第2話 専門家に相談

 話の神社は、隣の県にあった。彼の家から車で数時間、高速道路でも二時間掛かる場所。いくつもの山道を越えた、小さな町の一角にあった。彼等は神社の巫女さんに事情を話すと、彼女の案内に従って、社務所の中に入った。社務所の中は、静かだった。部屋中の掃除も行き届いていて、埃らしい埃が見られない。彼等の前に置かれた湯飲みも、「来客用」と思われないくらいに高そうだった。

 

 彼等は、その湯飲みに息を飲んだ。こんな高級品は、見た事がない。家の棚に居られている茶碗類も、こんなに高い物は買っていなかった。彼等は目の前の品に怖くなったが、神主が社務所の中に入ってくると、それに救いを感じて、ソファーの上から立ち上がった。「△△神社の□□さん、ですね?」

 

 神主は、その質問にうなずいた。彼等の不安をそっと和らげるように。神主は二人から各々の名前を聞いて、ソファーの上にまた二人を座らせた。「どうぞ、落ちついて下さい。ここは、神様の領域ですからね。悪いモノも、そう簡単には動けません。しばらくは、人形の中に閉じこめられる筈です」

 

 二人は、その言葉に「ホッ」とした。わらにもすがる思いで訪れた神社だが、どうやらここで間違いないらしい。神主の対応はもちろん、アルバイトの巫女さんですら「大丈夫です」とうなずいた。専門家の二人がそう言うならきっと、この地獄からも解きはなたれるに違いない。


 二人は……特に青年は嬉しそうな顔で、目の前の青年に頭を下げた。「お願いします。俺はぜんぜん、覚えていないけれど。この人形に取り憑かれていたようで。彼女が俺を見つけた時も、本当に死ぬ一歩手前だったそうです。人形の頭をずっと撫でていて、会社の人達にも心配を。俺は……心当たりはないですが、この人形に魅入られてしまったんです」

 

 神主は、その話に表情を変えた。口元の笑みは消えていないが、両面の眼光が鋭くなったのである。神主は青年の持ってきた人形を眺める一方で、青年から「この人形と出会った経緯」を聞きだした。


? 自分の頼んでいない人形が、自分の家に送られてきて。貴方は……理由は不明だが、業者に人形の返品を」


「ええ、断りました。何故かこう、手元に置いておきたくて。業者の女性に『それ』を伝えました。女性は上司の方と話したそうですが、『こちらのミスだ』と言う事で、自分の要求を飲んでくれたんです。僕は元々頼んだフィギアの代金も払って、自分の部屋に人形を置きました」


 神主は、その話に目を細めた。話の内容は正にホラーだが、その細部に違和感を覚えているらしい。青年が神主に「どうされました?」と訊いた時も、それに「あ、いや」と応えるだけで、その質問自体に「答えよう」とはしなかった。神主は人形の目をしばらく見て、その瞳に眉を寄せた。


「業者のマニュアルがどうなっているかは、知りませんが。それでも、まあいい。とにかく、『そう言う事だ』と。業者の方が間違えて、『貴方にこの人形を送った』と。今までの話を伺う限りでは、それがすべての始まりだった。業者の送ってきた人形が、曰く付きの」


「そう、です。今でも信じられませんが。とにかく、そう言う事みたいで。相手は……経緯の方は分かりませんが、俺の家にヤバイ人形を送ったんです。完全受注生産の業者が」


「呪いの人形を、ね。まあ、そう言う事もあるでしょうが。それでも」

「どうしたんです?」


 神主は、その質問にしばらく答えなかった。今までの話を聞いて、そこから一つの推理を考えたらしい。「高森さん」


 青年こと、高森は、その声に応えた。神主の声が鋭かったせいで、少し怯えてしまったらしい。彼はテーブルの方に乗りだして、神主の顔を見かえした。「なんです?」


 神主は、その声に目を細めた。まるでそう、彼の不安を見透かすように。「貴方の電話に出た方は、本当に居るのでしょうか?」

 

 高森は、その質問に固まった。質問の意図が分からない事も含めて、その問いかけに声を忘れてしまったからである。彼は神主の目をしばらく見て、人形の顔に視線を移した。人形の顔は、いつもの笑顔を浮かべている。


「居ましたよ? 居たから、俺の電話にも出たんです。『違う商品が送られてきた』って、上司の人にも」


「確かめた。それはまあ、自然な事です。仕事の上で伺いを立てるのは、ごく普通の事ですから。別におかしな事ではありません。問題は、『相手が貴方の要求に応えた』と言う事です」


 高森はまた、相手の言葉に黙った。言葉の意図はまだ分からないが、その概要が「少しだけ分かった」と思ったからである。彼は不安な顔で、神主の目を見かえした。


「それは、不自然な事でしょうか?」


「『不自然』とは、言いきれません。ですが、ちょっとおかしいでしょう? 今回の人形が通常品ならまだしも、これがもしも限定品だったら。本来の注文者は、堪ったモノじゃない。注文者の性格にもよりますが、人にとってはクレームを入れる人も居ますからね? 会社のホームページだけではなく、SNSの世界にも。『ここは、ダメな会社だ』と言いふらす筈です。今の様なご時世ならね? 相手の不備に文句を言う人は、たくさん居ます」


「な、なるほど。最悪、業者の評判にも関わるわけですね? 問題に対して、『然るべき対応が成されていない』と。SNSの世界にばらまかれるわけだ?」


「そう言う事です。たった一つの呟きが、相手の人生を変えてしまう世界。そんな世界に生きて、こんなミスは致命的です。最悪、訴えられる事案だ。業者は自分達のミスに対して、どこか他人行儀になっている。まるで、貴方に処理を任せたような」


「た、確かに。俺がもし、相手の不備に文句を言ったら。こんな程度じゃ収まらない。今頃は、大いに燃えている筈です。テレビやネットでも、その話題が上げられて。でも」


「そうは、ならなかった。貴方が『それ』を望まなかったお陰で、事態の悪化が防がれたんです。貴方の抱いた気まぐれによって。相手は……いえ、悪霊は」


「悪霊!」


「そうです。この人形には、悪霊が宿っている。自分が取り憑いた相手の命を吸いとる、とんでもない悪霊が。悪霊は窓口の女性を装って、自分の意図に貴方を従わせた。貴方自身にその意識は、無くてもね? それが」


 高森は、相手の声を遮った。それがもし、本当ならば。自分は、幽霊と話した事になる。あの夜、あの受話を通して、あの女性と話した事になった。彼はその事実に覚えたが、もう一方では「そんな筈はない」と思った。


 すべては、神主の想像。それが作った、憶測の可能性もある。彼はそんな期待を抱いて、神主の顔に視線を戻した。「本当かどうかは、分からないでしょう? 本当に間違えただけかも知れないし、ねぇ?」

 

 神主は、その期待を裏切った。彼が最も嫌がる内容を話して。神主は、彼の精神に止めを刺した。


「確かに。ですが、それが真実です。貴方の希望を壊すような」


「事は、ありえない! それを表す証拠は」


「ありますよ?」


「え?」


 ある? そんな、バカな?


「証拠などあるわけ」


 神主は、その続きを遮った。人形の方を「チラリ」と見て。



「はぁ?」


 本人? 「本人」って、そんな事……。「ありえないですよ? だって」


 神主はまた、相手の言葉を遮った。今度も、人形の背中に目をやって。「悪霊がそう言っているなら、間違いないでしょう? 悪霊は獲物を見つけて、その家に這入った。獲物の精神を乱して、己の虜にしたんです。獲物の精神を食らうために。貴方はただ、その毒牙に掛かっただけだ」


 青年は、その話に肩を落とした。神主から聞かされた話が、あまりに衝撃だったからである。彼は女友達の励ましを受けてもなお、その衝撃からしばらく抜けだせなかった。。「俺は最初から、コイツの獲物だったんですか?」


 その答えは、沈黙。だが、意味のある沈黙だった。神主は人形の体にお酒を垂らして、青年の顔に視線を戻した。青年の顔は、今の話に青ざめている。「彼女から聞いた限りではね? 彼女は……詳しい経緯は分かりませんが、そう言う手で相手の命を吸ってきたそうです。手頃そうな相手を見つけて、その家にやってくる。彼女はフィギア趣味の貴方に惹かれて、『次の獲物は、貴方にしよう』と決めたようです。本当に迷惑な話ですが」


 青年は、その言葉に苦笑した。確かに迷惑な話である。そんな相手に狙われては、溜まったモノではない。正直、この人形に「ふざけるな」と思った。そんな理由で相手を呪うなんて、「どんな聖人でも怒ってしまう」と思ったのである。


 青年は人形への怒りを見せる一方で、神主には「これからの事を話そう」と思った。「話はまあ、分かりましたが。俺が話したいのは、未来の事です。この人形をどうするか、どう処せれば良いのか? その手段を神主さんから伺いたいんです」

 

 神主は、その言葉に微笑んだ。人形の真意はどうであれ、それが問題の本質だったからである。彼の悩みが消えなければ、「真の解決」とは言えない。神主は目の前の二人に御守りを持たせると、今度は二人のお祓いを済ませて、二人に「これで、大丈夫です」と言った。


「人形との縁を切りました。お二人にはもう、人形の呪いは来ないでしょう。その御守りも、二人の事を守ってくれるだろうし。お二人が怖がる必要は、ありません。人形の方も、こちらでお預かり致します」


 青年は、その言葉に「ホッ」とした。それを聞いた女友達も、彼と同じように笑った。二人は本気の感謝を込めて、目の前の神主に頭を下げた。「よろしくお願いします。今回は、本当にありがとうございました」

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