最終話 本当にそう思う?
その答えは、「恋人」だった。中学の時に知り合ってからずっと、付き合っていた彼。その青年に殺されたようである。彼は別の場所で彼女を殺すと、この場所に彼女を運んで、地面の中に彼女を埋めたようだった。彼女は「それ」を思いだして、自分の骨を見下ろした。「悲しかった」
そう、確かに聞えた。今までのような声ではなく、人間の声がちゃんと聞えた。彼女は自分の骨を撫でて、少年の顔を見上げた。「ずっと好きだったのに。あの人は、私を裏切った。私以外の人を見つけて、そっちの方に行った。私の『待って』も聞かないで」
信夫は、その言葉にうつむいた。恋の経験はない彼だが、彼女の気持ちは分かる。彼女は「それでも行かないで欲しい」と頼んだ恋人に首か何かを締められて、自分の命を奪われてしまったのだ。恐らくは衝動的な動機で、相手に自分の人生を奪われてしまったのである。信夫はそんな回想に震えて、両手の拳を握った。「彼氏さんはまだ、生きているんですか?」
その答えは、「生きている」だった。「本当は、殺すつもりだったけれど。彼の頼んだお坊さんに祓われちゃって。今は、近づく事もできない。お坊さんから強い御守りを貰ったようだから。警察も、彼の事を信じちゃったみたいだし」
信夫は、その言葉に驚いた。専門の霊能者はおろか、日本の司法も
が、今の自分では勝てないだろう。「小学生」と言う身分では、世間の大人はおとか、自分の親にも勝てない。「こんなのは、お前の妄想だ」と笑われるだけである。信夫はそんな自分に苛立ったが、それでも「諦めたくない」と思った。こんな理不尽は、許してはならない。「時間は……その、掛かるかも知れないけど」
彼女の目を見た、その不幸と向き合うために。瞳の奥をじっと見つづけた。「待ってくれませんか? 貴女の無念を晴らせるかは、分からないけど。それでも戦いたいんです! 貴女が、こんな」
彼女は、その続きを遮った。彼の唇を塞いで、その声を黙らせたのである。彼女は、初恋の味を知った少年に「お願いします」と微笑んだ。
「それで、その二人はどうなったんだ?」
「分かんない」
それが、相手の答えだった。相手は聞き手の反応が楽しいのか、教室の窓から夕日が差しこんだ時も、嬉しそうな顔で目の前の男子生徒に笑いつづけた。「私も、ネットの掲示板で読んだだけだし。書き込みも、『そこ』で終っているから。二人がどうなったのかは、知らない。ネットの人達は、二人について色々と考えたようだけど」
男子生徒は、その話に溜め息をついた。怖い話でせっかく盛り上がっていたのに。そんなところで終ったら、「せっかくの気分が台無しだ」と思った。こう言う話は、「オチ」が付かなきゃつまらない。もう一人の女子生徒も、彼と同じ反応を見せている。見るからに残念そうな、つまらなそうな顔を浮かべていた。
彼等は語り部の女子生徒に向きなおって、それぞれに「ううん」と唸ったり、椅子の背もたれに寄りかかったりした。「まあ、いいや。怖い話なんて、そんなモンだし。下手に終ったら、嘘くさいしね? 掲示板に書きこんだ人も、他人から聞いただけじゃないの?」
女子生徒は、それに「かもね?」と返した。大抵の怖い話は、創作。ホラー好きの物書きが書いた、練習である。練習に本物が混じる事はない。「仮に混じっていた」としても、それが本物かどうかは誰にも分からなかった。誰にも分からない本物が、そんな掲示板に書かれる筈がない。女子生徒はそう考えて、男子の反応に苦笑したが……。
「ただ」
「うん?」
「一つだけ気になる物があったの。『その後の二人を考えた考察』って言うのかな? 現実の事件とか見て、二人の事を調べた人も居るらしい。『話の続きが気になるから』って、その続きを書いてくれたの」
「へぇ」
それは、ありがたいな。「ネットの人達は、暇人の集まりだ」と思っていたけれど。そう言う部分に関しては、素直に「ありがたい」と思った。「それで、どうなったの?」
女子生徒は、その質問に表情を変えた。まるでそう、ある種の恐怖を覚えたように。「『死んだんだ』って、この話に出てきた男の子が。誰かに首を絞められて、用水路の中に浮かんでいたらしい。自分の家から鞄、かな? 調査とかに必要な物を持ちだして、それから」
今度は、男子生徒が固まった。今の話が、相当に衝撃だったらしい。もう一人の女子生徒も、今の話に言葉を失っている。男子生徒は自分の姿勢を正して、目の前の少女を見つめた。「殺されたのかな?」
死んだ人間に? それとも、生きた人間に?
「その子、『助けよう』としていたんでしょう? 自分がたまたま出会った」
「幽霊を?」
「うん」
「本当にそう思う?」
「え?」
それは?
「一体?」
「『その幽霊に騙されたんじゃない?』って事。『彼女が本当の事を言っていた』とは、限らない。もしかしたら」
「そ、それはいくら何でも、考えすぎでしょう! 男の子は、何かの事故に」
「巻きこまれた、かも知れないね? それは、私には分からない。分からないけど、やっぱり怖いでしょう? その真実が、事故であれ何であれ。その子は、実際に死んじゃったんだから」
「た、確かに」
これが、「事故」とは思えないが。とにかく、「怖い事」に変わりはなかった。男子生徒は今の話に苦笑したが、周りの空気が和んだ事を察して、その雰囲気にしばらく酔いしれつづけた。
「そういや」
「うん?」
「アイツまた、帰ったよな? いつもは、暗くなるまで駄弁っているのに」
残りの二人も、それに「ああ」とうなずいた。二人は互いの顔をしばらく見合ったが、もう一人の男子生徒をふと思いかえすと、目の前の男子生徒に向きなおって、彼に「そう言えば」と返した。「あの家に入ってから、だよね? こう言う話から逃げるようになったの」
男子生徒も、それに「ああ」と返した。男子生徒は机の上に頬杖を突いて、今は居ない自分の幼馴染に溜め息をついた。
「こう言う話は、アイツが一番好きだったのに」
「何かあったのかな?」
「知らない。最近は、お祓いか何かにも行っているみたいだけど。アイツは、何かに怖がって……まあ、いいや。気にしていても、仕方ないし。明日はアイツも誘って、カラオケにでも行こう?」
女子達は、その提案に喜んだ。夕日の消えた、教室の中で。
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