怪異の預かり処
第1話 頼んでいない人形
推しのフィギアは、いつ観ても楽しい。自分の好きなキャラクターが、最高の形で作られている。部屋のスペースが取られるのは仕方ないが、それでも「観る価値はある」と思った。彼は椅子の背もたれに寄りかかって、自分のコレクションを眺めた。「美少年」と「美少女」、「美人」と「美男子」が集まったフィギア達を「ニマニマ」しながら眺めたのである。
彼は端の一体まで眺めると、自分の机に向きなおって、パソコンの画面を見はじめた。パソコンの画面には、フィギア工房(※フィギアの売買を専門に扱っているサイトらしい)のページが出ている。彼は「新品」の項目から見て、自分の欲しいフィギアを探した。
彼の欲しいフィギアは、すぐに見つかった。売り上げランキングで上位に入っているフィギア、その女性キャラクターが目に入ったからである。彼は製品の質や評価、納期などの情報を見て、その購入画面に進んだ。「財布が厳しくなるけど。まあ、問題ないでしょう? 朝飯が少し減るだけだ」
おかずの一つや二つ、我慢の
彼は相手の受領書に判子を押すと、部屋の中に「それ」を持っていき、床の上に段ボールを置いて、段ボールの中身を開けた。が、おかしい。段ボールの中には商品が入っていたが、そのフィギアがどうもおかしかった。「俺の頼んだフィギアじゃない」
別の商品が入っている。フィギアの造形は今風だが、その内容は注文品とまるで異なっていた。彼の頼んだフィギアは、こんなにリアルでない。もっと今風な、アニメ、アニメしている造形だった。彼は「それ」に苛立って、発送元の会社に電話を掛けた。「すいません、そちらで商品を買った者ですが。自分の頼んだ物と違うんですけど?」
相手の女性は、その内容に驚いた。だが、すぐに「申し訳ありません」と謝った。女性は彼から家の住所や商品名を聞いて、彼に「お時間は、頂きますが。改めて、お客様の注文品をご発送致します。お客様に誤送しました商品は」
彼は、その続きを遮った。「販売元に返す」となれば、色々と面倒である。相手は「送料の方は、こちらが負担致します」と言ってくれたが、それも「面倒だ」と思ってしまった。
彼は「無料にしてくれるなら」と言う条件で、相手に今回の件は訴えない事、御社のホームページやSNS等にも書かない事を伝えた。「最初は驚きましたが、これもなかなかに悪くないので。自分のコレ、手元に起きておきたいんです。こう言うのは、今まで買った事がないので」
相手は、その提案にうなずいた。上司からは少々叱られたようだが、その提案に上司もうなずいてくれたようである。相手は誤送の旨を謝った上で、彼に「申し訳御座いません。代金の方は頂いておりますので、商品の方をまた送らせて頂きます」と言った。「この度は、誠に申し訳御座いませんでした」
彼は、その言葉に「ホッ」とした。普通なら相手に文句を言うところだが、相手の態度が良かったので、その気持ちも起こらなかったらしい。相手が送ってきた商品にも、ある種の親愛感を覚えてしまった。彼は、思わぬ出来事に「ニコリ」とした。「まあ、いいや。こう言うフィギア、『ドール』って言うのかな? リアル調の人形にも、興味があったし。今回は、それを知るキッカケだったのかも?」
そう思えば、別に腹も立たない。相手の手違いが、「自分への御褒美」とすら思えてしまう。フィギアもとえ、ドール(と言う事にした)の顔を見た時も、その造形美に思わず魅入ってしまった。彼は本来の注文品が家に届いてもなお、嬉しそうな顔で女性のドールを愛しつづけた。
が、それが異変の始まりだったらしい。彼自身に自覚はなかったが、その生活がおかしくなりはじめた。勤め先の会社をちょくちょく休む。本来ならする筈の家事労働、フィギア達のメンテナンスもしない。挙げ句の果ては、自分が欲しかった注文品も未開封のままにしていた。彼はあらゆる用事、寝食のすべてを忘れて、ドールとの時間に酔いしれた。「可愛い、可愛い、かわいい、カワイイ」
本当に可愛い。瞳の煌めきはもちろん、髪の毛の一本ですら愛おしかった。室内灯の明かりに照らされた頬が、その光を跳ね返す光景も。彼にとっては、芸術のように見えた。彼は自分の体を忘れて、昼夜の感覚をすっかり忘れてしまった。
が、それに割りこんだ者が一人。彼の彼女(と言うべきか?)が、その空間に入りこんだ。彼女は連絡の取れない彼を案じて、彼の部屋に「だいじょうぶ?」と訪れたのである。「電話にも出ないで? 会社の人も、みんな」
そう言いかけた彼女が固まったのは、言うまでもない。彼女はフィギア仲間の変わりはてた姿を見て、その近くに思わず走りよってしまった。「何やっているの? しっかりして!」
青年は、その声に応えなかった。幸せそうな顔で、人形の頭を撫でている。彼女から平手打ちを受けても、それに「うっ」と倒れるだけだった。彼は床の上に倒れてもなお、幸せそうな顔で人形の頭を撫でつづけた。「可愛い、可愛い、かわいい、カワイイ」
彼の女友達は、その声に震えた。声の調子は、彼なのに。その雰囲気は、彼ではない。彼の上に何か、得体の知れない気配が感じられる。これは、今すぐに何とかしなければならない。彼女は青年の精神を正そうとしたが、いくらやっても治らないので、仕舞いには彼の人形を叩きおとしてしまった。
……彼が正気の戻ったのは、正にその瞬間だった。自分の周りを見わたす、彼。彼は視界の中に女友達を認めると、彼女の泣き顔に驚いて、その怒声に「どうして?」と訊いた。「君が、ここに居るの? と言うか?」
自分は一体、何をしていたのか? 身体中から凄い匂いがするし、その体自体も思うように動かない。彼女から「バカ!」と言われた時は、その声に倒れかけてしまった。彼はすっかり痩せ細った自分の体を見て、それに言い知れぬ恐怖を覚えた。「こんなになるまで! 自分の趣味に死んで、どうするの?」
そう叫んだ瞬間にビンタ、彼の頬を思いきり叩いた。彼女は彼の肩を揺さぶって、それから相手の体を抱きしめた。相手の体は、骨と皮だけになっている。「人形に食われちゃ、ダメじゃない? 趣味は、
青年は、その言葉に「ハッ」とした。言われてみれば、そう……ではない。そんな事は、言われないでも分かっていた。趣味は、楽しむ物。自分の人生を満たして、その中に意味を見出す物。自分の人生を壊す趣味は、麻薬のそれと変わりなかった。彼は彼女の体を放して、その涙をそっと拭った。「ごめんね? 俺、どうかしていたよ。この人形に取り憑かれ」
そう呟いた瞬間に「ハッ」とした。「自分はなぜ、そんな事を言ったのか?」と、そう内心で思ったからである。この人形が好きなのは事実だが、それを「取り憑かれた」と言うのはどう考えてもおかしかった。
彼は自分が魅入られていた人形、その意識が奪われていた人形に目をやった。人形は、いつものように笑っている。まるでそう、彼の不安を煽るように。その不安を「クスッ」と促していた。
彼は、その笑みに戦いた。いつも見ている笑みが、この時は嘲笑のように見えたからである。彼は嘲笑の意味を察して、女友達の顔に目をやった。女友達も、彼の目を見かえした。二人は薄暗い部屋の中で、互いの目をしばらく見つづけた。「お祓いしよう?」
そう述べた女友達に彼も「そうだね」とうなずいた。彼は女友達の手を借りて、お祓いのできる神社やお寺を探しはじめた。「このままじゃ、殺される……」
自分の好きな事で、死ぬのは嫌だ。死ぬなら、自分の思うように死にたい。彼はいくつかの候補を見つけて、その一件から電話を掛けはじめた。「もしもし、◯◯神社ですか? 人形供養の事で、相談があるんですけど?」
相手は、その願いを断った。二件目の神社も、そして、三件目もお寺も。みんな、彼に「ごめんなさい」と謝ったのである。彼等は「お祓いは、専門ではない」と言う理由で、彼の願いを断ってしまった。
「貴方の事情も、分かりますが。うちは、そう言うのをやっていなくてね? ネットの情報を鵜呑みにしちゃいかんよ? あんなのは、ほとんどが嘘なんだから。そのまま信じちゃいけない。お祓いの件も……いや、待て? そう言えば、一件。そう言う神社があったな?」
彼は、その話に飛びついた。話の内容はどうであれ、「それが頼みの綱だ」と思ったからである。彼は(疲れが限界に達したので)女友達に自分のスマホを渡し、彼女に電話の相手を任せて、彼女から話の内容を聞いた。
「△△、神社?」
「うん、『そこなら間違いない』って。お祓いの方もちゃんと、してくれるらしいし。この人形も、神主さんが引き取ってくれるらしいよ?」
「そっか。それじゃ、その神社に行こう。こんな地獄はもう、御免だからね?」
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