第3話 写真家への道

 分かった。それじゃ、買ってあげよう。そう言われるのが理想だったが、現実はそう甘くはなかった。子どもにそんな物は、買えない。カメラは、高級品なんだぞ。子どもは、ゲームでもして遊んでいれば良い。彼の両親は、そう言った。


 大人の理論に従って、子どもの夢を潰した。子どもが「そうしたい」と言う夢を潰して、子どもに自分の理屈を押しつけたのである。彼等は(写真への理解が無かった事もあって)、彼に「今度のクリスマスには、ゲーム機を買ってやるから」と言った。「子どもは、そう言うので遊んでいろ」

 

 少年は、その言葉にうつむいた。それはつまり、「カメラは、買えない」と言う事だから。自分の部屋に戻っても、その事実にうつむいてしまった。彼は部屋の壁や机、学校のランドセルや筆記具などを殴って、生まれて初めての挫折感に泣きさけんだ。「どうしてだよ? どうして!」

 

 。欲しいだけなのに。あんな風に言われるのは、どうしても許せなかった。彼は両親の価値観に不満を抱いたが、ある考えがふと沸いた瞬間に「待てよ」と泣き止んだ。誰にも買って貰えないのなら、自分で買えば良い。カメラの値段は分からないが、日々のお小遣いを貯めれば、「きっと買える」と思った。彼は自分の夢を隠して、夢の貯金を少しずつ溜めはじめた。


 それが貯まったのは、彼が高校生になった時だった。彼は家のお手伝いはもちろん、一年生から貯めたバイト代も足して、ずっと買いたかったカメラを買った。最新の技術が使われた、最新のミラーレス一眼を。町のカメラ屋に行って、その店から「お願いします」と買ったのである。彼は自分の首にカメラを吊すと、感謝の気持ちを込めて、例の写真館に向かった。


 例の写真館には、例の館長さんが居た。少年が前に会った時よりも老けてはいたが、その不思議な雰囲気は、今もなお健在のようだった。館長は少年の成長に喜びながらも、一応は「公共施設の中」と言う事で、少年に「撮影は、禁止。カメラも、鞄の中に仕舞って」と言った。「写真は面白いが、『どこでも撮って良い』と言うわけではない」


 少年は、その言葉に従った。カメラ代を稼ぐのに一生懸命な彼だったが、そう言う常識も彼なりに調べていたからである。撮影禁止は、厳守。撮影可能な場所でも、(それが必要なら)撮影許可を取らなければならない。写真館のような公共施設なら、その管理者から許可を取らなければならなかった。彼は「それ」を思いだして、目の前の男性に「すいません」と謝った。「うっかりしていました」


 館長は、その言葉に首を振った。少年の態度から推して、その反省が窺えたらしい。少年が鞄の中にカメラを仕舞うと、彼に「久しぶりに見てみるか?」と言って、写真館の奥に目をやった。館長は写真館の奥に少年を導いて、彼に「今日は、無料で良いよ」と言った。「自分の力で、好きな物を買った御褒美だ」


 少年は、その賞賛を喜んだ。喜んで、館長の案内に従った。少年は写真館の展示物を見てまわったが、ある写真の前に行くと、館長に「すいません」と言って、目の前の写真に視線を移した。「この写真って」


 そう、あの写真だ。この道に彼を導いた写真、あの心霊写真が掛けられていたのである。心霊写真はあの時と同じ構図、あの時と同じ風景だったが、ある一点だけはあの時と違っていた。。服の方も何だから綺麗になっていて、写真の向こう側をじっと見ていた。


 少年は、その変化に震え上がった。女性が動いていたのも驚きだが、それ以上に信じられなかった部分、心霊写真が美術写真へと変わっていた事に驚いたからである。何も知らない人が見れば、ただのアート写真にしか見えない。今風の言葉で言う、エモイ写真にしか見えなかった。少年は写真の力に驚きながらも、一方では女性の変化に魅せられてしまった。


「凄い」


「でしょう? 正に生きた芸術だ。『死』と言う縛りを超えて、『永遠』と言う生を受けている。彼女は、永遠の芸術を手に入れたんだ。『首吊り』と言う縛りを超えてね、本来の美を取りもどした。それこそ、世界の真理に迫るように」


 少年は、その声を聞きながした。声の意味は分かっても、その返事は忘れてしまった。彼は進入禁止のラインに迫って、そこから写真の女性を見つめた。写真の彼女は、生の世界に「ニコッ」と微笑んでいる。


「綺麗ですね。本当はもう、死んでいるのに。彼女は、生きている人間よりも生きている」


「そう。だから、心霊写真家は辞められない」


 少年は、その言葉に「ハッ!」とした。「心霊写真家」と言う言葉に衝撃が走ったからである。彼は子どもの時に覚えた感動、それが示した夢を思いだして、隣の館長に向きなおった。隣の館長は横目で、彼の表情を見ている。「無理なら良いんです。でも、もしできるなら。僕に心霊写真の撮り方を教えてくれませんか?」


 館長は、その申し出にうなずいた。まるでそう、彼の言葉が分かっていたように。

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