心霊トンネル

第1話 村の生き残り

 罪は金で消せるし、闇は権力で消せる。「それ」がどんなに間違った事でも、その主張自体を取り消せるのだ。悪い連中に「それ」を任せる事で、いくらでも取り消せるのである。彼等が育った村も、その業が蔓延る世界だった。人間が祟りを恐れて、神様に生贄を捧げる世界。それが当然のように罷り通った世界だった。


 彼等は自分達の異常性を疑わず、その霊能者(と呼ばれていたらしい)に従って、ある時には村の娘を犯したり、またある時には村の青年を焼き殺したりした。「アイツは妖怪だ、殺せ。アイツは妖魔だ、潰せ」

 

 すべては、村のために。村が平和であるために。彼等は国の決まりを破って、霊能者の思想に従いつづけた。「彼は、守り神だ。この村を守る神、絶対の守護神である!」

 

 霊能者は、その声に喜んだ。自分がなぜ崇められているのかは分からないが、とにかく気持ち良かったからである。村人達が差し出した若い女を犯した時も、それが「自分への敬意」と思って、泣きさけぶ女を何時間も犯しつづけた。


 霊能者は自分の行動が「良い」とも「悪い」とも考えないで、村人達から与えられる褒美、自身の両親から与えられる力に「ぐふふふっ」と笑った。「俺は、神だ。何をしてもいい。俺は、自分が思うように生きていいんだ」

 

 自分が犯したい時に女を犯し、自分が殴りたい時に青年を殴る。それで相手に怒られても、自分の両親が「それ」を揉み消してくれた。彼の両親は一人息子があまりに可愛くて、それが喜びそうな事、それが満たされそうな事を次々と与えつづけた。


「そうか、そうか。なら、くれてやる。うちらは、村の支配者じゃけんな? お前が欲しい物は、何でもくれてやる。金も、女も、みんな。欲しい物は、全部や。国のお役人達も、うちらの味方だしね。うちらがちょいと脅せば、すぐに従ってくれるだろう。『息子の事を見逃してくれ』ってな? 司法の方にも、声を掛けてくれる。法律も習慣もみんな、『お前に従え』ってな? 現代の王様にしてくれるんよ。そうじゃき、好き勝手にしていい。◯◯さんっ家の嫁が欲しけりゃ、すぐに別れさせるで?」


 霊能者は、その言葉に微笑んだ。「三十の男」とは思えない笑みを浮かべて、その内容に「俺は、神だ!」と叫んだのである。彼は自分の全能感、その生まれに唯我独尊を感じた。が、そんな支配が続く筈もない。最初は彼に従っていた村人達も、それに「ふざけるな」と思いはじめた。


 彼等は村の若者を集めて、霊能者の家に向かった。自分達の罪を償うため、そして、死んでいった人々を悼むために。それぞれの家から武器を持ちだして、家の中にぞくぞくと入ったのである。


 彼等は家の中に入ると、最初は霊能者の父親、次に母親を殺して、最後に霊能者の首を落とした。「アンタは、神じゃない。ただの人間じゃ。ただの人間が、神様の真似をしていたんだで」


 だから、生かしておく事はない。彼等と関わりのある連中は怒るだろうが、それも公にはできない情報だった。これが世間に知られれば、様々な人が裁かれる。狂った人間の遊びに付き合った、その咎を受けなければならない。法治国家のルールとして、それは突然の事だった。


 罪を犯した人間が、そのままで居られる筈はない。彼等は「蜥蜴とかげの尻尾切り」として、この狂った家族に咎を、すべての罪を擦り付けた。が、それが不味かったらしい。世間では「小さな村で起こった大量殺人」としか報じられなかったが、その裏では大変な事件が起こってしまった。村の人々が死ぬつづける事件、それが何年でも続いてしまったのである。


 村人達はその異変に狂って、「これは、アイツの祟りだ」と言いはじめた。「わい等がアイツを殺したから! アイツはきっと、わい等の事を許さない。自分の意見に逆らった、わい等を。わい等は、アイツの呪いから決して逃げられんのじゃ」

 

 この村にたとえ、本物の霊能者を呼んでも。この祟りは決して、収まらないだろう。事実、偉いお坊さんも「これは、ダメだ」と言っていたし。この祟りを収める術は、どう頑張っても見つからなかった。彼等は自分達に降りかかった不幸を呪って、この忌まわしい祟りに泣きさけんだ。


「なしてだ? なして、こんな目に遭わなきゃならん? わい等は、普通に生きていただけじゃ。普通に生きて、村長の命を聞いていただけじゃ? 周りの村々と同じように。わい等はただ、村の決まりを守っとっただけじゃ!」


 それなのにどうして? 我が娘を殺されなきゃならん? 娘の大事にしとった、鈴を盗られなきゃならん? 娘はまだ、男を知らなかったのに? アイツはなぜ、その娘を殺したんじゃ? 


 彼等は理不尽な現実に狂ったが、少子高齢化の波を受けて、それを受けつぐ人間が次々と減ってしまった。「悔しいがね? 死んだ人間は、罰せない。それがどんなに許せない罪でも。生きた人間じゃ、死んだ人間を殺せんのよ? 相手がどんなに狂っていてもね? 死んだ人間は」

 

 それだけ強い。ファミレスの中でそう呟いた青年に友人も「確かにね?」とうなずいた。青年は夜勤明けの空気を楽しんで、その忌まわしい話に眉を寄せた。「『自分がそこの出身だ』と思うと、ううん。頭の奥が居たくなるわ。この話はもう、葬られた話なのに。家の親父が村から出なきゃ、俺もくたばっていたかも知れない。『お前には、こんな思いはさせたくない』ってね。親父には本当、感謝だよ」


 友人は、その話に苦笑した。話の内容もアレだが、「コイツ性格も大概だ」と思ったらしい。自分の珈琲を飲む時も、呆れ顔で親友の顔を見ていた。友人は皿の上にカップを置いて、朝限定のサンドイッチを食べた。


「そんな奴がまさか、心霊スポットに行こうなんてね? 普通なら信じられない。そんな話が自分にあるなら、そう言うところは『避けよう』とするのに。お前はあえて、『そこに行こう』としている。俺の感覚からすれば、信じられない話だよ? それに夜勤明けの状態でさ? 頭のどっかがぶっ飛んでいる」


 青年は、その言葉に吹き出した。確かにぶっ飛んでいるだろう。(自分の境遇はキッカケに過ぎないが)会社の休み時間にそう言うサイトを見ただけで、「そう言う場所に行こう」とするなんて。ホラーへの理解が無い人間には、とても信じられない事だった。


 青年はそんな常識を破って、仕事が休みの友人に微笑んだ。「まあまあ、言うなよ? 貧乏なお前にこうして、朝飯も奢っているんだからさ? 少しくらいは、付き合え。俺は、退屈な毎日に苛々していたんだ。毎日、毎日、職場の上司に怒鳴られてよ? 世間が不景気でなきゃ、とっくに辞めている会社だ」

 

 友人はまた、彼の言葉に苦笑した。「自由業の身分で笑うのは不味い」と思ったが、正社員でも「その勤め先がブラック企業なら辛い」と思ったらしい。彼は正社員への憧れを消して、目の前の青年に同情を抱いた。「そんなところで働いてりゃ、確かにぶっ飛びたくなるよな? 日頃のストレスから逃げるために。俺も将来が不安だけど、お前みたいな身分も大変だな」

 

 青年は、その言葉に苦笑した。自由業の将来が不安なのは分かるが、それでもブラック企業よりはマシ。労基ガン無視の怪しい会社に比べれば、「彼のような身分は楽そうだ」と思った。彼は自分の珈琲を飲みほして、友人の目を見かえした。友人の目は、作家の隈に覆われている。


「俺も何か書こうかな? 物書きが大変なのは、分かるけど。今の仕事よりはずっと、楽しそうだし。サビ残万歳の会社よりは、すげぇマシでしょう?」


「ううん、まあ。でも、やっぱり大変だよ? 〆切りはきついし、本も売れないからさ? 映画の原作本とかなら良いけど。万年筆一本で食べていくのは、今のご時世じゃ難しい」


「ふうん。なら」


「うん?」


「今回の事、本にすればいいんじゃねぇ? 『親友と行く、心霊スポット集』とかさ? 怖い話系は、結構昔から人気だし」


「そう、だね? それを書いて、何もなければ」


「大丈夫だよ。お化けも、祟りも、怖くない。アイツ等はもう、あっちの世界に居るからね? そんなに怖がる事はない。俺からすれば、生きた人間の方が怖いよ? パワハラ上等の堅物上司とかさ?」


 友人は、その皮肉に吹き出した。青年も、自分の冗談に笑いはじめた。二人は高校時代の自分を思いだして、互いの顔をしばらく見つづけた。「さて」


 そう微笑んだ青年に友人も「行くのか?」とうなずいた。友人は青年に「最後の抵抗を見せよう」としたが、「コイツはもう、止められない」と悟ると、かつての自分を思いだして、テーブル席の上から立ち上がった。「『危ない』と思ったら、逃げるぞ? 俺にもまた、仕事があるからね。〆切りに遅れると、担当に怒られる。今日だって」


 青年は、その続きを遮った。「そこから先は、言わなくても分かる」と言う風に。「分かっているよ、俺のワガママに付き合ってくれた事くらい。お前には」


 迷惑を掛けないから。そう微笑んだ青年は、どこまでも嬉しそうだった。「そんじゃ、行きますか? 件のお化けトンネルに」

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