心霊写真家

第1話 撮影のご依頼

 生き霊、か。生き霊は、生きた人間から生まれる霊。「死んだ人間が生みだす霊」とは、正反対の存在。そんな存在に取り憑かれたら? きっと、おかしくなる。普通の精神を壊して、狂った人になる。実際にそうなったわけではないが、自分の性格を考えると、「そう考えるのも当然だ」と思った。


 彼は鞄の中に必要な物を入れて、約束の場所に向かった。約束の場所にはもう、依頼者達が待っていた。「会社の部下に大事な娘が殺された」と言う老夫婦が、約束の喫茶店に待っていたのである。

 

 彼は簡単な挨拶を済ませると、二人の前に座って、二人に自分の名刺を渡した。心霊写真家、△△。そう書かれた名刺を出して、二人にそれを渡したのである。彼は店のウエイトレスにブラックコーヒーを頼むと、それが自分の前に運ばれたところで、老夫婦に「それでは、ご依頼の内容ですが」と言った。「亡くなった□□様のお写真を撮るで、よろしいですか?」

 

 二人は、その質問にうなずいた。依頼の内容は前もって話していたが、再確認の意味も込めて、その質問「そうです」とうなずいたのである。老夫婦は両目の涙を拭って、彼に「あの子を近くに置きたくて」

 

 だから、あの子の心霊写真を撮って欲しい。あの子が殺された場所に行って。あそこに行けばきっと、あの子の霊が待っているから。二人はそう言って、目の前の青年に頭を下げた。「あの子は、何も悪くありません。普通に生きて、普通に結ばれようとしていたのに。あの子は近々、結婚する予定だったんです。。その人からは、結婚指輪すら貰っていました」

 

 青年は、その言葉に胸を痛めた。殺されただけでも辛いのに、結婚すらも控えていたなんて。現在彼女募集中の青年だが、その話には同情を抱いてしまった。理不尽な死は、どんな人間にも辛い。青年はパソコンのキーボードを叩いて、そのワープロソフトに依頼者から聞いた話を打ちつづけた。


「なるほど。それは、辛いですね。自分も今まで、色々な写真を撮ってきましたが。依頼者様の話を伺うのは、いつも辛いです。『心霊写真を撮る』と言うのはつまり、『死者の写真を撮る』と言う事ですから。頼む方はもちろん、頼まれる方も辛い。正直、『この世の地獄』と思います」


 老夫婦は、その言葉にうつむいた。そうする事で、自分の気持ちを抑えるように。「娘はちゃんと、写るでしょうか?」


 その答えは、「何とも言えません」だった。青年は二人に自分の力を話した上で、それに撮影の成功率を加えた。「娘さんの念が残っていそうな場所。そう言う場所をいくつか探せば、大体は写真に写せます。写真の写りは、霊の強さに寄りますが。それでも、確かに写る。今回の報酬も、写真が撮れた時にだけ頂きます」


 老夫婦は、その言葉に頭を下げた。最初は半信半疑だったが、その良心的な対応に心が動いたらしい。最初は不安そうだった夫も、最後には「よろしくお願いします」と言っていた。老夫婦は彼に詳しい情報を伝えて、喫茶店の中から出て行った。青年も「それ」を見送ったが、老夫婦の姿が見えなくなると、一応の準備を済ませて、喫茶店の外に出た。


 青年は横断歩道の信号を待って、自分の家に帰った。老夫婦から聞いた話も含めて、仕事の最終確認を済ませるためである。彼は数日の準備期間を入れて、事件のあった現場に向かった。

 

 事件のあった現場は、他県の△△市にあった。最寄り駅から少し離れたところある電柱柱の下、そこに献花と思わしき花が供えてあったのである。彼は周辺住に撮影の許可を取ると、真剣な顔で事件現場の写真を撮りはじめた。


 ……一枚目には、何も写らない。電柱の下に添えられた諸々が、写されるだけだ。そこから少し上を撮ってみても、駅の線路が見えるだけ。線路と道路を分けるフェンスが、見られるだけである。

 

 彼は「それ」に眉を寄せながらも、真面目な顔で現場の写真を撮りつづけた。が、やはり写らない。(彼の経験で)事件現場での成功率は高い方だったが、今回はいつもと違うようだった。


 彼はそれでも撮影を続けようとしたものの、町の日が落ちてきた事や周りの目もあって、「続きは、明日にしよう」と思いなおした。「撮影の許可は、取っているが。目立つのはあまり、よろしくないからな。周りの目があると、幽霊も写りにくくなる」

 

 だから、引きあげよう。そう考えて、近くのビジネスホテルに戻った。彼はホテルの部屋に戻ると、作業机の上に撮影機器を置いて、ベッドの上に寝そべった。「『殺された現場で撮られない』となれば、別の場所で撮れる。例えば」


 まあ、良い。今は、休もう。心霊写真の撮影には、神経を使うし。相手の性質に酔っては、自分が祟られる事もある。(「仕事」とは、言え)善意でやっている仕事で、自分が呪われるわけにはいかない。彼は今日の夕食もほとんど食べず、浴室のシャワーも控え目にして、明日の撮影に供えた。

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