館長の怖い噺

写真館にて

 。そう言われてきた写真館だが、それを「閉めよう」とは思わなかった。言いたい人には、言わせて置けば良い。ありもしない事をでっち上げて、それに「クスクス」と笑えば良い。「人には出来ない事」を「目指す」と言うのは、その嘲笑を気にしない事だ。自分の信念と芸術性に賭けて、その作品を信じつづける事である。


 写真館の館長は、その感性を重んじていた。興味本位でやって来た人達に対しても、その熱意を語っていた。彼は世間の人々になかなか受けいれられない事、「心霊写真」と言う世界に光を入れていたのである。


「この写真? この写真も、ですよ。つい最近に寄贈された物ですが、なかなか良い感じに撮られています。人間が殺される瞬間を、ね? コンマ一秒の割合で撮っている。それに撮られた被写体が、なのは残念ですが。この写真には、人の恐怖、絶望、そして、後悔が写っているんです」


 そう説かれた相手がどう思ったかは、それを見ていた人には分かっただろう。絶対に「怖い」と思った。誰が撮ったかも分からない写真を見せられて、「この人はおかしい」と思った。人間の狂気に触れて、その精神を「犯される」と思ったのである。観客は彼の説明に恐れて、写真館の中からすぐに出て行った。


 館長は、その姿を見送った。芸術にどんな感想を抱いても自由。彼の場合は、「この場所は、狂っている」と思っただけだった。そんな場所にずっと居たい人など居ない。彼のように「ヤバイ」と逃げだすのが、普通である。


 館長はそんな価値観を責めるわけでも、また怒るわけでもなく、ただ次々と出て行く来場者達の姿を見送っては、寂しげな顔で写真館の中に戻った。「まあ、仕方ない。『芸術』とは、そんな物だ。すべての人に」


 分かって貰う事はない。そう呟く館長に対して、「クスッ」と笑う少女……少女? あれ、いつの間に? 来館者達の姿はすべて、この目で確かめた筈だが? そこから漏れたらしい少女が一人、彼の横に立っていた。


 少女は館長の顔をしばらく見ると、今度は「ニヤリ」と笑って、写真の一つ一つを指差しはじめた。「一つの作品にドラマあり。この写真も怖いけど、他の写真にもドラマがあるんでしょう? これが撮られた敬意や何か。私は、それを聞くのが好き」

 

 館長は、その話に眉を潜めた。「不思議な子だな」と思ったからである。ネットや創作の怖い話が好きな人は多いが、この子は「本当の怖い話」が好きらしい。館長に「早く、早く」とせがむ顔からも、その欲求が見てとれた。


 館長は少女の顔をしばらく見て、彼女に「親は、心配しないのかい?」と訊いた。「閉館時間は、過ぎている。普通の子どもは、帰る時間だ」

 

 少女は、その疑問に微笑んだ。まるでそう、「そんなのは問題ない」と言う風に。「大丈夫! 私の家、緩いから。何時でも居て良いの!」


 館長はまた、彼女の言葉に眉を寄せた。その「大丈夫」は「大丈夫でない」と思うが、下手に帰すのも怖い。彼女の居場所が分かるなら、「下手に帰さない方が良い」と思った。


 館長は少女から彼女の連絡先を聞いた上で、彼女に写真の言われを話しはじめた。「まずは、そうだな? この、かな?」

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