第2話 ラブコメの波動

「深夜の二時に起きたわけではありません。ですが、それに近い時間だった。普段なら決して起きない時間に起きて。妙に冴えた頭を動かす。布団の中に潜ったままで、今の時間を確かめる。窓のカーテンが閉められた、部屋の中で。夜の静寂に震えるのです。彼が起きた時間もまた、そんな恐怖の時間でした。水道の蛇口から落ちる水滴、それが流し台の上に落ちる音。窓の外から聞える音も、どこかの道路を車が走り去る音でした。

 

 彼は、その音に『ハッ』とした。『音の内容は普通だ』としても、その異様な空気に身体を起こしてしまったのです。彼は布団の中から出て、部屋の電気を点けました。そして、部屋の中を見わたした。水滴の音に混じる、違和感を捜して。武器に使えそうな物を掴んでは、部屋の中をぐるりと見わたしたのです。彼は部屋の中を歩いて、違和感の正体を捜しました。

 

 。部屋の窓から出た先にある廊下、その終わりにあったのです。彼は『相手も道連れにしてやる!』の精神で、廊下の先に進みました。廊下の先には……どう言うわけでしょう、何もありません。ただ、玄関の靴脱ぎ場があるだけです。靴脱ぎ場の靴もきちんと並べられていて、それをじっくり調べても、異変らしい物は何も見られませんでした。


 彼は、その状況に首を傾げた。寝る前の怪奇現象はもちろん、この異変がどうしても引っかかったからです。彼は夜の三時を過ぎても、靴脱ぎ場の前から動きませんでした。おかしい。そう何度も考えて。稿、朝になってもそこから動かなかったようです。


 彼は最悪の気分でそこから離れ、最低の気分で会社に行きました。おはようございます。そう話した声にも、覇気が無かったようです。彼は自分のデスクに座り、今日のタスクに取りかかろうとしましたが……。そこに一人、彼の同僚が歩みよりました。


 彼女は彼の隣に立つと、不安げな顔で彼に謝りました。○○さん、昨日は御免なさい。そんな感じにね? 彼女がどうやら、不機嫌の原因だったようです。彼の残業を作りだした張本人、書類の山に彼を埋めた張本人でした。彼女は自分の失態を述べて、彼に『今後は、気を付けます』と言いましたが……。


 まあ、それで済むわけがありません。投稿者の話に寄れば、なかなかの人物であるようですから。人の価値は容姿で決まりませんが、自分の好みでない女性、特に苦手な人間から謝られるのは、どうもスッキリしません。彼も、これには苛々していたようです。

 

 彼は彼女の顔を睨んで、彼女に自分の怒りをぶつけました。昨日の異変も含めて、その憤怒を当たり散らした。それで相手が泣いても、自分の気持ちに従ったのです。彼は自分の気持ちをぶつけた上で、流石に『やりすぎた』と思ったのでしょう。最初はぶつぶつ言っていましたが、やがて彼女に『ごめん』と謝りました。


 ううん、○○さん。損な性格です。普通ならもっと怒るところですが、女性の涙に弱い。黒縁眼鏡の下から溢れた涙を見て、それに胸を痛めてしまったようです。彼は同僚の女性を宥めて、彼女に『今回だけだよ』と言った。そして、彼女との会話を止めた。


 彼女は彼の言葉に喜んでいましたが、周りの人達はそうではない。『彼がパワハラをしているわけではない』と分かっていても、それに不快感は抱いていたようです。彼女が自分の席に戻った時も、近くの同僚から『女の子を泣かしちゃいけないぜ』と茶化されました。

 

 彼は、それに『イラッ』と来た。イラッと来たが、それに『言いかえそう』とはしなかった。『自分の側に正義がある』と言っても、そう言うのは趣味ではないようです。彼は自分の怒りを収めた上で、彼女に『反省会も兼ねて、お昼はどう?』と言いました。


 このままギクシャクするのも嫌だから、そして、彼女とも良い関係でいたいから、ある種の歩み寄りを見せたようです。彼女は『それ』に驚きましたが、元々は『自分が原因』と言う事もあり、周りの視線に顔を赤らめる中で、彼の誘いに『行きます!』と応えました。『罪滅ぼしがしたい』と。彼女は嬉しそうな顔で、自分の仕事にまた戻りました。

 

 ううん、これはアレですね。ほぼ確実に惚れています。真意の方は、本人にしか分かりませんが。僕はこれを読んで、ある種の萌えを覚えました。ラブコメの波動を感じます。最初は最悪の印象から始まって、最後にはハッピーエンドへと達する。


 個人的には堪らん話ですが、ここはホラーチャンネル。そんなラブコメを認めるわけにはいきません。問答無用のホラーを望みます。それこそ、『次回へ続く』と言う感じに。ここからどんどん怖くなって欲しいですね」

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