最終話 終らない青春

 どうなったのか? それは聞かなくても……いや、聞きたくなかったかも知れない。被害者の女子には悪いが、「今は、聞きたくない」と思ってしまった。彼女達は今の状況を察して、半分は「止めよう」と言い合い、もう半分は「聞こう」と言い合った。「この子には、悪いけどさ? 私達にも……ううん、関わるかも知れないし。被害が他の人にも出たなら、『そう言う人にまた頼らなきゃならない』と思う。私達は何も」

 

 悪くない。それは明らかだったが、一方ではそう言いきれない部分もあった。彼女の死因は何であれ、その内容に不自然なところはない。彼女が自分の意思で、自分の命を絶っただけだ。自分の周りに遺書すら残さず、自分の命を消しただけである。が、それでも否めない。彼女の死に自分達が関わっている可能性をどうしても否めなかった。


 自分達は「普通」と思っている事でも、相手には「苦痛」と思う事もある。相手の心を追いつめて、それを苦しめる事もある。「被害者の妄想」と言う可能性もあるが、それでも事実の可能性は否めなかった。


 彼女達は「幽霊の専門家に話そう」と言い合う一方で、亡くなった同級生にも「謝ろう」と話しはじめた。「あたし等が気づかなくても、相手が傷ついている事もあるからさ? あたし等、そう言うのは嫌いだし。何かの原因で、あの子が苦しんでいるなら」

 

 謝ろう。そう話し合った彼女達だったが、同級生の霊が消える事はなかった。(例の神主とは違う)霊能者に「鎮めて下さい」と頼んでも、取り憑かれた少女から離れなかったし。少女が相手に「自分にどうして、憑いたの?」と訊いても、それに「応えよう」としなかった。


 すべては、無限の向こうに。鏡の隅に写った影や、部屋の中から聞える声に。その存在をただ、訴えつづけるだけだった。彼女達は幽霊の存在に疲れると、最初は「怖い」と思っていた感情を捨てて、日常の中に「それ」を受けいれてしまった。「まあ、害があるわけでもないし? このまま放って置いても、良いんじゃないの?」

 

 残りの女子達も、それに「うん」とうなずき合った。見えない視線は怖いが、それ以外は何もない。視界の隅に見えるだけでは、「別に良いんじゃないか?」と思いはじめた。彼女はただ、死んだだけ。自分達とは違う、死の世界に逝っただけである。死の世界に逝っただけなら、それをわざわざ考える事はない。彼女はそう言い合って、同級生の亡霊を受けいれた。

 

 が、それが悪かったのかも知れない。同級生の霊は彼女達に何もしなかったが、肝心の彼女達がおかしくなりはじめた。図書室で彼女を見た女子生徒は、学校の春休みに(原因は不明だが)精神が壊れた。次に取り憑かれた女子生徒は、彼女と同じように死んだ。残された女子達も中年男性とのパパ活がばれたり、自分の彼氏から暴力を受けたり、望まぬ妊娠で学校を去ったりした。


 彼女達は個々の違いこそあれ、それぞれに「人生は、真っ暗だ」と思いはじめた。「そこに救いはない」と、そう内心で思うようになったのである。彼女達は一人の例外を除いて、華の高校生活から去ってしまった。「アイツのせいだ、アイツのせいで!」


 こうなった。それはある意味で真実、だが同時に「誤解」でもあった。同級生の幽霊は、彼女達の事を苦しめていない。友人達の傍に居て、その日常を共にしていただけだった。彼女達の言うような悪霊ではない。自分で自分の命を絶ってもなお、この青春を味わいたかっただけである。


 彼女は幽霊の意識を持ちつづける中で、生前のような生活を送り、残った女子生徒の体に取り憑き、相手の視線を通して、様々な日常を味わいつづけた。が、それも長くはつづかない。最後の女子生徒にも、例の依存心を抱いてしまったからである。


 彼女は最後の一人に取り憑き、相手もその力に苦しんだ。相手は、自分の体に落ちこんだ。だんだんと弱っていく体に、「幻覚」と「幻聴」が襲ってくる毎日に。ただ、苦しみつづけて……。彼女が最期の瞬間に見たのは、かつての級友達に囲まれた幻影だった。女子生徒は病院の中で息を引き取ると、自分の家族や友達に囲まれて、天の国に昇ってしまった。

 

 幽霊は、その光景に呆然とした。自分は、何もしていないのに。自分の霊気に当てられた人がまた、向こうの世界に逝ってしまった。幽霊は「それ」に落ちこんで、学校の図書室に戻った。学校の図書室は、彼女の住処。その思念が残る場所だったからである。


 彼女は「そこ」に戻ると、寂しげな顔で図書室の中をさまよいはじめた。でも、そこに一つ。あの恐ろしいエッセイが現われた。例の女子生徒と同じような者が、図書室の中でアレを読みはじめたのである。


 男子生徒はエッセイのページをめくると、その内容をじっと読んで、周りの音をすっかり忘れてしまった。それを見ていた幽霊も、その気配に釣られてしまった。理由の方は分からないが、(恐らくは、エッセイの霊気に当てられたのだろう)例の感覚を思いだしたのである。

 

 幽霊は感覚の酔いに負けて、この男子生徒にも「取り憑こう」としたが……。今回はどうも、前回とは違うらしい。前回は自信の寂しさも相まって、クラスメイトの女子生徒に取り憑こうとしたが。今回は話した事もない男子、出身の中学もまったく違う男子生徒だったせいか、それが憑依の力を弱めてしまったようである。彼女は力の影響を受けて、エッセイの向こう側に飛ばされてしまった。

 

 エッセイの向こう側は、闇だった。遠くの方には、光が見えるけれど。それ以外は、嫌な闇に覆われている。彼女の後ろに広がる世界も、そして、正面に広がるような世界も。まるで洞窟の中みたいになっていた。彼女は遠くの光を見て、ここがトンネルであるのを察した。生前の彼女が何度も見た場所、家族旅行や修学旅行で何度も見たトンネルの中である。

 

 彼女はどこのトンネルかは知らないが、それでも今の場所に「ホッ」とした。訳の分からない場所に飛ばされるよりは、「こう言う場所の方がマシ」と思ったからである。「ここがトンネルの中」と分かれば、(それでも不安だが)余計な事を考えなくて済む。道の向こうに出口が見える以上、そこに進んでいけばよかった。

 

 彼女はそう考えて、トンネルの中を歩きだしたが。ある程度進んだところでふと、妙な違和感を覚えた。……何かの気配を感じる。自分の事をじっと見るような、そんな視線もたくさん感じられた。彼女は「それ」に怯えて、トンネルの中を黙々と進みつづけた。トンネルの中に違和感を覚えたのは、それからすぐの事だった。自分の背中に飛びつく気配、それに「え?」と驚いたのである。

 

 彼女は背中の違和感に震えて、その正体を確かめた。違和感の正体は、同級生だった。彼女の同級生だった女子達。それが彼女の背中から腹、挙げ句はその腕にも「触ろう」としていたのである。彼女は「それ」に怯えるあまり、彼女達の前から逃げてしまった。「どうして? どうして? どうして? あの子達が」

 

 こんな場所に居るのか? それは、考えなくても分かった。彼女達は幽霊、自分に殺された怨霊達である。怨霊は、死んだ人間を呪えない。死んだ人間に怒りは感じても、それに怨はぶつけられなかった。怨がぶつけられないのなら、然るべき場所に漂うしかない。彼女達はあのエッセイに導かされて、件のトンネルに呼びよせられたのである。

 

 少女は「それ」を察して、自分の未来を諦めた。最初から希望らしい物は抱いていなかったが、こうなるのは流石に考えていない。正直、逃げられるものならすぐに逃げたかった。自分の周りを取りまくクラスメイト達、それに刺激を受ける周りの浮遊霊達。彼等は自分達の中に彼女を取りこんで、住人の一人にしてしまった。「モウ、寂シクナイ。私達ガズット、貴女ノ傍ニ居ルカラ」

 

 ズット、ズット、楽シモウ? 終ラナイ青春を送ロイウ? 「ね?」

 

 少女は、その言葉に悔いた。自分が死んだ事にも、そして、失恋の衝動にも……まあ、いい。そんな事は、どうでも良かった。自分にどんな過去があろうと、自分のせいで彼女達が死んだ事は事実だからである。


 その事実から逃れる術はない。今の状況にただ、落ちこむだけである。少女はそんな事を思って、かつての友人達に「ごめんね?」と微笑んだ。「私もずっと、一緒に居たい。みんなと」

 

 だから、許して。

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