第2話 ダンジョンへ突入!

 意識を取り戻した創時そうじは慌てて飛び起きた。


「過去に戻ったのか……」


 創時は改めて自分の身に起きた現象を口にした。

 今まで自分の身の回りに起きていたことを夢だと考えることはできない。

 家族が全員死に、人類が絶滅の危機に陥っていたあの光景は現実そのものだった。


 それを現実と考えると、今創時は明らかに過去を生きている。

 彼が知っている時代は令和二十年。

 十年前に戻っている。そして、この年は人類を追い詰めたダンジョンの発生した年でもある。


 ダンジョン、これによって人類の輝かしい未来は暗礁あんしょうに乗ってしまった。

 八月一日、世界各地でダンジョンが突如として多数発生した。それは日本でも例外ではない。

 すぐに各国が自国のダンジョンへ調査隊を派遣し、内部を探索した。


 そこには地球上には存在しないような怪物たち、通称魔物がくっていた。

 各国はその魔物を討伐し、更にその情報を秘匿した。

 だが、すぐにそれは民衆に気づかれてしまった。


 ダンジョン内に収まりきらなかった大勢の魔物たちがダンジョンの外に出る大量発生スタンピートが起きてしまったからだ。

 突如始まった、惨劇。誰も魔物相手に対抗手段を持ち合わせていなかった。

 この惨劇によって、世界各国で多くの人が死んでしまった。


 ただ、この惨劇を生き残った者たちは次々と自身の中に眠る超人的な能力に気づいた。

 魔物を狩ることで、それに対抗できる力を身に着けることができたのだ。

 その能力を振るうことで、一時的に状況は改善したものの、ダンジョンの猛威に勝ることはできなかった。

 二度目の大量発生スタンピートが発生。これによって創時はその命を落とした。


 その後の行方はどうなったか不明である。しかし、明らかに悪い状況になっただろうことは予想にたやすい。


「って、今はいつだ⁉」


 ダンジョンが発生し、未来をそのままなぞってしまえば、またあの惨劇が繰り返される。

 ベッドの横にあるスマホを起動し、日付を確認する。

 そこには七月二十五日と書かれていた。


「よし、まだ時間はある」


 創時は小さくガッツポーズをし、作戦を頭の中で組み立てる。

 あんな未来を避けるために、自分ができることを考える。


「創時、さっさと降りてきなさい!」


 その思考の渦の外側から懐かしい女性の声が聞こえた。


「はいはーい!」


 創時は努めて明るくし、部屋を出た。

 リビングに向かうと、そこには死んだはずの母親がいた。


「創時、また優華ゆうかに変なことしたの? あの子怒っていたわよ」


 鼻血の跡が残っている創時を見ながら、創時の母親はため息交じりに口を開く。


「あー、うん。俺が悪いや」


 母親が生きていることに驚愕とともに感動を覚えながらも、それはおくびも出さない。

 変な様子を見せるわけにはいかないからだ。


「早くご飯食べて、学校に行きなさい」


 創時は生返事をし、食卓に着いた。

 食卓には創時以外誰もいない。創時が寝坊したからだろう。


 食事を口に運ぶと自然に涙が零れる。

 誰にも気づかれることなく、静かにその雫を拭う。

 二度と食べることができないと思っていたその味をじっくり堪能した。


 そしてリュックの中に私服を入れ、家を飛び出した。

 だが、その目的地は学校ではない。

 創時は近くのコンビニに入り、持ってきた私服へと着替え直す。


「よし、向かうか」


 創時はコンビニで水を買い、アウトドア専門店へと向かった。そこで三本のナイフとヘッドライトを購入した。

 そしてその足で、創時は電車に乗った。


 未来では、大量発生スタンピートが起きた理由として、ダンジョンが大量発生する前にすでに各地にダンジョンが存在していた可能性があると考えられていた。


 それを検証するために、創時は自身が知っているダンジョンへと向かっているのだ。

 電車に揺られ、徒歩で移動すること二時間、ついに目的地に着いた。

 

 山の中にあるただの洞窟だ。だが、その雰囲気は異様なものを感じる。

 光が行き届いておらず、その入り口の奥には漆黒が広がっている。

 これがダンジョン。

 創時が未来で見たものよりもはるかに規模が小さい。


「やっぱりあったか……このせいであの大量発生スタンピートが起きたんだな」


 創時は荷物を下ろし、ヘッドライトとナイフのみを取り出した。

 そして、ライトを点けてダンジョンへと入って行った。


 右手にナイフを持ち、警戒をしたままゆっくりと奥へ進んでいく。

 入り口から続く一本道の行く先を照らし続ける。

 五分程度歩いただろうか、ようやくその明かりの先に影が映った。


 その瞬間、創時は警戒を強めた。

 ここから先はいつ命を落としてもおかしくない。

 自然とナイフを持つ手から汗が噴き出る。


 光の先にいるのは、緑色の肌をした子供ぐらいの背丈をした醜悪な魔物、ゴブリンだ。

 まだ創時の存在は認識しておらず、ろくに武器も持っていない。

 それが分かるとすぐに、創時は駆け出した。


 その明かりと足音からようやく気付いたのか、ゴブリンは創時の方を振り返る。

 創時はナイフをゴブリンに向かって投げつけ、すぐにもう一本のナイフを手に持つ。


「ぐぎゃぎゃ!」


 創時のナイフはゴブリンの額に突き刺さり、赤い血が噴き出る。

 ゴブリンは悲鳴を上げながら、その場にうずくまった。


「はあああ!」


 気合十分の声と共に肉薄し、無防備に晒しているゴブリンの首元へとナイフを振り下ろした。

 ゴブリンの叫び声がダンジョン中に響き渡る。


 だが、ゴブリンも簡単に死ぬわけにはいかない。

 残る生命を振り絞って、手を振るう。


 創時はバックステップで距離を取り、攻撃を避ける。

 そして、最後の一本のナイフを手に取った。

 ヘッドライトで常にゴブリンを照らす。


 お互いがじりじりと距離を詰める。

 ゴブリンの命は風前の灯火だ。だが、最後のその一瞬まで油断することはできない。


 自然と創時の呼吸が乱れる。

 そんな創時の様子を見て、勝機を感じたゴブリンが一気に肉薄する。

 拳を固く握りしめ、それを振るう。


 創時は振りぬかれる拳の軌道を見極め、半歩ずれた。

 そしてがら空きの胸元へナイフを突き立てる。


 ゴブリンの断末魔が創時の耳朶じだを打つ。

 それに躊躇することはない。

 ナイフを刺してからもひたすら傷口を広げるようにして、殺す。


 すぐにゴブリンの体からは力が抜け、黒い霧が創時の元へ吸い込まれていった。


「くっ……」


 創時は胸を押さえつけながら、その場に膝をつく。

 体が変化していくことを直で感じる。


 人間は魔物を殺すことで発生する黒い霧、瘴気を一定量体内に取り込むことで、その体を変化させるのだ。

 そして、今創時はその条件を満たし、新たな人類へと進化する。


 今、この世で唯一のダンジョンに対抗できる者へと。

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