強いワルキューレを

「うん、可愛い。よく似合ってるよ、リリヤ」


 夏至の祭りユハンヌスの前に、リリヤは戦乙女ワルキューレになった。

 アストリッドよりひとつ年下のリリヤは、これが四度目の挑戦だった。銀色のシルクのケープに袖を通したリリヤを見て、アストリッドも自分のことのように喜んでいる。


「隊長からお褒めの言葉をいただけて、光栄です」

「今日はそういうのはナシ。そう言ったでしょ?」


 リリヤはアストリッドの友達だ。けれどもこうして戦乙女ワルキューレの隊服を着たときから、その関係も変わる。


「でも……、ヘルガ副隊長に叱られちゃう」

「いいの。わたしが許可します」


 三年前、アストリッドの隊長だったその人は、厳しくともやさしい人だった。アストリッドもそうありたいと思う。


「じゃあ、行こう。レム先生にも晴れ姿を見せてあげなきゃね」


 アストリッドはリリヤを伴って医務室へと向かう。

 途中で他の戦乙女ワルキューレたちにも会った。みんなアストリッドよりも年下だ。ぺこっとお辞儀をしてくれるのが、とても可愛らしい。


 わたしもあんな初々しかったのかな。

 アストリッドは微笑する。どの子もアストリッドを慕ってくれているし、ちゃんと言うことをきいてくれる。寝坊したり仕事をさぼったりする怠け者は一人もいない。努力の賜物だと、養父のイヴァンは言う。でも、きっとそれはアストリッドだけの力じゃない。


 たとえば、ヘルガ。

 金髪の美しいお嬢さまは、いまでも髪を短くしたままだ。せっかくの美人が勿体ないと思いつつも、あれからアストリッドも髪を切ったのだから何も言えずにいる。


 戦乙女ワルキューレの隊長たちがショートカットなので、他の子たちも真似して髪を短くしはじめた。リリヤだけはおさげをふたつ作ったままだけれども。


「レム先生、いらっしゃいますか?」


 呼びかけても、だいたい声は返ってこない。医務室の主は出掛けているか寝ているかのどちらかだ。

 いつまで経っても返事がないので、アストリッドたちは入室した。やっぱりレムはいた。


「先生。ちゃんとリリヤを連れてきたよ」

「ああ、いらっしゃい」


 アストリッドはため息を吐いた。レムの机は雪崩が起きそうなくらい、本やら書類やらが乗っかっている。薬品棚はごちゃごちゃで、ラベルが剥がれた瓶もある。包帯やガーゼも出しっぱなしで、兎にも角にも汚い。


「ねえ、先生。私、ワルキューレになっても、先生のお手伝いつづけますね」

「そいつはありがたいねえ。僕はどうにも片付けが苦手だから」


 自覚があるならもっとちゃんとしてほしいのが、アストリッドの本音だ。ここを片付ける人がいなくなって三年、ときどきリリヤが綺麗にしてくれているらしい。

 リリヤという新しい助手が来てから、レムの人任せな性格はよりひどくなった。でも、アストリッドはもうレムに生意気な口をきいたりしない。十七歳のアストリッドは、十四歳のアストリッドよりもずっと大人だ。


 それにしても、とアストリッドは思う。

 とっくに三十路を迎えたレムだが、その容姿はぜんぜん変わらない。養父のイヴァンはところどころに白髪が目立ちはじめたというのに、同年代のレムときたらいつまでも若々しい。


「じゃあ、リリヤにはさっそく手伝ってもらおうかな」

「ちょっと、先生。リリヤはもうワルキューレなんだから。先生が独占しないで」

「人聞きの悪いこと言わないの、アスラちゃん。僕が不在のあいだ、ここを任せるって意味だよ」

「レム先生、どこかに出掛けるんですか?」


 リリヤの問いにレムはウインクする。レムはたびたび医務室を空ける。たぶん、本土だ。アストリッドは知っている。レムは以前組織に与していて、そこを抜けたあともどうにかして奴らに接触しようとしている。


「イサヴェルに行くのなら、わたしも」

「いいや、今回は本土じゃない」

「じゃあ、どこに?」

「砂と岩と夏の国、ケルムト」


 アストリッドは目をしばたかせ、リリヤはちいさく声をあげた。


「ケルムトって……」

太陽の巫女ベナ・ソアレに会いに行く。アスラちゃん、君も行くんだよ」

「わたしも?」


 レムは悪戯っぽく笑う。


「そう。それからヘルガも連れて行くよ」

「それって、父さん――ヘーニルが許可したことなんですよね?」

「もちろん」


 決定事項だとしたらアストリッドたちに拒否権はない。この国を統べているのは十三人の番人ヘーニルたちだ。


「でも、どうしていまなんですか? 吹雪が収まって、これから夏至の祭りユハンヌスがはじまりますよね? 本土からたくさん人が来るのに」

「シグ・ルーナを心配してくれてるんだね。でも、大丈夫だよ。リリヤも会ったよね? ユハはすっかり元気になったし、シグ・ルーナもようやく落ち着いた」


 リリヤがちらちら視線を送ってくる。アストリッドには彼女の言いたいことがわかる。三年前だけじゃない。それ以前から月の巫女シグ・ルーナは命を狙われてきた。


「大丈夫だよ。アスラちゃんとヘルガが、強いワルキューレを作ってくれたからね。ちゃんとシグ・ルーナを守ってくれる」


 アストリッドは顔を引き締めた。もう二度と、おなじ過ちは繰り返さない。本土の人間なんて信用しない。


「それにね、吹雪が収まったから、僕らも苦労せずに外に行ける。ケルムトは遠いよ。イサヴェルのずっとずっと向こうにある。行って戻ってくるまで、三ヶ月ってところかな?」

「そんなに……。じゃあ、なおさら」

「だめだよ、リリヤ。もう決まったことなんだ。ベナ・ソアレに会って、直接お礼を言わなければならない。彼女にはずいぶん世話になったからね」


 氷と雪と冬の国エルムトは、この三年間ずっと冬のままだった。

 ただでさえ沃土よくどに乏しいこの国だ。作物の収穫が見込めなければこの国の人々はたちまち餓えてしまう。

 そこで手を差し伸べてくれたのが、ケルムト。砂と岩と夏の国は、エルムトと同盟国である。

  

 アストリッドとヘルガ、そしてレムは夏至の祭りユハンヌスがはじまる前にエルムトを旅立った。ひと月以上を掛けてようやくケルムトへとたどり着く。アストリッドはこの国で、彼と会うなんて思ってもみなかった。

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