呪いを飼う女

第1話 彼女のコレクション

 昼でも怖い場所は、ある。頭上の空が晴れて、地上の全体に太陽が当たっていても。誰も住んでいない廃村には、その恩恵が感じられなかった。彼女は自分の背中にリュック鞄を背負って、廃村の中をゆっくりと歩きはじめた。


 廃村の中は、静かだった。建物の壁に風が当たる音、それで壁の内側が軋む音、それ等以外はほとんど聞えない。彼女が(間違って)踏みつけた木の枝も、それの鳴る音がハッキリと聞えた。彼女は枝の音に驚いたが、それもすぐに収まって、いつもの調子を取りもどした。「まさか、こんなに響くなんて。自分でも、ビックリだよ。ただ」

 

 おいしい。。今の音が響いた事も、そして、雲の中に太陽が隠れた事も。この趣味を始めて以来、本当に初めての事である。彼女は「それ」に喜んで、自分の趣味を楽しみつづけた。「楽しい」

 

 本当に楽しい。村の中が少し暗くなったが、それも「楽しい」と思った。こう言う感じの方が、雰囲気も出る。曰く付くの場所を巡る趣味(つまりは、心霊スポット巡り)には、こう言う雰囲気が必要だった。何も無いような探索は、つまらない。自分の命が脅かされるのは論外だが、(そうでなければ)これくらいのホラー感は必要だった。


 彼女は廃村の家々を回って、その中にある物、持ち主不在の手鏡や、家の床の間に飾ってあった掛け軸、化粧台のところに置いてあった櫛などを見つけて、鞄の中にそれ等を入れた。「ふふふ、大量、大量」

 

 大収穫。大量殺人が原因で廃村になった村だが、それでも想像以上の収穫だった。手鏡の保存状態はもちろん、それ以外の物も新品にしか思えない。Yah◯o!のオークションやメ◯カリなどに出せば、すぐに売れそうな状態だった。


 彼女は「それ」を不思議に思ったものの、心霊収集家の血が騒いで、そう言う疑問をすっかり忘れてしまった。「まあ、いいや。ここは、そう言う場所なんだろうし。ヤバイ物も、ヤバイ状態になる。見つけた道具が新品同然なのも」

 

 そう言う力が働いているからだろう。持ち主達の残留思念、あるいは、付喪神の類が状態を保っているに違いない。この廃村が「心霊スポット」として知られている所以も、そう言う背景があるからだった。「あの村には、入ってはいけない」と。「仮に入ってしまった場合でも、その村にある物を盗ってはならない」と、そんな背景があったからである。

 

 彼女は「それ」を知った上で、村の中から物を盗った。「それをやったらヤバイ」と知った上で、その禁忌を犯した。「そこまで危ない物ならきっと、本物に違いない」と、そう確信を得たのである。


 彼女は鞄の重さにうなずいて、村の中から出た。村の外は、明るかった。外泊や野宿の可能性も考えたが、思ったよりも早く欲しい物が見つかったので、日没よりも前に村から出られたからである。

 

 彼女は自分の車に乗って、自分の家に帰った。彼女が自分の家に着いたのは、夜の七時過ぎだった。彼女は玄関の鍵を開けると、家の中に入って、自分の部屋に向かった。彼女の部屋は玄関から左に進んだ場所、家の浴室から少し進んだ場所にある。


 彼女は部屋の扉を開けて、その中に入った。部屋の中には、様々な物が置かれていた。彼女が今までに集めた物、曰く付きの物が置かれていたのである。彼女は机の上を片づけて、そこに今回の戦利品を並べた。「ううん、良いね。素晴らしい」

 

 どれもこれも、綺麗だ。手鏡の表面はピカピカだし、櫛の表面にも漆が塗られている。鈴の表面は錆び付いていたが、それも「気にならなければ、気にならない程度」だった。彼女はそれ等の物を見て、その一つ一つを弄りはじめた。「まずは」

 

 手鏡。その背面に模様が入った、美しい手鏡である。彼女は手鏡の背面を見たり、鏡の反射具合を見たりして、そこに「恐怖は、無いかな?」と探した。が、何も見られない。自分の顔がしっかりと写されるだけで、それ以外には何の異変も見られなかった。同じように調べたくしも、そこ等辺の櫛よりも上品な感じ。それで自分の髪をとかしみても、その感触に「おお!」と感じるだけだった。


 彼女は「それ」に落ちこんで、机の上に櫛を置いた。今の結果が、「つまらない」と思ったらしい。今まではそれらしい現象が見られたが、今回は(残念ながら)外れを引いたようだった。彼女は残りの鈴にも触れて、それを「どうかな?」と鳴らした。「綺麗な音」


 夜の静寂に溶けるような、そんな美しい音色だった。彼女は鈴の音に酔って、その音色をしばらく聴きつづけたが……。自分の背後にふと、気配を感じてしまった。誰かに見られているような視線、それを背後から感じたのである。


 彼女は「それ」に怯えながらも、一方では怪異の出現に喜んで、自分の後ろを振りかえった。彼の後ろには、誰も居なかった。例の視線はまだ感じているものの、肝心の本体らしき物が居なかったのである。彼女は「自分の勘違い」も含めて、部屋の壁をしばらく見つづけた。

 

 部屋の壁に異変が見られたのは、それからすぐの事だった。壁の中から現われた、一つの影。影は女性の形になって、部屋の中をふわふわと動きはじめた。……彼女は、その光景に胸を躍らせた。女性の影が自分に襲ってくるかも知れないが、それ以上に浪漫を感じてしまったからである。


 あの怪異が呪物、特に鈴の音で現われた物だったら? 今回の旅は、大当たり。それも、特大の大当たりだった。自分の目でそれを見られたなら、これ以上に嬉しい事はないからである。女性はこの奇跡に喜んで、女性の影をしばらく見ていたが……。


 相手には、それが不快だったらしい。最初は警戒の目で彼女を見ていたが、相手がそれに笑いかえすと、その視線に怒って、相手の体に襲いかかった。影は、女性の首に手を回した。「見ルナ、見ルナ、見ルナ」

 

 最後はもう、怒声だった。部屋中に響く、怒声。オーディオスピーカーの音量を最大にしたような怒声である。女性の影もとえ、怨霊(?)は真っ黒な殺意で、相手の首を絞めつづけた。


 だが、どうしてだろう? 相手が思った以上に怖がらない。首の感触には参っているようだが、それすらもどこか嬉しそうだった。怨霊は女性の首から手を話して、相手の顔を見つめた。相手の顔は、歓喜の涎を垂らしている。「ナッ、ナッ、ナッ?」

 

 コイツは一体、何なのだ? 怨霊に怯えるどころか、その力に喜んでいる。まるでこうなる事を望んでいたように。怨霊の呪いを楽しんでいた。怨霊は「それ」が怖くなって、彼女の前から離れた。


 が、彼女は「それ」を許さない。怨霊が壁の中に逃げようとしても、その行く手を阻んでしまった。怨霊は不安な顔で、相手の目を見つめた。相手の目はやはり、歓喜に震えている。


「帰リタイ」


 無視。


「帰シテ」


 無視。


「オネガイ」


 それも無視。だが、「ニヤリ」と笑われた。女性は幽霊に顔を近づけて、その目をじっと見た。「良いよ、殺しても?」


 怨霊は、その言葉に呆然とした。この人間には一体、何を言っているのか? その意味がまるで、分からなかったらしい。「怨霊を恐れない人間」も居るだろうが、「死を恐れない人間」は「そんなに居ない」と思う……いや、ほとんど居ないだろう。かつての自分もそうだったし、自分以外の人間もそうだった。


 。どんなに強い人間でも、死の間際には「止めてくれ」と叫ぶ筈だ。それなのに? 怨霊は「自分が怨霊である事」も忘れて、目の前の生者をまじまじと見た。「死ヌノハ、嫌ジャナイノカ?」

 

 その答えは、「嫌だよ?」だった。相手の女性は「ニヤリ」と笑って、怨霊の顔を見つめた。「痛いのも嫌だし、苦しいのも嫌。正直、貴女の事も凄く怖い。だけど」

 

 それよりも嬉しい事がある。怪異なる者とこうして話せる事が、この上もなく嬉しかった。女性は怨霊の前から離れて、自分のコレクションに目をやった。「私をもし、殺したら? その時は、貴女を呪う。貴女が私を呪うように、私も貴女を呪いかえす。貴女の呪いがどんなに強くても。私は貴女と同じになって、私の中に貴女を」

 

 怨霊は、それに怯んだ。それに怯んで、すべてを諦めた。彼女の事はすぐに殺せるが、それでは何の解決にもならない。彼女の前から逃げても、(恐らくは何らかの方法で)「自分の前にまた現われる」と思った。


 自分の前に何度も現われる人間から、「すぐに逃げられる」とは思えない。自分の本心はどうであれ、「ここは、従うしかない」と思った。怨霊は相手の言葉に折れて、女性の前に跪いた。「私ヲ飼ッテ下サイ」


 そして、もう一度。


「飼ッ下サイ」


「いいよ」


 ずっと、ずっと、飼ってあげる。貴女は、私のコレクションだから。


「ずっと大事にしてあげるよ?」


 女性は「ニコッ」と笑って、怨霊の体を抱きしめた。怨霊の顔から流れる涙と一緒に。

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