最終話 理不尽な同窓会

 確かに大変だった。最初の修行も大変だったが、その後もかなり大変だった。坊さんは喫茶店の中に青年を呼び出して、彼に今の状況を話した。「

 

 そう聞かされた瞬間に飛び上がった。周りの客達から見られる中で、椅子の上から「え?」と立ち上がってしまった。青年は今の話に心を乱して、霊能者の顔をじっと見はじめた。「どう言う事、ですか? 『アイツが逃げだした』って? アイツは、貴方の」

 

 弟子になった。それは間違っていなかったが、その性根はどうも腐っていたらしい。最初は霊能者の修行に耐えていたものの、ある時期を境にして、その修行自体を怠けはじめたようだった。


 本来なら今日も、それを熟す筈だったのに。霊能者の部屋に残されていたのは、関係者への謝罪を書いた置き手紙だった。霊能者はその内容を読んで、彼の非行に頭を抱えた。「無責任な人だ。自分の責任から逃げて。『事の責任者』とは、思えない人だ」

 

 青年は、その言葉に眉を寄せた。霊能者の気持ちも分かるが、それ以上に「ふざけるな!」と思ったからである。彼は店員の注意も無視して、テーブルの上を思いきり叩いてしまった。「居場所は、分からないんですか? 奴の」

 

 その答えは、「分からない」だった。手紙には「ごめんなさい」とは書かれていたが、今後の事に関しては何も書かれていなかったからである。彼の両親や友人達に連絡を入れても、(彼をかくっている可能性もあるが)「知りません、分かりません」の返事しか返ってこなかった。霊能者は青年にも「それ」を伝えた上で、自分もテーブルの上を見つめはじめた。


「本当に参りました。彼を自分の弟子にしたのは、その動きを見張る意味もあったのですが。まったく情けないです。まさか、本当に逃げられてしまうなんて。彼は自分の責任よりも、自己の安全を選んだようです。貴方からすれば、許せない話でしょうが」


 それでも、現実。それが、紛う事なき事実だった。彼が「霊能者の前から消えた」と言う事は、「呪いの中和役が居なくなった」と言う事。今までは堰き止められていた呪いが、「自分達のところにまた流れ込んでくる」と言う事だった。あの呪いがまた流れだせば、自分達の身がまた危険に晒される。青年は「それ」に憤って、自分の頭を掻きむしってしまった。「死ぬんですか?」

 

 呪いの流れに飲まれて。「あの世に逝ってしまうんですか?」

 

 霊能者は、その声に眉を寄せた。彼に「そうだ」と言うのは、簡単だが……。それを言うだけの勇気は、持てなかった。霊能者は「最善の策」として、彼に「捜索願を出しましょう」と言った。「我々だけでは、探せる範囲も限られる。『司法が動いてくれる』とは限りませんが、それでも探せる範囲は広い方が良いでしょう。この呪いを消せるのは、彼しか居ません」


 だから、諦めるわけにはいかない。この悲劇を終らせるためには、彼の力がどうしても必要だった。が、現実はそう甘くない。真面目な人が損する世の中で、不真面目な人間が逃げやすいのも現実だった。


 彼は結局、見つからなかった。一応は警察の人も捜してくれたらしいが、それでも見つからない。挙げ句は、その親からも捜索願が出る程だった。霊能者はその事実に負けて、彼の非道を怒った。「本当に困った人だ!」

 

 そう怒鳴った霊能者に青年も溜め息をついた。青年は自分の同級生を呪ったが、それもすぐに「止めよう」と消えてしまった。「既に手遅れです。アイツが居なくなった事で、この呪いからは……。俺の知り合いにもまた、犠牲者が出ましたし」

 

 霊能者は、その一言に言葉を失った。彼も彼でこの事を案じていたが、それがもう起こるなんて。発起人への怒りで「それ」を忘れていた霊能者には、文字通りの衝撃だった。霊能者はテーブルの上に珈琲カップを置いて、青年の目をまじまじと見た。青年の目は、今の話に潤んでいる。「命は? その人は、生きているんですか?」

 

 青年は、その答えに言いよどんだ。まるでそう、「この沈黙が答えだ」と言う風に。喫茶店の中を見わたして、霊能者の顔にまた視線を戻したのである。青年は自分の珈琲に目を落とすと、その水面をしばらく眺めて、霊能者の顔にまた向きなおった。霊能者の顔は、その反応に強張っている。


「死にしましたよ、もちろん。二日前の夜に。お袋さんの話では、即死だったようです。酒気帯び運転の車にぶつけられて。その身体がグチャグチャになってしまった。お袋さんは、泣いていましたよ。『自分の息子がどうして?』って。あんなに泣いた人は、見た事がありません。アレは、この世の地獄でした」


 ねぇ? 青年はそう、霊能者に訴えた。そうする事で、自分の殺気を示すように。「アイツの事を晒しませんか? ネットの中に。司法の力だけで、足りないなら」

 そう言う連中に「助けて」と叫ぶ。


 ネットのプロ達に頼めば、「彼の足取りが分かる」と思った。でも、それを許さないのが一人。現代の価値観を持つ霊能者だけは、その考えにどうしてもうなずけなかった。霊能者は真剣な顔で、青年の顔を見かえした。


「それは、ダメです。彼の犯罪……いえ、『犯罪』と言えるかどうかも怪しい。彼はあくまで、同級生達に同窓会の案内を送っただけなんですから。案内の送付だけで、それを『犯罪』と言うわけにはいきません。ネットの世界に彼を晒せば、貴方が却って悪者になります。『公の場に個人情報を流した者』として、公的にも私的にも許されないでしょう。悪人のために貴方が手を汚す必要はありません」


 青年は、その意見に怒鳴った。周りの人達から「なんだ? なんだ?」と見られても、その怒りだけはどうしても抑えられなかったのである。青年は自分の頭を何度も掻いて、足の太もも「ふざけるな!」と叩いた。「それじゃ、どうすれば良いんです? ネットの力も借りられないで。このままじゃ、呪いが広がっていくばかりだ。あの忌まわしい案内書を通して」


 もう嫌だ。そう怒る青年に霊能者も「自分も、です」とうなずいた。霊能者は自分の珈琲を飲みほして、テーブルの上をじっと見はじめた。「ただ、現実は」


 そう、どうする事もできない。彼等がどんなに苦しもうが、この現実が現実である事に変わりはなかった。発起人がたとえ、それに「喜んでいた」としても。彼等の気持ちが晴れる事はないのである。発起人は彼等からずっと離れた場所で、無責任な自由を味わっていた。「ここまで来れば、大丈夫だろう」


 。誰も自分を見つけられない。たとえ見つけても、森の中に隠れれば良いのだ。緑が生い茂る森の中に隠れれば、流石の彼等も諦める筈である。彼は地面の上にシートを敷いて、その上にゆっくりと寝そべった。「お金、様々だ。親に黙っていて良かったよ。『他人から奪った金で土地を買った』と知られちゃ、俺も流石にヤバイからな」

 

 その意味で、「良かった」と思う。周りの連中からは「ふざけるな!」と言われるかも知れないが、それでも「最善だ」と思ってしまった。彼は満足げな顔で、頭上の空を眺めた。頭上の空には、美しい月が浮かんでいる。


「誰が悪いかは、関係ない。問題は、自分が助かるかどうかだ。周りの連中に責任を押しつけても、自分だけが助かるかどうかなんだよ。周りの連中がどう言おうがね、『社会』って言うのは」


 そう言うところなのだ。狡い奴だけが、生きのこる。自分の利益を最大化できる奴が、正義なのだ。正義の内容に文句を言う奴は、社会を知らないお人好しに過ぎない。「学校」とは、そう言う狡さを学ぶ場所なのだ。「俺はずっと、それに気づいていたけどね?」


 高校の時から、ずっと。だから、みんなにも責任を投げられた。自分の罪から目を背けて、他人に「それ」を押しつけられた。あの二人を、同級生と霊能者を騙すように。自分は社会の真実を活かす事で、今の安息を得ているのである。


 発起人はその安息に酔いしれて、この果てしない静寂を味わった。自分が作った、を。

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