第3話 償い
勝手だ、勝手すぎる。自分達が助かるためにこんな呪いを振りまくなんて。まともな人間には、考えられない事だった。自分達だけで済ませるならまだしも、ほとんど関わりなかった人達も巻きこむなんて。
怪異の原因が彼女達なのも悲しいが、その大本が彼等である事も悲しかった。青年は悔しげな顔で、発起人の顔を睨んだ。発起人の顔は、彼の視線に怯えている。学生時代の力関係では、考えられない態度だった。「償え」
そしてもう一度、相手に「償え!」と怒鳴った。青年は発起人の胸倉を掴んで、その目をまた睨んだ。発起人の目はやはり、彼の怒りに怯えている。「今すぐ! お前等が苦しめた人達に。アイツ等は……アイツ等にも、人生があるんだよ? リア充のお前等には、分からないだろうけどね? アイツ等にも、アイツ等なりの人生があるんだ。お前等は、考えた事もないだろうけど。アイツ等にだって、今を楽しむ権利がある」
発起人は、その言葉に黙った。普段の彼なら「うるさい」と言いかえす場面だが、今回は流石に言えない。自分の優位性から来る威圧行為は、今の彼にはできなかった。発起人は青年の手を払って、彼に「ごめん」と土下座した。
「『こんな事になる』とは、思わなかったんだ! 自分達のした事がまさか、こんな事になるなんて。お前等に案内を送ったのも、ただの実験だったんだよ。仲間の一人が変なサイトを観たらしくてさ? そこに『周りの人達を呪えば、幽霊の祟りから逃げられる』って。俺等はただ、その実験を試しただけだったんだよ!」
青年は、その話に「カッ」となった。それがたとえ、「実験だ」としても。他人を呪おうとした事に変わりはない。「幽霊の祟りから逃れよう」として、周りの人達に「それ」を負わせただけだった。青年は、その根性に怒った。「自分さえ助かれば、良い」と言う、その思想にも怒った。青年は彼の目を見て、その根性を睨んだ。「償え」
それをまた、繰りかえした。「償え、償え、償え」と、そう何度も言いつづけた。青年は隣の霊能者に向きなおって、相手の顔をじっと見た。相手の顔も、彼と同じ表情を浮かべている。今の話を聞いて、心から怒っているらしい。「祓ってください、この悲劇を終らせるためにも」
霊能者は、その言葉にうなずいた。「今回の霊障を止められるか?」は別にして、この仕事に使命感を覚えたらしい。普段も自分の仕事に責任を感じているが、今回はそれ以上に責任を感じているらしかった。
霊能者は自分の車に二人を乗せて、件のトンネルに向かった。件のトンネルには、それから数時間後に着いた。夕日の光に照らされたトンネル、その中に入ってく乗用車。乗用車は早めのヘッドライトを点けて、トンネルの中を走り抜けていった。
霊能者は、その光景に眉を寄せた。普通の人間には、普通の光景にしか見えないが……。霊能者である彼には、それが異様な光景に見えていたようである。彼はトンネルの前から離れて、近くの駐車場に車を停めた。「まずいですね」
そう呟いた彼に「え?」と驚く、二人。二人は今の感想が怖くて、彼に自分の不安をぶつけてしまった。青年が「どう言う事ですか?」と叫べば、発起人も「何が不味いんです?」と訊くように。阿鼻叫喚の声を上げて、霊能者に問題の答えを求めたのである。二人は霊能者の制止を受けてもなお、しばらくは自分の不安を叫びつづけた。「無理、なんですか? その」
呪いを解くのは? そう訊いた青年に対して、霊能者も「最悪の場合は」と答えた。霊能者は自分の非力を嘆いているのか、悔しげな顔で自分の足下に目を落とした。「無理、ではないです。が、時間が掛かります。トンネルの中に居るのは、彼女達だけではない。そこに彼女達を引き込んだ存在、あの場所を形づくった主も居る。自分の周りに様々な霊を引き込んで。今回の呪いが広がった原因も、この主が強いからです」
青年は、その話に落ちこんだ。彼女達の呪いを解けば、「この悲劇も終る」と思ったのに。頼みの霊能者から聞かされたのは、「自分では、どうする事もできない」と言う事実だった。青年は自分よりも固まっている発起人を無視して、霊能者に「何とかなりませんか?」と言った。「貴方だけが頼りなんです。この呪いと解かないと、みんなが!」
そう、大変な事になる。今は軽い事故だけで済んでいる霊障が、最悪の事態になるかも知れなかった。最悪の事態になれば、人の不幸もそれだけ増えてしまう。同級生の霊達を恨むわけではないが、今は「何としても収めたい」と思った。
青年は真剣な顔で、霊能者の顔を見つめた。が、相手の反応は暗い。彼の気持ちを無視しているわけではないが、その表情には陰が見えていた。青年は「それ」に怯えて、霊能者の肩に触れた。「お願いします」
そう願うが、却下。もう一度頼んでも、それに「すいません」と返されてしまった。青年は霊能者の肩から手を離して、その顔をじっと見はじめた。
「ダメ、なんですか?」
「はい……。残念ですが、私の手には負えません。霊能者の知り合いを集めても、その呪いは決して祓えないでしょう。呪いの純度が下がるだけで、その鎖からは決して逃れられない」
青年は、その言葉に肩を落とした。「一応の緩和策は、ある」とは言え、そんな誤魔化しでは意味がない。呪いの根幹をどうにかしなければ、この悲劇からは決して逃れられなかった。呪いの悲劇から逃げられなければ、この除霊にも意味がない。青年はそんな事を感じて、発起人の顔に視線を移した。発起人の顔は、今の話に青ざめている。「最悪だな」
そう言って、霊能者の顔に視線を移した。霊能者の顔も、その発言に目を細めている。青年は霊能者の横顔を見て、彼に「人柱は、効きますか?」と言った。「この呪いを解く生贄として」
霊能者は、その言葉に強張った。それを聞いていた発起人も、今の一言に震え上がった。二人は青年の事をしばらく見ていたが、発起人の彼に肩を掴むと、霊能者もそれに倣って、青年に「それは、犯罪だ!」と叫んだ。「霊障のために人を」
殺しては、いけない。そう訴える霊能者だったが、青年には「それ」が効かなかった。青年は二人の意見を封じて、二人に自分の意見を話しはじめた。「コイツはもう、罪を犯しています。日本の法律ではたぶん、『犯罪』にならなくても。他人の命を脅かしている点では、そこら辺の犯罪者と変わりません。
正直、今も怯えています。コイツの、コイツ等の撒き散らした呪いが、今もみんなを苦しめている事に。コイツ等は普通の犯罪では裁けない、最悪の罪を犯しているんです。最悪の罪には、最善の手を打つべきだ。自分の命に代えて、この呪いを防ぐべきです!」
霊能者は、その意見に黙った。彼の意見は間違っている、とは言いきれない。「要らない呪いを振りまいた」と言う点では、その責任は十分に感じられた。発起人達が今回の事を起こさなければ、誰も傷つかずに済んだ。受けたくて良い被害を受けた。
発起人達がどんなに拒んでも、その事実だけは決して変えられないのである。霊能者はその事実に触れて、発起人の顔にまた目をやった。発起人の顔は、今の会話に固まっている。霊能者が彼に「大丈夫ですか?」と話しかけても、それに何も答えなかった。
霊能者は、その反応に溜め息をついた。「人柱の件は認めない」としても、この反応はあまりに酷すぎる。加害者である筈の自分をまるで、被害者のように思っていた。霊能者は、その態度に目を細めた。学生時代の彼も、こんな感じだったのだろう。
瞬間、瞬間の快楽に任せて、周りの人達を巻きこんでいたのだ。自分のところにやって来た青年もきっと、そんな気まぐれの犠牲者だったに違いない。霊能者は自分の過去とも重なりそうな青春を思って、目の前の発起人に溜め息をついた。
「それでも、殺して良い理由にはならない。彼には、彼等には、その罪を償う責任があります。今後の人生を生きる意味でもね、その罪を受けいれなきゃならない。彼には、仏の道に進んで貰いましょう」
発起人は、その提案に目を見開いた。今までの流れで、「自分は殺される」と思っていたが……。この流れは、流石に読めなかったらしい。霊能者の提案を聞いた青年も、その話には「え?」と驚いていた。発起人は霊能者の顔をしばらく見たが、やがて自分の足下に目を落とした。「『坊さんになれ』って事ですか? 今の話を聞く限り」
その答えは、「そうです」だった。「正確には、自分の弟子ですが。貴方にはその一生を掛けて、この呪いを解いて貰います。被害者達の、そして、貴方自身のためにも。貴方には、仏の教えが必要だ。自分の欲に負けない、仏道への帰依が必要です」
発起人は「それ」に戸惑ったが、やがて「分かりました」とうなずいた。自分のせいでこうなった以上、それに対する罪悪感があるらしい。最初は「仏」の言葉に眉を寄せていたが、最後には「仕方ないです」と諦めた。「他の奴等にも、話します。俺と同じようになるかは、分かりませんが。こう言うのはたぶん、『ケジメを付けなきゃいけない』と思うので。この呪いが解けるなら」
霊能者は、その言葉に微笑んだ。「さて、これからが大変だ」と思って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます