第4話 転機

 心霊写真家になる。そう言いはったのは良いが、実際はかなり難しかった。「悪い物」として見られる心霊写真が、普通の人に「芸術」として見られる筈がない。テレビやネットの心霊特集に使われる事はあっても、それを「芸術」として認める訳がなかった。


 挙げ句の果てには、周りの人達から「コイツは、狂っている」と言われる始末。彼の師匠たる館長ですら、彼に「もう、辞めた方が良い」と言った。彼等は少年もとえ、青年の未来を案じこそしたが、その芸術自体には否定的だった。

 

 青年は、その幻術に打ちのめされた。あの芸術を知っているから、なおの事。周りからの批判が、一層に許せなかった。彼は反骨精神よろしく、周りが自分の芸術を否めれば否める程、その反対者に対して様々な作品、多種多様な心霊写真を見せつづけた。

 

 が、やはり認められない。元のテーマが芸術から離れた物であった事や、それ自体が恐怖の対象でる事もあって、彼の写真はすべて潰されたからである。鑑賞者達は「こんなおふざけは、止めろ。もしも呪われたらどうするんだ?」と叫んで、彼に作品の制作停止を訴えた。


。数年前に死んだ息子が、枕元に立って。私に『助けて、助けて』と言うんです。私は息子の身体を抱きしめるんですが、息子はそれでも泣き止まないんです。『お母さんの所為だ、お母さんの所為だ』と言って!」


 青年は、その話に胸を痛めた。今の自分がやろうとしている事、その方向性にも疑問を抱いた。彼は「夢」と「現実」、「倫理」と「感情」の間に立って、自分の進退を考えはじめたが……。そこに一人、今までとは違う人が現われた。「自分の子どもを撮って欲しい」と言う、そんな男性が現われたのである。


 男性は彼の評判を知った上で、その確かな腕に「お願いします」と頼んだ。「葬儀は、終わったんですけど。心の整理がどうしても出来なくて。明日は、子どもの誕生日だったんですが」

 

 お願いします。そう、頭を下げた相手に「やらねば」と思った。今までの人達とは違って、この人は自分を必要としている。自分の精神に応えて、その力を頼っている。なら、それに応えなければならない。彼は男性の話を聞いて、その依頼に応えた。「任せて下さい。まずは、霊が写りそうな場所を」

 

 そうやって撮られた写真は、約束通りの写真が写っていた。車道の真ん中に写っている霊。霊の周りには車が通っていて、子どもの霊を丸きり無視していた。青年は男性に依頼の写真を渡すと、男性から今回の謝礼を受けとって、彼と一緒に喫茶店の中から出た。


「余計な事かも知れませんが。それは一応、心霊写真です。普通ではない物が、写っている。自分は心霊写真に敬意を抱いていますが、日常の生活でもし変な事が起こった時は」


「祓いません」


「え?」


「それは、息子のやっている事ですから。子どもの悪戯に苛々しちゃダメでしょう? この写真は自分が死ぬまで、持ちつづけるつもりです」


「そう、ですか。なら……ここから先は、自己責任でお願いします。自分は写真家であって、霊能者ではないので。写真の霊障があっても、責任は負いかねます」


「結構」


 相手はそう、笑った。「自分の覚悟が出来ている」と言う風に。「そうでなければ、心霊写真なんて頼みませんよ。僕は、息子の魂を留めておきたい。それがたとえ、僕の傲慢だとしても」


 青年は、その言葉に眉を寄せた。確かに傲慢だが、それを否める事はできない。目の前の男性に頭を下げて、その背中を見送る事しかできなかった。青年は鞄の中にカメラを仕舞うと、寂しげな顔で自分の家に帰った。「不思議な感じだ。『自分の夢』とは、ずれたけど。まさか、こんな風になるなんて。『人生』って言うのは、本当に分からない物だ」


 だからこそ、尊いのだろうけれど。彼が感じたのは、人生の意外性だった。真っ直ぐに進んだ先が、目的の場所とは限らない。思わぬ要素が加わって、新しい道が開ける事もある。彼は心霊写真家への夢に葛藤を覚える中で、その新しい風を驚きはじめた。


 彼の存在が、SNSで知られた。つまりは、大当たりしたのである。彼に心霊写真を頼んだ男性がネット上でも有名な人間だったためか、それがネット上に彼の仕事を上げた事で、その知名度が一気に跳ねあがったのである。青年はそんなプチ社会現象に驚いたが、内心では第三者の立場を保っていた。

 

 有名になれたのは、嬉しい。これがきっかけで仕事も増えれば、日々の生活費を稼ぐ事もできる。「写真家」として生きていくための。だったら、このチャンスを逃さない。「商業写真家」としての基盤があれば、「芸術」へのハードルもずっと低くなる筈だ。無名の写真家が芸術を広めるよりも、その方がずっとやりやすい。


 彼は「幸運」と言いたい自分の偶然を喜んで、「商業写真家」の道を進みながらも、一方では芸術写真家への基盤を作りつづけた。「やってやる。今はまだ、影の芸術家でも。いつか、光の芸術家になってやる。

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