忠告してあげる

 冬至の祭りユールはあっというまに十日が過ぎた。

 戦乙女ワルキューレとしてはじめての冬至の祭りユールである。多少なりとも気負っていたのを認めるし、とにかくアストリッドは疲れていた。


 隊長は厳しくもあり、やさしくもある。

 アストリッドたちの先輩としての自覚をしっかり持っているのだろう。なにかと気に掛けてくれるものの、いつもやさしいばかりではない。言いつけはきちんと守っていたつもりでも、アストリッドとヘルガとの連携のなさはたびたび指摘された。


 でも、わたしこのひとと組むのははじめてだし。そんないいわけなんて通用しない。アストリッドは戦乙女ワルキューレだ。

 

 とはいえど、金髪のお嬢さまとの相性が良いか悪いかときかれたら明らかに後者である。ヘルガはとにかくしっかりしている。朝、寝ぼけ眼のアストリッドはまず叱られたし、食べるのが遅いとまた叱られた。


 ヘルガは動きもきびきびしている。まだ戦乙女ワルキューレの隊服に慣れていないアストリッドは、着替えるのにいちいちもたついてしまう。これもまたヘルガを苛々させる原因だろう。

 おまけに風呂も排泄までずっと一緒となれば、お互いにストレスも溜まる一方だ。彼女はいつも不機嫌だし、そんなヘルガの顔色を窺わなければならない自分にも、アストリッドはうんざりしていた。


 隊長は約束どおり、ふたりに休みを与えてくれた。

 たったの一日でも、アストリッドは解放された気持ちになったし、きっとヘルガもおなじだっただろう。

 

 冬至の祭りユールに行くならいまだと、アストリッドはそう考えたが、しかしこの日は疲れに負けてほとんど寝て過ごしてしまう。家には戻れなかったので、養父イヴァンの部屋で泊まらせてもらい、せっかくの休みも早々に潰れたのだった。


 ロキに謝りに行かなければ。残りの冬至の祭りユールのあいだ、アストリッドはずっと元気がなかった。


 自分から言い出した約束を反故ほごにしてしまった。それでもロキはちょっと苦笑しながら許してくれるだろう。でも、そのチャンスがない。なにしろヘルガとずっと一緒なのだ。用事もないのに医務室には近寄れない。


 アストリッドがあまりにしょげているせいか、休暇以降のヘルガはすこしやさしかった。

 彼女の性格のキツさは生来のものかもしれないが、ヘルガ自身もアストリッドと同様に戦乙女ワルキューレとしてはじめての冬至の祭りユールなのだ。それなりに緊張をしていたのはふたりともおなじだったらしい。


 そして、アストリッドがすっかり諦めていたチャンスはもう一度来る。

 輝ける月の宮殿グリトニル警邏けいら、他にも要人たちが使う部屋の掃除や案内に警固、他にも雑用とも呼べる仕事を淡々とこなしてきたアストリッドたちだ。その真面目さを認められて、隊長はもう一日だけふたりに休みを与えてくれる。冬至の祭りユールが終わる前の日だ。


 追加の休暇は一日と、前日の夜からだったので、アストリッドはヘルガと別れてすぐに医務室へと向かった。そこにはロキともうひとりがいた。


「あなた、このあいだの……」

「ユスティーナ」

「えっ?」


 アストリッドはびっくりした。医務室でロキと話していたのは、たしかに本土から来た使者だった。


「薬はこれで最後。世話になった」


 それだけ言うと、使者はすぐに行ってしまった。残されたアストリッドは思わずロキの顔を見た。


「女の子、だったんだ……」

「みたいだな」


 ロキはいつから気づいていたのだろうか。あの様子では、何度か医務室に通っていたように見えた。


「護衛のおじいさん。まだ、足が痛いのかな……?」

「年のせいもあるって、言っていたけどな。でもあのじいさん、半分は先生とただ喋るためにここに来てた」

「そうなの?」


 なんだかすぐ想像ができてしまう。思わずアストリッドは笑った。けれども話はそこで途切れてしまう。急に居心地の悪さを感じたアストリッドは、いつものようにベッドに腰掛けてみた。落ち着かないのは、どうしてだろう。


「レム……、先生は?」

「ああ。なんだか忙しいみたいで、あっちこっち行ってる」

「そうなんだ。いっつもここでのんびりしてるのに、へんなの」


 アストリッドはレムが苦手だったが、このときばかりはここにいてほしかったと、そう思ってしまう。まだあの日のお礼も言っていない。顔を合わせるとレムが先に喋り出すから、アストリッドはなかなか切り出せずにいる。


「休暇、もらえたんだ?」

「えっ? あ、うん。そうなの」


 急に振られてアストリッドは曖昧な返事をする。本当は他の日もあったんだけど。アストリッドは口のなかでもごもご言う。


「ロキくん、あのね」

「じゃあ、明日行こうか。冬至の祭りユールに」


 アストリッドは目をぱちぱちさせる。ロキはちゃんと覚えていてくれたし、いまごろになって言い出したアストリッドに怒ってもいない。


「うん……、行く。ロキくん、お祭りはじめてだもんね?」

「広場で屋台とか出ているって、先生からきいた」

「うん、そう。ホットワインで乾杯するの。子どもたちもちょっとだけなら飲んでも良いって、許してくれる」

「ふうん。じゃあ、お腹を空かせておかないとな」


 食いしん坊のアストリッドならまだしも、ロキがそんなことを言うとは思わなかった。アストリッドはちょっと笑う。


「ふふっ。それからね、ユール・ログも見に行こうね」

「ユグドラシルの枝木?」

「そう。シグ・ルーナが手で切り取るの。すごく神聖な儀式。あ、そうだ。今年はシグ・ルーナも来てくれるかも」

「シグ・ルーナが、お祭りに?」


 問われてアストリッドはうなずく。月の巫女シグ・ルーナは祈りの塔から出てこない。でも冬至の祭りユールになれば、輝ける月の宮殿グリトニルの外へと出ることもあると、アストリッドは養父イヴァンにきいたことがある。


「このところは吹雪も収まっているでしょ? だから、シグ・ルーナがみんなのところに来てくれるのかも」


 この国の人々は月を愛している。そして月の女神マーニを愛し、女神の加護を受けた聖女を愛している。月の巫女シグ・ルーナもまた、この国の人々を愛しているからこそ、こうした折に姿を見せる。


 ただしそれは確定ではないし、住民たちには秘密である。うっかりアストリッドが口を滑らせてしまったのは、ロキを信用しているから。その彼は急に黙り込んでいた。


「ロキくん?」

「いや、危なくないかなって」


 月の巫女シグ・ルーナに代わりなどいない。ロキの声はもっともだろう。


「ああ、そうか。だから……、アストリッドたちがいるんだよな」


 そうだよ、と。アストリッドは返す。戦乙女ワルキューレ月の巫女シグ・ルーナを守る戦士たちだ。


 待ち合わせの時間と場所を決めて、アストリッドは医務室を出た。

 冬至の祭りユールで異性を誘った少女たちはとびきりのお洒落をする。けれども自宅に戻れないアストリッドはちょっと悩んで、やっぱり戦乙女ワルキューレの隊服で行くことにした。一張羅だから洗濯をしていなかったものの、汚れてはいないはずだ。


「ねえ」

 

 銀色のシルクのケープを入念に確認していたアストリッドの前に、ふたたびユスティーナが現れた。アストリッドは真っ赤になった。たぶん、いまの動きはぜんぶ見られていた。


「あなた、ワルキューレでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「レムにも言ったけど、一応あなたにも忠告してあげる」

「忠告、って?」


 ユスティーナは本土から来た使者だ。小柄なアストリッドよりももっとちいさく、はじめは少年だとばかり思っていたのは、フードで顔を隠していたからだ。フードの隙間から見える髪は黒、目の色は青に見ていたが、至近距離でよく見たら紫に見える。

 

 ふしぎな色。アストリッドはそうつぶやく。本土の使者は冬至の祭りユールに訪れて、月の巫女シグ・ルーナ拝謁はいえつする。月の女神マーニの祝福を分けてもらうためだ。

 そうした特別な役職にあるユスティーナも、どこか神秘的な雰囲気を持つ少女だ。彼女も本土では巫女のような立場にあるのかもしれない。


 じろじろと観察していたアストリッドにユスティーナはつづける。


「もっと戦士を増やさなきゃだめ。あいつらは、また来る」

「あいつらって、あの野盗たちのこと?」


 山麓の村にて、襲ってきた野盗たちをレムは逃がしてしまったし、彼の弟子であるロキも首尾良くとはいかなかった。


「野盗? なに言ってるの? あれは、組織の人間」

「組織……?」


 いったい、なにを言っているのだろう。理解が追いつかないアストリッドだが、ユスティーナは言いたいことだけ言って去ってしまった。

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