今宵はご馳走をたくさん作ろう

 もしもしらばっくれたり抵抗したりするならば、腕や足のひとつくらいはぎ取ってやろう。


 そう、レムは考えていたのだが、意外にも男はレムの姿を認めても大人しかった。


 おや? これは観念したのか。


 まあ、無駄な抵抗をしないのなら、その方が都合が良い。

 

 レムは目顔で痩躯そうくの男を回廊へと誘う。議事堂には他の番人ヘーニルたちも揃っていた。ここで正義の味方らしく、悪事をぜんぶ暴いてやれば気分は良いだろう。でも、レムはそこまで自分の性格は悪くないと思っている。


 回廊を進んで庭園へと出た。

 

 庭園といってもいまは冬だ。

 さっきまで酷い吹雪だったし、別に綺麗な花が咲いているわけでもない。ただ、こんな開けた場所に連れて来たのは理由がある。この男に味方がいるのなら、ここでまとめて処分しようと、レムはそう考えていたのだ。


「一応、申し開きがあるのならきくけど?」


 レムは男をまじまじと見た。この男はたしか、十六年前に番人ヘーニルになった。父親の跡を継いだエルムト内でも有数の貴族ということくらい、レムも知っている。


 すらっとした長身痩躯で金髪碧眼。

 若い頃は、それなりに娘たちに騒がれていたであろう容姿だ。それでいうなら、イヴァンやレムもおなじなのだが、それは置いておくとして。


 似たような容姿をした娘をレムは知っている。

 戦乙女ワルキューレのヘルガ。いまは副隊長の身であり、隊長のアストリッドを支えてくれている真面目な子だ。


「エルムトのためだ」


 痩躯の男はなにひとつ悪びれないその顔で、言い切った。ヘルガそっくりの目は、レムを挑むように睨みつけている。レムはため息を吐きたくなった。


「まあ、そうだよね。それがあなたの言い分なのは知ってる」


 痩躯の男と話しながらも、レムは周囲をずっと警戒している。

 仲間がいるならとっくに助けに来るだろう。しかし襲撃がないということは、この男は見捨てられたらしい。


 あるいは、と。レムはひとつ仮説を立てる。


 出っ歯の栗鼠ラタトスクは、すでに解体している。

 組織のボスだった男は、もうそろそろくたばってもおかしくない老人だ。側近として傍らで働くのが組織のリーダー。


 しかし、レムはそいつを殺した。

 

 むかしの話である。怨みつらみをぜんぶ精算できたかといえば、そうではない。リーダーだった男をレムは殺した。だのに気持ちはいつまでも晴れない。こ憎しみをすべて消すには、一度殺したくらいでは足りないくらいだった。


 だからレムは忘れることにした。


 イヴァンやエリサを裏切って、エルムトを捨てて、組織に戻ったこと。

 自分にとって一番大切なものはなにかと気付いたとき、自身の手で組織を壊滅させていたこと。

 エルムトを出ていこうとするレムを怒ったのがイヴァン、レムを許したのがエリサだったことも。


 実のところ、十六年前に起こった出来事を知る者は少ない。


 軍神テュールたちはレムとイヴァンを残して、皆死んだ。当時の番人ヘーニルたちもほとんど墓の下だ。


 イヴァンとエリサとユハ。変わらないのは彼らだけだ。


 もっともユハだけは、ときどきレムの紅茶に微量の毒を入れたりするのだが、薬に耐性が付きすぎてレムには効かなかった。そこだけ見れば、組織に感謝するところかもしれない。レムはロキとちがって、自分で調整しながら薬を作れる。


 長い沈黙があった。

 痩躯の男がいつから組織のリーダーに成り代わったのか、レムには興味がない。エルムトのためと言えばきこえはいいが、この男は完全なる黒だ。


「でもね、やり過ぎなんだよ。あなたは」


 自分のしでかしたことを棚にあげて、偉そうに人に説教をするほど聖人かどうか。愛弟子のロキならともかく、相手は自分よりもお偉いさんだ。


「たしかに、エリサは三年前に巫女の役目を放棄した。でも、仕方ないんじゃないかな? 誰だって自分の愛するひとを傷つけられたら泣くし、怒るでしょ? エリサだって人間だもの」

「ちがう! 巫女は人間であるはずがない!」


 レムは相手にきこえるように嘆息たんそくする。


「ずいぶん都合の良い解釈だよね。魔力を宿した娘は魔女。そうやって倦厭けんえんするくせに、巫女にするんだもの。ああ、そうか。逆だね。あなたたちはエリサがこわかったんだ。魔術も呪術も超一流のエリサが。あの子は巫女より魔女の方が向いてるかもしれないね。そんな危険な娘は、組織に消してもらった方が都合が良い。そういうことだよね?」


 べらべらとまくし立てるレムに対して、痩躯の男は歯噛みするだけだ。勝手な憶測ばかりだったが、どうやらすべて正解らしい。


 おめでとう、満点だ。

 悲しいかな、レムは自身が先生だからか誰も褒めてはくれない。


「おまけにエリサは祈ることをやめて、エルムトを氷と雪に閉ざした。あなたたちはマーニの怒りを恐れてる」

「当然だろう。またエルムトを餓えさせるわけにはいかん」

「はいはい、そうだね。正しいよ、それは。だからエリサよりも、扱いやすいアストリッドを選んだんだよね?」

「だ、黙れ……っ!」


 痩躯の男は顔を真っ赤にしながらも、胸元から取り出した武器をレムに向けた。リボルバー。やれやれ、こんなものが流通したら、いつかは戦乙女ワルキューレの武器も拳銃になってしまう。


「やってみる?」


 男の手は震えていた。こいつは人を殺したこともないただの臆病者だ。


「試すのは簡単だけど、僕の推理はぜんぶイヴァンに話してあるよ」

「そ、それが何だと言うのだ……?」

「あなたの悪事もぜんぶだよ。たとえば、金髪碧眼のお嬢さま。あなたの愛娘ヘルガと、仲良しだった庭師の息子を馘首クビにして、組織に売っただとか。たしか名前は、ヴェルネリ……だったかな?」

「や、やめろ……!」


 銃声が鳴ったが、男の狙った先には誰もいなかった。


 所詮は素人の腕だ。当たりっこないと見切っていたレムは、素早く相手のうしろに回って首を絞める。


 おっと、力加減を間違えてはうっかり殺してしまう。泡を吹いて気絶した痩躯の男から拳銃を取りあげると、レムは祈りの塔へと向かった。




         *



 

 思ったよりも時間を食ってしまった。


 相手が小動物みたいにぶるぶる怯えているものだから、ついつい調子に乗って喋りすぎたせいだ。


 レムは祈りの塔の螺旋階段を駆けあがる。急いでいたので、入り口で倒れて半分雪に埋まったメルヴィにも気が付かなかったし、多数の血痕も見落としていた。


 悪いやつはやっつけたし、無事にアストリッドも巫女になった。

 たぶん、ロキも改心してアストリッドにほだされているはずだ。


 今宵はご馳走をたくさん作ろう。


 じゃがいもとキノコのグラタン、ベリーとマッシュポテトを添えたミートボール、塩漬けのサーモン。


 ライ麦やオーツ麦をたっぷり使った穀物のパンを焼いて、じゃがいもと人参がごろごろ入ったシチューには鶏肉も入れよう。

 

 デザートはシナモンたっぷりのキャロットケーキ。ユハに手伝ってもらって、クリームをたくさん使ったケーキとタルトを並べるのもいい。


 ああ、でも肉が足りないな。

 ロキは細っこいから、もっと食べさせないと。


 ぶつぶつ独り言を言いながら、レムは祈りの間へとたどり着いた。

 足音に気が付いたのだろう。最初にロキと目が合った。レムの愛弟子はこれまで一番元気がなかったし、ひどく悄気しょげていた。


「ごめん先生。俺、失敗した」


 イヴァンの啜り泣く声がきこえる。エリサとユハ、それに本土の使者ユスティーナもいる。

 皆に取り囲まれて、横たわっているアストリッドの顔は、まるで生気がなかった。

 

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