四話 不思議な人
さっきまで、知らない人の病室にいた。
なんで、あんなところにいたのかは分からない。けど、大事な何かを忘れているようでモヤモヤする。胸のざわめきが一向に収まることは無い。
高校では、友達も作れて、良いクラスに入れて、何不自由ない生活を送れていた。モヤモヤは消えないけど、楽しい生活のおかげであまり気にすることは無かった。
クラスには、入院している一人の男子がいる。入学式の当日、鉄骨に下敷きにされて入院する羽目になったらしい。意外にも、近くの工事現場で事故をしてしまったようだ。
その事を聞いた時、私は胸のざわめきというものが強く感じた。その道はある一部の人しか通らない。その一部には、私も含まれている。その道を歩いた記憶はあるが、不自然にも人の気配が全くしない記憶があった。
別に裏道でもないし、薄暗い場所でもない。広くて、犯罪なんて起こりもしなさそうな道だ。
この不自然感に私は悩まされることになった。その道を通る度、頭を抱えることになる。
入学式から一週間が経つ頃、入院していた男子が今日から復帰することになった。名前は天宮公。その姿を見た瞬間、私はハッとした。
あの病室にいた男子と同じ姿。
しかし、彼とは接点がない。中学校が同じなわけでもないし、顔見知りでもない。断片的な記憶が頭を痛くさせる。
「どうしたの?」
前の席の友達の浜名唯が尋ねてくる。少しオーバーなリアクション過ぎたらしい。
「なんでもない。」
冷静さを取り戻して、私は怪しまれないようにした。
昼休憩に、私は友達と弁当を一緒に食べることになった。入学式に仲良くなった唯と花、玲奈と食べることになった。天宮君は一人で食べている。入学式から一週間もここに居なかった彼は除け者になっている。
仕方ないことだ。だって、一週間で友達という輪が完成してしまえば、そこに入ることは困難。コミュ力がいくら高い人がいたとしても、その輪に入る努力は強く望まれる。私だったら諦める選択をする。彼も多分、そうなんだろう。でも、私は彼に興味をそそられていた。
「あっつー、大丈夫そ?」
玲奈が私に話しかけていることに気づいていなかった。そのぐらい、気にかけてはいる。
「大丈夫。最近、寝不足で。」
「乙女はちゃんと寝た方がいいぞ?」
唯が人差し指で、頬を触ってくる。
「肌に悪いからね。」
肯定するように花が言う。自分では思っているより寝ている方だ。嘘をついてしまったけど、彼を気にかけてるなんて言ったら騒がれる。
「ねぇねぇ、二組の柳っていう人かっこよくない?」
「えっ分かる。」
唯は柳という人を気にかけているようで、玲奈もどうやらそうらしい。
「バスケ部で超強いんだって。」
唯は柳という人を全て知っているかのように語る。
「えー。今度、見に行かない?」
玲奈は興味深々でそう言う。
「それはあり。明日放課後、部活見に行こ。」
唯がそれに賛成し、この空気は私も行かなければならない状況にある。
「あっつーも来るよねっ!」
やっぱりだ。私は顔で選ぶタイプではないと自分では思っている。客観的に見れば、そういうタイプに見られているかもしれない。しかし、イケメンというものに興味を持ったことは無い。この状況に肯定してしまえば、私はイケメンが好きだと公言することになる。教室には結構な人がいて、逃れられる状況にはない。
「うん、行こうかな。」
自分に嘘をついてしまったことを今更、後悔する負えない。
「花も行くよね。」
唯がそう尋ねる。
「あーうん。」
花も乗り気では無いらしい。
翌日の放課後、約束通り、バスケ部を見に来ていた。丁度、柳という人が試合をしていた。
「やばっ、かっこよ。」
「俳優も顔負けじゃない?」
唯と玲奈は盛り上がっていた。私と花は単純にバスケの試合を楽しんでいた。思ったより白熱した試合が見れているからだ。
「私、バスケの試合見るの初めてかも。」
「テレビで見ないの?」
「うん、あんまりテレビ好きじゃないから。」
最近の人はテレビを見ることはあまりないと聞くから、花もそういう人なんだろう。そんな話をしていると、場が急に騒がしくなった。
「見て見て!」
唯が興奮気味に私の肩を叩いてくる。見てと言われなくても、もう見ている。柳という人がボールをキャッチし、ドリブルでゴールに入れるところだ。
しかし、様子がおかしい。明らかに、ボールはゴールに向かってなく、どんどん上に上昇している。というより、私達に向かって飛んできている。
「えっ。」
花は身をかがめようとしていて、唯と玲奈は完全に柳という人に釘付けになっていた。つまり、花と私しかこのボールがこっちに来ていることに気づいていない。バスケットボールはかなり重い。さらに、こんな高さから降ってきたら相当な怪我をするのは間違いない。
打ち返す、そう思った瞬間には目の前に人がいた。
それは天宮君だった。天宮君は頭でボールを跳ね返し、体育館の床に打ち付ける。銃声のような音がして、周りが一気に静かになる。天宮君を見ると、頭を抱えながらフラフラとしていて、床に倒れてしまった。
「えっちょっと!」
唯がそれに気づき、声を上げる。私はこの光景をどこかで見たことがあって、胸のざわめきが微かに強くなっている気がした。
「だ、誰か保健室に!」
周りは焦りだし、野次馬が来る。私はすぐに先生を呼びに行った。
一通りの出来事は終わった。保健室に天宮君を移動して、ベットに寝かせている。柳という人が一緒に来てくれて、保健室の先生に状況を伝えた。
「そっか、今回はしょうがないけど、次から気をつけてね。」
「はい。」
柳という人、少し顔見知りにもなったので、柳君と呼ぶことにする。先生に少し説教されていたが、今回は単純に事故なのであまり大したことではなかった。
「それにしても、あいつ、すげーな。」
「ね、私だったら絶対無理だよ。」
唯と柳君は天宮君のことを賞賛しているらしい。私もそうだ。あの時、私は何も出来なかったのだから。
「頭でボールを返す発想はなかったね。」
玲奈が咄嗟に話題を出す。唯と玲奈は対抗心を築き上げている気がする。私の気の所為かもしれないが。今は絶好のチャンスと言えるだろう。柳君と話せる、余程の空間だ。
「確かにあの高さのボールは手とかで打ち返したら、絶対に怪我するしな。」
「次は失敗しないようにしないとね。」
「あいつには頭が上がらないよ。」
玲奈は唯に話す隙を与えず、柳君と話している。私はどちらかと言えば、天宮君が心配なので、二人のいざこざは関与していない。
「大丈夫かな、天宮君。」
花も天宮君のことを気にかけているようで、少し花に好印象を持った。でも、唯と玲奈の気持ちも分からなくもない。気になっている男子に話しかけるタイミングがあるとしたら、出来るだけ話していたいだろう。
「きっと、大丈夫だよ。」
私は天宮君の事を知らないのに知っているかのような口ぶりをした。胸のざわめきが体に広がっていく。
数十分が経った時、柳君はそわそわとし始める。
「ごめん。俺、部活行かなきゃいけないんだ。あいつによろしく言っといてくれ。」
柳君は部活を切り上げて、ここに来てくれていたからまだ部活は活動している。
「分かった。頑張ってね。」
唯がそう言うと、柳君は保健室から出ていった。私は少し気まずさを感じた。彼女らの熱意が冷めていき、自分がどれほど彼に対して話したのか自覚していく。
「貴方たちも帰りなさい。私が後で色々伝えておくから。」
保健室の先生はそれを察したのかは分からないが、状況を切り上げるように言葉を発した。私にとって、先生は救世主に見えた。
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