タイムリープした探索者、初ダンジョン配信者となって大バズり!~みんなに正しいダンジョン攻略方法教えます~

岩崎翔也

第一章

第1話 タイムリープ

 すべてが燃える。それは惨禍の宴か、断末魔や嘆願の声が辺り一帯から鳴り響く。

 この地獄絵図を生んだ原因は、ダンジョン。

 人間を殺すべく生まれた魔物たちが、ダンジョンから解き放たれた。


「はぁ、はぁ」


 阿鼻叫喚の中、一人の光り輝く男が肩で息をしながら、光り輝く剣を構える。

 襲い掛かる異形の怪物を一太刀の下、地に伏せた。

 彼の後ろでは庇護を求めてやってきた幼子が涙を流しながら震えている。


「大丈夫、俺に任せておけ」


 彼は剣を一振りして血を払いながら、彼らに笑いかける。

 周りにいた味方はいつの間にかほとんどいなくなっていた。

 おそらく全員死んだのであろう。


 彼はすぐにでも地面に倒れこみたい衝動を殺し、次々と襲い掛かる異形を相手取る。

 隣からは生命の輝きを示すかのような叫びが零れる。

 また一人死んだ。


 男は顔をしかめた。気づけば男の周りには敵しかいなかった。

 まさしく絶体絶命の危機だ。


「俺は、ヒーローでも、英雄でもない。だけどな、その命が尽きるまでお前らを殺し続ける……来い、全員血祭りに上げてやる!」


 都合よく誰かが現れるわけがない。そのことは彼が一番知っていた。

 だが、彼は諦めない。

 心まで屈するわけにはいかない。


 一匹でも多く冥途の道連れにすることが、これからを生きる人間のためになる。

 だから、彼は吠える。


 手から紅蓮の炎を放ち、正面にいる牛の頭を持ち、体は人間そっくりの異形の化け物を焼き尽くす。

 左右から飛び掛かってくる、緑色の肌をした異形の小人を回転切りの餌食とした。


 回転切りによって視線を外した方向から石が投擲とうてきされる。飛んでくるのは石と侮るなかれ。

 高速の一投は人の頭蓋骨など容易に砕くことができる。

 男はそんな攻撃を一瞥いちべつすることなく、自身の前に白い盾を空間上に生成し、全て防ぐ。


「そんな、チンケな攻撃で俺を倒せると思うなよ! 全力で来い!」


 自身を鼓舞する挑発を繰り出す。

 すると、その挑発に乗ったのか、男をかこっていた魔物の壁が割れた。

 その先には巨大な化け物がいた。


「その心意気買った。そなたのような強者がこんな辺鄙へんぴなところにもいるとはな。はずれだと思っていたが、存外面白い」


 額には二本の大きな角をはやした、赤色の肌をした偉丈夫。まさしく鬼だ。

 その肉体はまるで鋼のようで、並の攻撃では一切傷つかないことは明白だった。


「どうした、おじけづいたか? 人間」


 男は震えていた。そして、感じ取ってしまった。

 彼我ひがの実力差を。

 どうあがいても勝つことはできない、圧倒的な力量差。

 鬼は武器を持っていないが、関係ない。そんな細かいことでひっくり返るような差ではない。


「いや、そんなことはないさ。まさか、あんたら魔物が人語を介するとは思ってもいなかったからな」

「左様か。確かに我のような魔物は珍しいだろう。それで、遺言はそれでいいか」


 張り詰めていた戦場の空気を一変させるかのような死の空気。男の後ろにいた子供たちはその雰囲気に充てられて失神してしまった。

 男はそんな空気に飲まれることはなかった。


「俺が死ぬわけないだろ。死ぬのはお前だ」

「面白い! では、いざ勝負!」


 その言葉に合わせて男は飛び出した。鬼はその行動を見て満足そうに頷いた。


「来い、人間! お前のすべてを見せてみろ!」


 男は自身の持つ剣に火をまとわせ、白く輝いていた全身をより一層輝かせる。

 まさしく生命の輝き、灯といえるだろう。


火竜一閃ひりゅういっせん!」


 男の宣言と共に繰り出される業火の一閃。

 男の生涯の中で最も威力のある一撃だと感じた。


 しかし、鬼は無道さにてのひらで火炎を纏った刃を受け止めた。

 そして、次の瞬間には男は鬼によって地面になぎ倒されてしまった。


「人間にしては十分な強さだ。誇れ」


 鬼は男に近づこうとするも、自身の掌が濡れていることに気づいた。

 そこからは赤い雫が今にも零れようとしていた。


 そんな一瞬の出来事を受けて、お互いに驚愕の色を浮かべた。

 一方は、自身の最高の攻撃を容易に防がれてしまったことに。

 他方は、自身の掌が切れてしまっていることに。


「まさか、俺が傷を負うとはな。貴様、名を聞こう」


 鬼はこれまでの舐めていた態度を改め、一人の敵として男のことを見た。

 男はよろけながらも立ち上がり、鬼を睨みつけた。


「俺の名前は飛勇創時ひゆうそうじ。覚えておけ」


 創時は精一杯の虚勢を張った。

 次の一合でその命がついえる。そんな確信があった。


「左様か。では、最後の一合行くぞ!」


 鬼はそんな創時の虚勢を見抜くも、言葉にしない。

 戦士と認めた男を侮辱する訳にはいかない。

 鬼は言葉を吐くや否や、その姿を消した。否、正しくは一瞬にして創時の後ろに移動した。


 そして、その無防備の背中に対して、貫手を繰り出した。


「強き人間だった。そなたの名前は一生忘れぬ」


 鬼は手についた血を振り落としながら、創時に背中を向けた。

 鬼の背後では先ほどまで立っていたはずの創時が血の池に沈んでいる。

 その目にも見えぬ一撃に創時はなす術もなかった。


「くそっ、くそっ」


 嗚咽おえつとともに、涙を流す。

 何も守ることができなかった己の不甲斐なさに、そして不条理にも命を奪う魔物に怒りを浮かべながら、その生命の灯を消した。


     *  *  *


 暗闇の中に光が差し込む。静寂に包まれていた世界に喧噪が訪れた。


「ほら、お兄ちゃん! 早く起きて!」


 十年前に喪ったはずの少女の声が耳朶じだを打つ。

 創時は走馬灯だと考えた。

 先ほどまで殺し合いをしていたのにもかかわらず、その場にいるはずのない少女の声が聞こえる。


 そんな荒唐無稽なことは現実ではありえない。


「もう、なんで今日はこんなに起きないのよ! さっさと起きる!」


 虚ろな意識の中、認識したその声と共に飛び出た衝撃で覚醒した。


「夢……?」

「夢なわけないでしょ! さっさと起きて高校に行く! 終業式だからってサボるのはダメでしょ!」


 彼の視界に映っているのは、昔死に別れたはずの妹の優華ゆうかだ。

 あり得ない光景を受け入れられず、フラフラとした足取りのまま、鏡を一瞥いちべつした。


「俺、なのか?」

「寝ぼけすぎじゃない? 頭大丈夫? 名前わかりますかー」


 妹の煽るような口調にかまう余裕などなかった。

 彼の脳は起きていることを処理できなかった。明らかに自分の姿かたちである。しかし、見慣れているその姿に比べてずいぶん幼い。

 まさかと思い、彼は妹へ問を投げかける。


「今何年!」

「え、令和十年だけど……」


 豹変した兄の様子を見て、ぎょっとしながらも素直に答える。


「戻ってる……」

「どしたの、お兄ちゃん……また中二病になった?」


 次の瞬間、彼は妹の体を抱きしめた。

 もう、絶対離さない。そう呟きながら、涙を流す。


「ギャー! なにすんのよ、この変態!」


 その叫び声と共に鈍い打撃音が響く。

 抱きついていた彼は妹の肩に手を置きながら、サムズアップする。


「ナイス、頭突き」


 そして、鼻血を吹き出しながら、地面に倒れた。

 薄れゆく意識の中、彼、飛勇創時は誓った。


 今度は必ず大切なものをすべて守り抜くと。

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