第44話 スタンピードその12 二人の英雄

 創時そうじ首無し騎士デュラハンの死闘は続いている。

 すでに互いが全力を尽くして何合も剣を交わらせている。

 その度に衝撃波が周りに伝播し、すでに周囲のビル群の窓を粉々に砕け散っていた。


「はあ、はあ……」


 首無し騎士の剣を払いのけ、その胴体に前蹴りを放ち、距離を取った創時は流れ出る汗を拭う。

 お互いに大きな傷はついていない。


 首無し騎士の攻撃はまともに当たることなく、一方的に創時の攻撃が当てられている。

 しかし、創時の攻撃は致命傷となりうるものが全て防がれており、牽制レベルのものしか当てられていない。


 この現状だけ見れば、攻撃を加えている創時が優勢と見える者もいるだろう。

 しかし、創時に一つの異変が起きていた。

 戦い始めたときに比べて『鎧』の闘気量は少なくなっていることだ。


 首無し騎士の魔気の解放に合わせてコントロールできない量の闘気を『鎧』に込めたのが原因だ。

 短期決戦ともいえる状況を作ってなお、互角だった。

 闘気の量が少なくなっている今、創時が劣勢になるのは至極当然のことだ。


 再び飛び込むも、その速度は戦闘を始めたときに比べて格段に遅くなっている。

 先ほどまで首無し騎士がぎりぎりで対応できていたはずの太刀筋でさえも、余裕をもって防がれてしまう。


 その戦況の変化は本人が一番わかっていた。

 到底一人では突破できないような強大な壁。

 これまでの迷宮主ダンジョンボスとは比べ物にならない。


 命を賭しても勝てるのか分からない強敵と相対して創時は獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


「でも、俺は……まだ戦える!」


 一週目のことを思い出す。

 無力で魔物から逃げるしかなかったあの辛酸を舐めた記憶。

 その過程で周りにいた多くの人々が命を落としていた。

 優香たち家族であろうとも。


 絶望に包まれていたあの日々に比べて今はどれだけ恵まれているのだろうか。

 人類を地獄へと導いた魔物たちの大半は地上から駆逐され、そして最後の相手が目の前にいる。


 そしてその絶望の元凶と戦い、争うことができている。

 巻き起こされる地獄に抗うことができているのだ。

 それならば彼我の実力差など些細な問題だ。


 今なお、対抗できる術を持っているのだから。


 親愛なる者の命を零してしまった苦い過去を胸に、創時は全力で体を動かし続ける。


 剣が届かない、それがどうした。

 まだ動けるのであれば、攻撃を仕掛け続けろ。

 攻撃が通らない、そんなこと関係ない。

 最大限の力を込めた一撃をお見舞いしてやれ。


 創時は雄叫びを上げながら、ひたすらに炎の軌跡を残し続ける。

 鈍色の剣で一閃は防がれ、魔気の『鎧』で炎の影響を断たれる。

 それでもなお、創時は絶望しない。


 残された体力を全て使い果たさんばかりに連撃を繰り出す。

 どれもこれも、最初に比べれば繊細さを欠いている。

 だが、その威力は十分に首無し騎士に届きうるものだ。


 創時の必死の攻撃を防ぎ続けてきた首無し騎士もその気迫を受けて黙ってはいられない。

 何合も創時の炎の刀身を防ぎ続け、ひたすらに創時の隙を伺う。


 疲労が限界になっている創時の動きはすでに緩慢になっている。

 連撃を振るうその刹那、防御が甘くなっている瞬間をついて、首無し騎士は目から魔気の光線を放った。


 首無し騎士の目が怪しく光りだした瞬間に創時は対処しだしたが、回避する余裕はなかった。

 軌道上に『盾』を何重にも出し、左腕に闘気を集中して防ごうとする。


 そんな創時の努力を嘲笑あざわらうかのように漆黒の光線は『盾』をたやすく貫き、一瞬の抵抗の後に創時の左腕をも貫通した。

 その一撃はそれだけで止まるわけもなく、創時の腹を貫く。


「がはっ!」


 燃え盛るような痛みが脳を刺激するが、倒れていられない。

 創時にとって幸運だったのは、胴体を貫通したものの、内臓を貫いていないということだ。


 崩れ落ちそうになった足を𠮟咤し、何とかその場に踏みとどまりながら、剣を振るう。

 上段から振り下ろされた『闘気剣』に先ほどまでの気迫は乗っていない。

 やけくそに放たれた一撃は首無し騎士の剣の振り上げによって無造作に防がれた。


 否――切り裂かれた。


 『闘気剣』はその刀身の半ばから半分に切り落とされ、光の粒子と化してしまった。

 『闘気剣』を発現する時間を確保するために後退しようとするが、首無し騎士はそんな隙を見逃すような甘い魔物ではない。


 神速の踏み込みと共に繰り出される上段からの一撃。

 剣を防ぐと共に作られていた予備動作はその必殺の一閃を準備していた。


 一瞬にして創時の頭にいくつもの選択肢が浮かび上がる。


 『闘気剣』を発現してそれで防ぐ――一瞬で発現したところで、込められている闘気量は限られている。『闘気剣』と共に切り伏せられるのがオチだ。


 『盾』を多重で発現する――たやすく切り裂かれ、後退する時間を稼ぐことすらできない。


 『闘気弾』や『闘気砲』で体勢を崩させる――魔気の『鎧』で防がれて一切の影響はない。


 炎を用いて相手に一矢報いる――捨て身の一撃を仕掛け、残る者に全てを託す、これしかない。


 一瞬にして最上の選択を選んだ創時は、右手に炎を込める。

 ぎりぎりまで炎を練る時間を稼ぎ、剣が直撃するその瞬間に炎を放たんと目を見開いた。


 太刀筋を見極め、炎を放つその直前――氷に包まれた『盾』が首無し騎士の必殺の一太刀を防いだ。


「大丈夫か⁉ 遅くなった!」


 その声を聞き、創時は頬を綻ばせた。

 今までのような敬語はすでに取っ払っており、その声の主にも余裕がないことは明らかだった。

 荒い息をしていることから、ここまでの道を何とか切り開きながら来たということは想像にたやすい。


 首無し騎士の攻撃が防がれた隙をついて創時は一度距離を取り、『闘気剣』を発現し直す。


「体は大丈夫だったんですか、藤崎さん!」

「ああ、女の子が治療してくれた。あれも君のおかげか?」

「さあ、それはどうでしょうね」


 含みを持たせた言い方をしながらも、創時の頭は首無し騎士を倒すため、高速で動いていた。

 この英雄が一緒ならば、首無し騎士を倒すことができる。


 その希望からひたすらに戦略を組み立てる。


「創時君、どうやら待ってくれなさそうだ」


 藤崎の言葉で創時は思考の海から這い上がる。


 首無し騎士は藤崎の『盾』から剣を抜き取り、二人を隙なく観察していた。

 己に少しでも意識を向けさせた戦士たちが相手なのだ。

 慢心などない。

 いつでも攻撃ができるように体勢を整えている。


 創時は左手が使えないだけでなく、腹に穴が開いているという重症具合、藤崎も見た目上傷はないが、その内部ではまだ傷だらけだ。

 だが、この二人ならばやれないことはない。


 探索者創時は英雄の面影を、英雄藤崎は先駆者としての尊敬を抱えている。

 そのおかげか、自然と互いに一人で戦っていた時に感じていた壁の大きさが小さくなった。


 一人が倒れてもその隙にもう一方が仕留めればよい。

 そんな不文律が二人の間に共有されていた。


「来ますよ、藤崎さん! 準備はいいですね!」

「任せろ!」


 創時の言葉と共に災悪デュラハンは飛び込んできた。

 二人は分かっていた。これが人類の命運を決める本当に最後の戦いだと。

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