第2話 霊障の経緯
霊視の結果は、最悪だった。それを聞いた最初は、「嘘だ!」と思ったけれど。霊能者から聞かされた話は、それを破る程の力があった。霊能者はテーブルの上に湯飲みを置くと、寂しげな顔で家の窓に目をやった。家の窓からは、外の光が差しこんでいる。「悲しい話ですが。それがどうやら、真実であるようです。この案内から察する限りは」
青年は、その言葉に打ちのめされた。彼自身も「それ」を疑う気持ちはあったが、第三者から「それ」を聞くのはやはり辛かったらしい。霊能者からすすめられたお茶を飲んだ時も、その喉ごしだけが分かっただけで、味の方はまったく分からなかった。
青年はテーブルの上に湯飲みを置くと、霊能者が見つめる窓の外に目をやって、その景色をじっと見はじめた。「今回の原因はやはり、彼女達なんですね? 彼女達がこの案内を書いた人間に」
取り憑いた。そう答えるのには抵抗があったが、それが事の真実だった。彼女達は(経緯の方は不明だが)同窓会の発起人に取り憑くと、学生時代の青春を思いだして、この同窓会を「開こう」と思ったらしい。発起人の意思を操る事で、(青年の感覚では)この地獄を「作ろう」と思ったらしかった。
青年は彼女達の行動に「ふざけるな!」と思う一方で、同窓会の発起人が彼女達となぜ関わったのか、その意図を考えはじめた。「アイツ等も、彼女達と話していましたが。その全員とは、関わりが無かった筈です。俺も……遠目から見ていただけですが、そう言う話は聞いていませんし。俺の仲間達もたぶん、『その手の話』とは無縁である筈です。俺と同じ、陰の者……とにかく! 彼女達と関わる事は」
ありえるでしょう。霊能者はそう、彼に言いかえした。「貴方の考えは、甘い」と言う顔で。「貴方の印象が正しければ。そう言う人達はたぶん、その場のノリが好きな人達です。自分達に害が無い限りは、悪い事も平気でやる。
周りから『危ない』と言われても、それに反抗心を持つ。『止めろ』と言われたら、『余計にやりたくなる』ってね。ある種の優越感を持つ。
私も仕事柄、そう言う人はたくさん見てきましたが。彼等の場合もきっと、その例に漏れないでしょう。彼等は自分の好奇心に負けて、彼女達と関わったんです。恐らくは、彼女達の死に関わりがある」
場所。そんな場所に心当たりはないが、それが「一番にありえる」と思った。青春の快楽を忘れられない者達が、倫理の格子を気にする筈がない。目の前にそれがあっても、平気で乗りこえてしまう筈だ。男子中学生が「悪い者」に憧れるように。一般常識をガン無視する筈である。
青年はそう考えて、彼等の非行を恨んだが……。そこで、ある疑問を抱いた。「この除霊を受けても、意味が無いのでは?」と、そう内心で思ったのである。問題の本質が彼等にあるなら、その被害者たる自分が除霊を受けても無意味。自分は(何かの奇跡が起こって)霊障から逃れられても、「霊障のそれ自体は収まらないのでは?」と思った。
本家本元を叩かなければ、今回の霊障も収まらない。表面の汚れを落としただけでは、真の浄化にはならないのである。青年は「それ」を感じて、霊能者に「同窓会の発起人に連絡を入れた方が良いですか?」と訊いた。「それがたぶん、『一番良い』と思うので。アイツ等に除霊を施した方が」
霊能者は、その意見にうなずいた。発起人がどんな人間かは知らないが、それが「最善の手だ」と思ったからである。同窓会の発起人に会えば、問題の経緯が分かるかも知れない。問題の経緯が分かれば、その突破口も分かる。問題の突破口が分かれば、事件の終息にも「繋がる」と思った。霊能者は青年から発起人の情報を聞き、彼と連れ立って発起人の家に訪れた。
発起人の家は、某県の中心部にあった。中流階級の人達が住んでいそうな住宅街、その一角にマイホームを建てていたのである。霊能者は玄関の呼び鈴を鳴らして、家の住人が出てくるのを待った。
家の住人は、すぐに出てきた。最初は見知らぬ二人の訪問に「どちら様ですか?」と怯えていたが、青年が「自分の同級生だ」と知ると、今までの緊張を忘れて、その訪問理由に表情を変えた。「ごめん」
そしてもう一度、青年に「ごめん」と謝った。彼は玄関の扉も閉めないまま、悲しげな顔で青年達の前に「うっ、ううう」と泣きくずれた。「俺のせいで、俺のせいで!」
二人は、その謝罪に顔を見合わせた。「俺のせい」と言う事はやはり、彼に原因があるのだろう。自分達に「許して、許して」と嘆く姿は、それを表す証拠のように見えた。二人は発起人の気持ちを宥めた上で、彼の家に「お邪魔します」と上がった。「まずは、お話を。謝罪を受けるのは、それからです」
発起人も、その意見にうなずいた。本当はもっと謝りたかったが、「事件の解決が最優先」と考えて、二人の提案に「分かりました」とうなずいたらしい。発起人は家の中に二人を通して、二人に事件の経緯を話した。「最初は、ただの遊びだったんだ。『地元の有名な心霊スポットに行こう』って。酒の勢いに負けただけだったんだよ」
が、それが悲劇の始まり。今回の事件の始まりだった。発起人は素面の仲間に運転を任せて、例のトンネルに向かった。例のトンネルは、不気味だった。トンネルの明かりは点いていたが、その明かりが何だか怪しい。それに「うっ」と吸いこまれそうな、そんな雰囲気が漂っている。
トンネルの真ん中辺りに置かれている公衆電話も、周りの空気に当てられて、そんな雰囲気を漂わせていた。発起人は目の前の風景に生唾を飲んだものの、普段はリーダー風を吹かせている手前、仲間達には「それ」を決して見せなかった。「な、なに、ビビっているんだ? ほら、さっさと行くぞ?」
仲間達は、その言葉に従った。飲みの席では盛り上がった彼等だが、いざ現場に来てみると、その危険性に「うっ」と怯んだらしい。発起人がトンネルの中に入った時ですら、その行動に「どうしよう?」と迷っていた。仲間達は互いの顔をしばらく見合ったものの、ここから一人で帰る手段も無かったため、発起人の後を仕方なく追いかけはじめた。「分かったよ、そう急ぐなって!」
発起人は、その声に喜んだ。声の調子には呆れたが、それでも「充分に楽しい」と思ったからである。自分一人なら決して行かない場所だが、仲間が居れば大丈夫だった。これだけの人数が居れば、流石の幽霊も怖がるに違いない。発起人は根拠も無い自信を抱いて、トンネルの中をどんどん進みつづけた。
が、やはり心霊スポット。生きた人間がどんなに多くたって、その霊障にはやはり逆らえなかった。発起人は自分の背後に気配を感じて、その後ろをすぐに振りかえった。彼の後ろには一人、その友人が歩いている。周りの様子を何度も見渡して、自分の安全を何度も確かめていた。
発起人は「それ」に「ホッ」としたが、それもすぐに消えてしまった。彼が自分の正面に向きなおろうとした瞬間、友人の背後に女性が見えたからである。発起人は女性の登場に驚いて、自分の仲間にも「それ」を「伝えよう」としたが……。
既に手遅れ。彼が仲間達にそれを伝えた時にはもう、彼女達にその周りを囲まれていた。生気の無い顔、覇気の無い動き。それがただ、彼等の周りを取りまいていたのである。青年達は女の霊達にしばらく固まっていたが、今の状態をすぐに察すると、発起人の「逃げろ!」に従って、霊達の前からすぐに逃げはじめた。「速く逃げろ、死んじまうぞ!」
仲間達は、その声に泣きさけんだ。ただの好奇心ではじめた肝試しがまさか、本当の肝試しになるなんて。馬鹿者から脱していない彼等には、文字通りの地獄だった。彼等は後ろの気配に叫びながらも、自分達の車に何とか辿り着いて、その中に次々と飛び乗った。
「エンジン、掛けろ!」
「うるさい、
そう言うが、肝心のエンジンが点かない。何度も、何度も、ふかしてしまう。ガラスの向こう側にはもう、あの幽霊達が迫っているのに。彼等が乗る自動車は、一向に走りださなかった。彼等は自動車の窓やハンドル、座席の縁などを殴って、車の発進をひたすらに願いつづけた。
が、現実は無情である。彼等も根っからの悪人ではなかったが、それでも悪い事には違いなかった。悪い事には、悪い事が起こる。物事の道理を破るのは、彼等が考える以上に恐ろしかった。彼等は自分の家に命からがら逃げかえったが、それ以後から恐ろしい事が起こりはじめた。
自分だけしか居ない家の中で気配を感じる。
浴室の中で誰かに体を捕まれる。
視界の端に人影を見る。
深夜に謎の呻き声を聞く。
寝室の天井に幽霊を見る。
車のハンドル操作(事故には、至らなかったが)を奪われる、等々。
書き並べるだけでも、怖い事が起こりつづけた。彼等は日々の霊障に疲れて、挙げ句は「お坊さんとかに話そうか?」と話しはじめたが……。
そんな時にふと、ある事を思いついた。どう言う理屈で思ったかは不明だが、急に「同好会を開こう」と思ったのである。彼等は「それ」が幽霊の仕業である事も知らず、同窓会の案内所を書きはじめた。「これを書けば」
きっと助かる、そう頑なに信じて。
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