。陰と陽の密接具合が世界を壊さなければ、別に問題は無い。


「天宮、お前面白いな。」


唐突に柳さんが笑う。これは美少女の笑顔とは違う、コミュニケーションスマイルだ。


「何でしょう?」


「だって、同級生なのに敬語使うって。面白くないか?」


それはまぁ、確かに。俺が思うに、今までそうしてきたから俺の常識として認識してしまっていた。悲しくも、俺はそれが普通だったから。


「そうですね。」


「なら敬語をやめて、ため口で話そうぜ。」


この言葉はずっと俺の理想郷の辞書に書いてあった。あまりにも都合のいい展開かもしれない。こういうのをご都合主義とも言う。しかし、それは俺が目指した未来の順列。


ため口の方が話しやすい。そのただの理由に過ぎなかった。


「…分かった。」


「よし、じゃあ、まずは本題を話そう。」


コミュニケーションスマイルは第二形態へと進化し、常にスマイルとなった。


「俺と友達になってくれ。」


「は?」


今、なんて言ったんだ。


「だから、友達になってくれないか?」


いや、何を言ってるんだ。


「何で人気者の友達なんかにならなきゃいけないんだ。」


「人気者って言ってくれるのは嬉しいが、俺はそこまでだと思ってる。さらに、俺は天宮のことを理解しているつもりだ。」


理解しているつもり、それはただの独りよがりな意見ではないか。


「俺の何を理解しているつもりなんだ?」


「俺の事を助けたのは、''立場''をそのままにするのが目的だろ?」


思っているより、俺は柳のことを舐めていたらしい。この卑屈さの中に計画があったことが気づかれていた。


「…そうかもしれないな。バスケ部は廃部になってたかもしれないし、柳は迫害されている可能性もあったわけだ。」


「やっぱりか。そこまでされてといて、俺は何かをしないわけにはいかないだろ?」


「需要と供給ってことか?」


「言っちゃえばそうだ。俺はそもそも天宮と友達になりたいと言うのが本音で、建前がそれだ。」


「…柳はイケメンだけじゃなくて、性格もイケメンだったわけだ。」


「なんか…恥ずかしいな。」


柳はスマイルから照れ顔へと退化した。


「でもな、柳。俺はお前と友達なんかなれない。」


「何でだよ。」


俺は迫真の演技で、柳を困らす。理想郷というのは程なくして、ハッピーエンドを迎えたがる。


「柳のことを好きか嫌いかで言ったら嫌いだ。」


「じゃあ、何で助けたんだ?」


柳は不思議そうに俺の事を見る。確かに、柳を助けたのは理由があった。しかし、お前が好きかと言われたら、嫌いだ。面が良くて、性格も良くて、人生勝ちパターンが完成しているからとも言える。


「例え話をしよう。焼き鳥には派閥があるって知ってるか?」


「派閥って…タレと塩ってことか?」


「そう、タレと塩では味が違って、人の好みが別れるんだ。タレが好きな人は塩が嫌い、塩が好きな人はタレが嫌い、とは言いきれない。タレが好きな人は塩が食べられないとは限らないし、塩が好きな人はタレが食べられないとは限らない。これは好きか嫌いかじゃなくて、食べられるか食べられないかの問題だ。」


「天宮は食べられるか食べられないかの話ってことか?」


「そう、俺はお前のことは嫌いだけど、別に食べられないほどではないってことだ。」


「じゃあ、俺は心底嫌われているわけじゃないのか。良かった。」


「嫌われているのは確実なんだぞ?」


「でも、助けられたのは事実だ。俺は恩を仇で返す奴じゃない。それだけは知っておいて欲しいんだよ。」


「分かってるよ。別に軽蔑するわけじゃない。興味が無いんだよお礼とかに。」


期待を持っているだけで無駄というわけでもない。柳には柳なりの思いがあったんだろうな。


「でも、俺はお前と友達になりたい。メリットやデメリットが天宮にあるか?」


と言われれば、どちらもない。周りの状況に合わせれば、ここはYESというのが正解か。運命触手はかなり柳と繋がっていて、未来でも、俺はこの選択をYESと言っている。


「分かった、友達になる。でも、俺はお前のことを好きじゃない。」


「それでいい。俺はこれで恩を返したことになるしな。」


勝手な理想郷を作りあげたのは、柳で、俺はその理想郷の規則に従うことにした。従うだけであって、俺はそこまでの友情を感じてはいない。言わば、これは主従関係だ。俺が従う方なのは気に食わないけど。


「でもよ、天宮。お前はこんな状況でいいのか?」


何だ、主。


「天宮が脅したとは俺は思わない。だって、俺の事を助けたし、文句も言わない。でも、あえて、この状況を作った。俺はそう思うことしか出来ない。」


勝手に悪者になれと言ってきたのは、そっちだ。未来の順列での話だけどな。俺はこの作られてしまった理想郷に海波さんが傷つかない、納得のいくような現実を見せるしかない。脅し、脅され、つまり、嘘と虚無と非現実。


簡単に言うのなら、架空だ。


みんなの理想郷は分かっている。それが架空だと。これを作った、いや、この状況を作ったのは俺に当てられる偏見、空想が全て、架空に値する。


「今はそれでいいよ。柳が深く考えることじゃない。」


「俺も手伝う。人脈がある方がいいだろ?」


「…勝手にしてくれ。」


柳はかなりお人好しなんだな。柳は自分のことをあまりお人好しでは無いと思っていることだろう。前にも言ったように、こいつは言わゆる、無自覚カリスマという特質を持っている。俺が神の力を持っているなら、柳は人

の力を持っている。というより、この場合は人による力。


「まずはあいつ…えっと、浜名唯さんだっけか。」


名前を覚えているようで曖昧な反応。


「事の発端は確かにその人だよ。でも、その人をどうにかしたところで何か変わるのか?」


「そいつを変えるんじゃない。環境を変えるんだよ。」


「環境、か。」


人より環境に慣れれば、人間そこそこ生きていける。急に環境が変わってしまえば、死ぬ動物もいるようだけど、人間はそんなやわな動物では無い。俺でさえ、今のところ死んでない。


周りからは妬ましく、痛ましく思われているが、俺は柳のせいだと思っているので、大した状況じゃない。いや、間違えた、主のせいか。


「どう、環境を変えるんだ?」


「俺の評価はよく分かってる。自分で言うのもなんだけどな。浜名さんの友達の伝はバスケ部にいる…はずだ。」


主は多分、後先を考えないタイプ、というより、自分なら出来ると自信を持っている。俺は後先を考えないタイプを貶すわけでもないし、そういう人が嫌いというわけでもない。ただ自分には出来ると信じているやつは何様、まぁ、それとして、信じきることができないことに信じるという行為自体が矛盾を生んでいる気がする。言わば、信じるというのは、出来るからこそ信じるべきであり、出来ないのに信じるのはただの願望でしかない。そもそも信じるってことは既に誰かに願っている。だから、自信は自分自身に願っていると言えてしまう。


「頼むって言ったら荷が重いだろうな。ここは頼まれてくれ。」


俺は主に命令する。主従関係の違反では無い、ただの友達として。


「ああ、任せろ。」


ちょうどよく、学校のチャイムが鳴る。一斉に周りは座りだし、話し声や物音は静寂を迎えた。




放課後、俺はバスケ部に来ていた。この前のこともあったし、山名さんにはちゃんと無事を伝えておくべきだ。


「山名さん、この前はごめんなさい。」


練習で疲れている山名さんは息切れしながらも、俺の方を向いた。気にしてこなかったことだが、俺が脅しているという誤解に山名さんは踏み込んでいるんだろうか。だとしたら、俺はかなりのミスをしている。自分で敵を作ってどうする。


「あー、えっと。」


山名さんは周囲を確認しながら、俺と距離をとる。それは俺がそういう奴だと認識されてしまっているからだ。謝ることは出来たから、とりあえずはいい。


「よう!天宮。」


元気のいい声が山名さんの後ろから聞こえた。主はどこにいてもスマイルなんだな。


「それで、伝とやらは話し合いができたのか?」


「まぁな、なんというか不条理だけどな。」


俺から視線を逸らしながらそう言う。


「あの…。もしかして、柳と天宮君って…友達?」


「そうだぜ。いいだろ?」


「勝手に友達にされたから、俺はこれを政略友情と呼ぶことにした。」


「酷すぎないか!天宮って結構酷いことを言うよな。」


「思っていることを口にしているだけだ。あっ、取り留めのないことを口にしているだけだ。」


「それ、同じ意味に聞こえるんだけど。」


すると、山名さんは急に笑い出す。


「二人とも、お似合いじゃん。僕も交ぜてくれ。」


「おーいいぜ。同じ部なんだから仲良くしてくのは当たり前だろ?」


あー、なんとなく、なんとなくだけど、俺の日常が壊れ始めている気がする。本当になんとなくだけど。


「んじゃあ、山名にも手伝ってもらおうぜ、天宮。」


一人で進めていくつもりが、一人に勧められ始めている。出来れば、この二人には気づかれない方法も考えておくべきか。人が多いことに困ることはあまりないが、俺にとって、それは''余計''なお世話だ。


俺は山名さん、山名にこの架空の話をした。かと言って、この二人に海波さんとの関係がバレると面倒臭いことになりそうだ。海波さんには、忠告をしたはずだから大丈夫だとは思う。


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二章開幕です

二章は少しばかり長くなります

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