5.選択と代償

5-1 ホロウ・ホワイト

 夢を見ている。

 遠い昔の記憶を。

 俺の背丈がまだ随分と小さく、感覚も未熟だった頃の。胸の奥底に沈んだ、古い体験の記録を。




 白いもやが、世界を覆い尽くしている。

 幾つもの消えゆく鼓動と、燃えさかる火の熱量と、絶えてしまった生命いのち亡骸なきがら。それらからなる小さな世界を、覆い尽くしている。

 炎上した車両群から立ち上る煙は空高くまで伸びて、晴天の空を照らしているはずの、太陽の位置すら、わからないほど。


 その只中を、傷ついた身体を引きずって、歩く。

 助けを求めるために。

 車に縛り付けられたままの父さんと母さん。まだ鼓動が感じられる、けれど俺の小さな手ではどうすることも出来ない人たちを、この白い靄の向こうにいるはずの大人たちに、助けてもらうために。


 息が乱れる。身体が重い。何度呼吸を繰り返しても楽にならない。

 身体が血で濡れていて、火で炙られて乾いて、痛い、ぎこちない。


 ――かみさま。


 何も見えない空を仰ぐ。

 動いている影は自分以外にない。自分が、どれだけ苦しくても、みんなのために行かなければならない。

 果てしなく遠く感じられる道のりを、渡りきるための何かが、少しでもいいから欲しかった。


 閃光。噴き出す爆炎、黒い煙。全身の感覚が、熱さに上塗りされて、身体がごみのように飛ばされて、転がる。

 地面が熱い。全身に力が入らず、ただ空と向かい合うだけになる。


 白い空。世界を覆う靄は、差す太陽の光で輝いて、眩しい白色、虚ろな白色ホロウ・ホワイトを、この封鎖された、生命いのちの火葬場に降らせている。


 天の向こう、終わりの時を迎えたすべての生命いのちが辿り着く場所。その情景が、そこにあった。


 ――


 それは、我を忘れるほどに綺麗で、ぞっとする光景。

 先を、未来を、意味を、価値を、求める、生命いのち。そのみなもと。懐かしい原初の天。


 そこに、かみさまはいなかった。少なくとも、生命いのちの求めるは、何もなかった。


 いいものも、わるいものも、どうすればいいかも、ただしいかまちがっているかもない。

 世界は、だった。

 生命いのちが抱く願いとは何の関係もなく、ただ、だけだった。


 白い煙の向こうから、大人たちが駆け寄ってくる。

 ぼろぼろの俺が、まだ生きていることを知ると、大切なものであるかのように包み、運んでいく。俺の身体を、生命いのちの地獄から連れ出してくれる。


 けれど、俺の感覚は、あの虚ろで真っ白な世界に置き去りのままだ。

 無色の天。虚無の空。理由など何一つないまま、無意味、無価値に、永劫に存在し続ける、ホロウ・ホワイト。


 俺は、そんな世界のことを、


 ――■■たい。


 いつからかそんなふうに、願い続けるようになった。

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